第25話「ミクの想い②」
「なんでそんな風に笑ってられるの!? こんな世界に来ておいて、女の子になっちゃって。なんで笑っていられるの。なんで普通でいられるのよ!?」
ミクが真っ直ぐとボクのほうを向く。
涙を拭こうともしない。
いや、泣いていることに気づいていないんだ。
「ねぇ、あんた。本当にユキなの?」
その真剣な眼差しに、ボクは答えることができない。
「本当に、あたしの知っている『御影優紀』なの? ねぇ、答えてよ!?」
「ちょ、ミク。落ち着いて」
徐々に声が大きくなっていくミクを落ち着かせようとする。
だが、ミクの感情の奔流は止まらない。
「あたしの、あたしの知っているユキは、…あんたじゃない!」
「っ!」
衝撃で頭が真っ白になる。
「ユキは、ユキはね。男のくせにナヨナヨしてて。弱くて、脆くて、すぐにでも壊れちゃいそうなほど繊細で。…だけどね、本当は強くて、しっかりと自分を持ってて、死ぬほど辛いことを抱えてるくせに他人のために頑張っちゃう、そんな人だった!」
ぼろぼろと涙を零しながら、ミクは叫ぶ。
嗚咽を漏らして、唇を噛み締める。
「…あたしは、…あたしはっ!」
苦痛に顔を歪めて、胸の辺りを強く握り締める。
そして、大粒の涙を溜めた目で、真っ直ぐ見つめた。
「…あたしはユキのことが、…大好きだった」
「え?」
「好きだった! 大好きだった! 2年前のあの時から、あんたのことが大好きだったの!」
顔を真っ赤にさせて、悲痛な叫びを上げる。
苦しくて。
切なくて。
そして、痛い。
そんな少女の本音。
「…なのに、…なのに、どうして!」
キッ、とミクの目つきが鋭いものに変わる。
そこには、怒りという感情がはっきりと浮き出ていた。
「どうして、あんたは変わっちゃったの! なんで、あたしの知らないユキになっちゃったの!」
「お、落ち着いて! ボクは何も変わってないよ!」
「嘘っ! 自分だって気づいているんでしょ! 何もかも、あの頃とは違う。違うじゃない!」
ぎゅっと胸に当てた手を握り締めながら、慟哭のように叫ぶ。
「そんな女の子みたいな仕草なんてしないでよ! 考えるときに、唇に指を当てたりしないでよ! 慣れた手つきで髪をかき分けないでよ! 自分で可愛い服とか選ばないでよ!」
叫ぶ。
叫ぶ。
叫び続ける。
今まで心の奥に溜まったものを吐き出すように、ミクは叫び続ける。
「もう、やめて! 無理して男のフリなんてしないでよ! 自分のことを『私』なんて呼ばないでよ! これ以上、あたしに嘘をつかないでよ! 見てるこっちが辛いのがわからないの!」
「…ミク」
「返してよ! あたしの知ってるユキを返してよ!」
子供のように泣きじゃくりながら、ミクは悔しそうな表情を浮かべる。
そんなミクを前に、ボクは何も言えない。
ただ、両手を強く握り締めて、じっと耐える。
こみ上げてくる感情に、…耐える。
「…勝手な、…ことを」
焼けた鉄のような苛立ちが、胸の中でのたうち回っている。
身を焦がしそうなほどの憤怒が沸き上がってくる。
…もう、耐えられない。
その瞬間、『私』の中で、カチンとスイッチが入った。
「勝手なことを言わないで!」
私は歯を食いしばりながら、真っ直ぐ彼女を睨みつけた。
「今まで、私がどんな気持ちで皆と接してきたかわかってるの! 女の子になって、皆に嫌われたくなくて、必死に今まで通りにしてきたんじゃない! ミクなんて、いつも不機嫌そうだから、私の気づかないところで嫌なことを言ったんじゃないかって、すごく不安だったんだから!」
長い黒髪を乱れさせながら、ミクに詰め寄る。
「だいたい、こんな時に好きだったなんて言われても、全然嬉しくないよ! ねぇ、何でこんなことを言うの! もう、わけがわからないよ!」
両手で彼女の胸元を握り締めて、私のほうに無理やり引き寄せる。
だが、ミクも険しい表情で私を睨む。
「だから、そうやって自分に嘘をついているところが、嫌だって言ってるのよ! 友達ごっこなら他でやりなさい! 目ざわりなのよ!」
「はぁ? 嘘? 自分に嘘をついているのは、ミクのほうじゃない!」
びくり、とミクが肩が揺れる。
「毎朝、毎朝、人気の少ないときにランニングして! 元の世界で走れなくなったことがそんなに未練があるの? 陸上なんて、もう興味もないような顔してたくせにさ!」
「っ!」
ミクの顔色が一瞬にして変わる。
脅えや恐怖の色。血の気が失せた青白い顔。
…あ。
口に出してから気がついた。
これは、絶対に踏み込んではいけない場所だ。
「…あんたには、…わからないよ!」
パシッ!
甲高い音がした。
その後で、自分の頬が熱を持ったように熱くなっていく。
振りぬかれたミクの平手を見て、初めて自分が叩かれたのだと理解した。そして、堪えられないほどの感情が込みあがり、涙として流れた。
痛い。
辛い。
悲しい。
そんな感情がごちゃまぜになって、私の胸の内を埋め尽くす。
そして、気がついた時には、…私は叫んでいた。
「ミクのバカっ!」
そのまま、涙を拭くことも忘れて、逃げ出すように、私は走り去った。




