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第24話「ミクの想い①」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 翌日。

 ヴィクトリア宮殿の廊下を、1人の少女が歩いている。火のように真っ赤な髪に、桜の模様が入った振袖を羽織っている


 十人委員会の『No.6』、人形使いのミクであった。


「ユキのやつ、怒ってるかな?」


 昨日、何となく帰りにくかったあたしは、コトリの家に泊めてもらった。物言わぬ友人は何かを察したのか、あまり追求することなく家に入れてくれた。


「べ、べつに、アイツのことなんか何とも思ってないし! でも、ちょっとくらいは罪悪感があるっていうか…」


 誰に言うわけでもなく、ブツブツと呟く。

 廊下をすれ違う宮殿の兵士達は、あたしの姿を見つけると、直立不動のまま敬礼を送る。中には、脂汗までかいている者までいた。


 1ヶ月ほど前、あたしは『追放された島』の刑務所に収監されてから、わずか1日で、その刑務所を手中に収めたという伝説がある。他にも、素手で軍艦を破壊したり、40人の小隊を壊滅させたり。噂では、10万体のゴブリンを1人で殲滅したなど、語るべき鬼伝が数知れない。宮殿の兵士にとってあたしは、機嫌を損ねると何をするかわからない。魔王のような存在でしかないのだろう。


「ねぇ、ちょっと」


「は、はいっ! な、な、なんでございましょうか!」


 その魔王に声をかけられた兵士は、裏声になりながら答えた。

 既に男の脳裏には、愛すべき恋人の笑顔が浮かんでいる。

 …回答を間違えたら、…殺される!


「ユキの姿って見た?」


「ゆ、ゆ、ユキ様ですか! お、お、恐らく、執務室にいらっしゃるのではないかと!」


「それって、どこ?」


「あ、あちらの階段を昇って、真っ直ぐ行った突き当りの部屋です!」


「そ。ありがとうね」


 ほっ、と一息ついた兵士だったが、あたしが再び声をかけたせいで、まだ固まってしまう。


「ねぇ?」


「は、はいっ!」


「アンタ、何でそんなに汗をかいているの?」


「ひっ! そ、それは!」


 楽しかった思い出が走馬灯のように駆け巡る。恋人が笑顔が、今は遠い。

 あぁ、キシリアさん。

 僕は今日、死ぬかもしれない。

 やはり、あの壺をプレゼントしておくべきだった。

 男ははっきりと、そう思った。


「べ、べ、別に、あ、あ、汗など! そ、そういえば、今日は暑いですね! あ、あはは、あはははは!」


 男が浮かべる必死の愛想笑いは、見るからに不気味だった。

 だが、ミクはそれ以上は追求しなかった。


「そ」


 それだけ言って、視線を外す。

「あんまりさ、そんな怖がらないでよ。古傷に塩をすり込まれるみたいで、…なんか、傷つく」


「え?」


 独り言のように呟いて、そのまま歩き出した。

 宮殿兵士の男は、毒気を抜かれたような表情をして、その場に立ち尽くした。




「あっ、ミク!」


 宮殿の廊下で、真っ赤な髪をした少女を見つけた。

 ボクが声をかけると、ビクリと肩を揺らして、ゆっくりと振り返る。その表情は、少しだけ後ろめたそうだ。


「…ユキ」


 落ち着かないように視線をさまよわせながら、妙にそわそわしてる。

 怒られている子供みたいで、その姿がちょっとだけ可愛い。


「…ごめん。昨日は帰れなくて」


「うん、大丈夫。昨日はどこにいたの?」


「コトリのとこ。無理言って、泊めてもらった」


「…そう」


 ボクはそれっきり、黙ってしまう。


 色々と聞きたいことはある。

 体調は大丈夫、とか。

 なんで昨日は帰らなかったの、とか。

 どうしてクラーケンの討伐に参加しないのか、とか。


 聞きたいことは山ほどある。

 だけど、どこまで聞いていいのかわからない。

 どこまで踏み込んでいいのか、わからない。


「…じゃあ、ボクは会議があるから」


「会議? あたしは聞いてないけど」


「え? あー、クラーケン討伐の会議だからかな。ヴィクトリアの人には言ったんだけど、ミクには伝えられてないのかな?」


「…そう」


 ミクが無表情で答える。 

 顔色から何を考えているのか察するのは難しい。


 …でも。

 …それでも。

 …いつもと違う。

 …それだけは、はっきりとわかる。


「ねぇ、ミク。大丈夫?」


「何が?」


「なんか、調子が悪そうだよ。何か困ってることがあるのなら、相談してほしいな」


「困ったこと…」


 ミクは小さく呟くと、視線を外へと向ける。

 そして、しばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。


「ユキ。聞きたかったことがあるんだけど?」


「なに?」


「…いつから、あたしのことを『ミク』って呼ぶようになったの?」


「え?」


 意外な問いに、思わず面食らってしまう。


「元の世界じゃ、いつも『御櫛笥みくしげさん』って呼んでたよね? いつから、ミクって呼ぶようにしたの?」


「う、うーん、いつだったかな? この世界に来てからだと思うんだけど」


 唇に人差し指を当てて考える。

 そんなボク姿を、ミクが訝しそうに見つめていた。


「ごめん。よくわからないや。それがどうしたの?」


「ん、別に。…そういえば、今日の服は可愛いね。そのワンピース、自分で選んだの?」


「うん、そう。いつもはミクに任せちゃってるから、ちょっと自信ないんだよね。変じゃない?」


「…大丈夫。すごく可愛いよ」


「そっか。えへへ、嬉しいな」


 ぴょんと跳ねて、くるりと回る。

 短めのスカートが翻り、長い髪が尻尾のように踊る。


「今朝はミクがいないから、大変だったよ。2人とも寝坊しちゃって、朝ごはんも食べられなかったしね。やっぱり、ミクがいないとダメだね」


 頭をかきながら、恥ずかしそうに笑う。

 目をそらして、彼女と正面から向き合うのを避ける。


 …だから。

 …だから、気づけなかった。

 …気づこうとしなかった。

 …気づかないふりをしてた。


 …ずっと。

 …ずっと。


 …2年前の、あの学校の屋上から、…ずっと。


「…なによ、それ」


「え」


 ボクは笑うのをやめて、ミクの横顔をまじまじと見る。

 そこでようやく気がついた。


 ミクが、怒っていた。

 涙を流しながら、…怒っていた。


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