第22話「あたしは降りるわ」
「それで、クラーケンはどうするんだ?」
ジンが銀の鬣を揺らしながら口を開く。
「うん。コトリの報告を待ってからだけど、やっぱりボクたちで討伐するのが一番だと思うんだ」
ボクが返事をすると、会議室の窓がカタカタと揺れだした。強風に煽られるように、時折軋むような音もする。
「おっ、帰ってきたみたいだな」
ジンが窓のほうに目を向ける。
ボクもつられて外を見ると、そこには小さな飛龍に乗ったコトリがいた。
飛龍種のワイバーンだ。
ドラゴンよりも小型な竜種で、初心者プレイヤーでも呼び出せる人気の召喚獣だ。攻撃力や耐久力はほとんどないが、移動や偵察など活用方法は様々だ。ただし、呼び出した本人しか乗ることはできず、『ラグナロク』のようにパーティ全員を運ぶことはできない。
コトリは窓のバルコニーに立つと、召喚獣を光の粒へと変える。小さな耳と狐の尻尾を揺らしながら、窓から会議室へと入ってくる。
「コトリ、おつかれ」
「…ん」
ボクの労いにも軽く目を合わせるだけで、トコトコと部屋を横切っていく。
そして、当然といわんばかりに、ジンの膝の上にちょこんと座った。
「…ジン。…ただいま」
「おう、おつかれ。どうだった?」
「…ん。…クラーケン。ここから南に、50キロくらい」
そう言って、ジンの体に寄りかかる。顔は無表情のままだが、わずかに見える尻尾が嬉しそうに揺れている。
「ふむ。50キロか。これは少しばかり急がなくてはな」
ゲンジ先輩が深刻そうな顔をする。
「この国としては、どうするつもりなんだろう?」
「今朝方から、アーニャ殿を始め、国の重鎮達が話し合っているそうだ。軍を討伐に向かわせるか、街の防備を固めるか」
ボクの疑問に、ゲンジ先輩が素早く反応してくれる。
「だが、どうあっても、深刻な被害は覚悟しないといけないらしい。やはり、我々が出たほうがいいだろう。それでいいな、誠士郎」
「だから、なんで僕に聞くんですか?」
誠士郎先輩が訝しそうに返す。
「なぜって、貴様が十人委員会の作戦参謀だろうが。十人委員会の『No.8』。最強の盾、誠士郎よ」
「それはゲームだったころの話ですよ。今の僕とは関係ありません」
そういい切って、再び印鑑押しに没頭する。
「ふむ。ならば仕方ない。誠士郎抜きで、パーティを考えるしかあるまい」
「…そうみたいですね」
我関せずと、もくもくと印鑑を押し続ける誠士郎先輩を見て、ボクは答える。
「それではどうする? 国の防備も考えると、全員で行くのは得策ではないだろう」
「うん。討伐に向かうのは、前衛職の3人でいいと思う。ゲンジ先輩、ジン、ミク。このメンバーでクラーケンを殲滅する」
「お前とコトリはどうする?」
「ボクとコトリは前衛のサポート。コトリは召喚獣で上空から、ボクは時計台からの狙撃で援護するよ」
「おいおい、遠洋50キロだぞ。狙撃などできるのか?」
「当日はもっと近づいているよ。それに、陸地から攻撃できる人がいないと、いざって時に対応できなくなる」
ゲンジ先輩たちが向かうのだから、討伐に問題はないと思う。
だが、この世界では失敗は許されない。
万が一にも、クラーケンがここまで着てしまったら、大勢の人が危険に晒される。それだけは何としても避けなくちゃいけない。
「『魔銃・ヘル』があれば、倒せなくても確実に足止めできる。その間に、ゲンジ先輩たちが叩けばいい」
「街の防備はどうする?」
「それはアーニャに任せよう。軍と警備隊が回せばなんとかなるはずだよ。それに…」
ちらり、と誠士郎先輩を見る。
「今のボクたちには『盾』がいるしね」
「うむ。そうだな」
ゲンジ先輩も、誠士郎先輩を見ながら深々と頷く。
「それじゃ、準備ができ次第、討伐に向かうってことで…」
ボクは仲間達を見渡しながら、会議のまとめに入ろうとする。
その時だ。
意外な声が上がった。
「…ごめん。あたし、降りるわ」
それまで黙っていたミクが、だるそうに言った。
真っ赤な髪をかき分けながら、視線を下に降ろしている。
「なんか、…気乗りしないっていうかさ。たぶん、皆の足を引っ張るような気がする」
「はぁ? 何言ってるんだよ?」
ミクの隣に座っていたジンが、呆れたように言った。
「クラーケンくらいなら、ジンとゲンジ先輩で何とかできるでしょ。悪いけど、あたしはパス」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
突然のことに、ボクは動揺してしまう。
「ミク、どうしたの? 急にそんなこと言い出すなんて。ボク、なんか変なことを言ったかな?」
必死になって声をかけると、ミクはこちらを見つめてくる。
じろり、とした冷たい目つきだった。
「…今は、『ボク』って言うんだね」
「え?」
「なんでもない。気にしないで」
そう言って、ミクは席から立ち上がる。
そして、そのまま会議室の扉へと向かっていった。
「み、ミク?」
「ごめん。なんか調子悪いみたい。先に帰るけど、会議は続けておいて」
ミクが背中越しに答える。
ボクは焦りながら、彼女の背中に呼びかける。
「待って!」
「なに?」
ミクは振り返らない。
「え、えーと…」
ボクは少しだけ考えてから、口を開く。
「…晩御飯。何が食べたい?」
「え?」
わずかにミクが振り向いた。
「ミクの食べたいものを言ってよ。腕によりをかけて作っちゃうから」
優しく微笑む。
調子が悪いのなら、何か栄養のあるのもの用意しないと。
だが、ミクは暗い表情をしたまま答えた。
「なんでもいい」
それだけ言って、会議室から出て行った。
その瞬間、ミクは誰にも聞こえないように呟いていた。
「…何よ、あの笑顔は。…男なのか、女なのか。わけわかんないよ」




