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第21話「クラーケンの襲撃」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「クラーケン?」


 十人委員会の会議室で、ボクはまぬけな声を出してしまう。


「うむ。今朝、ヴィクトリアの漁業組合から連絡があった。アドリア海の遠洋で、クラーケンを見たそうだ。今は、コトリに確認に行ってもらっている」


 いつもはジンの膝の上にいるコトリの姿が見えない。今ごろ、召喚獣に乗って空を飛んでいるに違いない。


「まだ距離があるので、ここに向かっているのかは不明だ。だが、遠洋に出る漁師達には死活問題となろう。早急に対応する必要がある」


 そう言い切って、ゲンジ先輩は腰を降ろす。


「クラーケンかぁ…」


 ボクは頬杖をつきながら、ゲームだった頃を思い出す。

 クラーケンは海上で遭遇するフィールドボスである。大きさは、20メートルから30メートル。タコのような触手をもった、クラゲみたいなモンスターだ。その長い触手で船を海中に引きづり込んだり、大波を起こすなど広範囲の被害も引き起こす厄介な存在だ。


 だが、その巨体にしては、倒しやすいボスモンスターとしても有名だった。中堅のプレイヤーでも数人のパーティを組めば難なく倒せるし、上級プレイヤーではソロで討伐することも不可能じゃない。ボク達、十人委員会のメンバーからしてみれば、ただのザコモンスターとなんら変わりない。


「まぁ、倒せなくはないよね」


「そうだな。ゲームだった頃は、倒すのに1分もかからなかったもんな」


「うむ。問題はないとは思うのだが…」


 皆が相談しながら、言葉を濁していく。

 ボクも同じことを考えている。

 ゲームで楽勝だったからといって、この世界でも同じように事が進むとは限らない。


 死ねば終わりだ。

 慎重になって当然だし、臆病になって然るべきだ。勇気と蛮勇を履き違えてはいけない。自分の身を守る。それが生き物としての最低条件だ。


「…誠士郎先輩は、どう思います?」


 ボクは斜め向かいに座っている細身の男に声をかける。

 すると、その男は眼鏡を押し上げながら、不機嫌そうに目を細めた。


「僕に聞かないでください。そんなことは、あなた達でなんとかできるでしょう」


 冷たい口調で言い放つ。

 小泉誠士郎。

 ボクの1つ年上の先輩で、ついこの間、合流したばかりのメンバーだ。


「おい、誠士郎。そんなに邪険にすることはないだろう」


 ゲンジ先輩が苦言を呈すると、他のメンバーもそれに乗っかる。


「そうだぜ、誠士郎。もっと仲良くしようぜ」


「だよね、誠士郎」


「誠士郎先輩。ちゃんと会議に参加を…」


 ぴくり。

 男の眉間に皺が寄った。


「だぁーッ! やかましい! さっきから何ですか、誠士郎、誠士郎って! 何で皆、呼び捨てなんですか! ボクは先輩なんですよ! 先輩である僕が敬語で、何であなた達がタメ口なんですか!」


 誠士郎先輩が突然キレた。

 机をバンバン叩きながら、ボクたちを睨みつける。


「そう言われてもな。あんなダメ人間なところを見せられたら、もう先輩とは呼べねぇよ。なぁ、ミク?」


「そだね。敬語ってのは、敬う人に使うんでしょ。誠士郎には、タメ口で十分でしょ」


 ミクとジンが頷きあっている。

 そこに、ゲンジ先輩が付け加える。


「まったく。貴様は何が不服だというのだ。せっかくこうして仲間達と再会できたのだぞ。もっと楽しそうにしたらどうだ?」


 ぴくっ、ぴくっ!

 誠士郎先輩の眉間の皺が深くなっていく。


「はぁ! はぁぁぁ!? 何を言ってるんですか、源次郎! 今、僕が何をしているのかわかってるんですか?」


「書類業務だな」


「そうですよ! そうなんですよ! あなた達に捕まってから、ずっと僕は判子とサインを書き続けているんですよ! この状況を、どう楽しめとっ!」


「それは自業自得というやつだ。今まで遊んできたのだから、その報いは受けてもらおう。お前はそこで、機械のように印鑑を押し続けていればよい。貴様はハンコを押すだけのマシーンになるのだ」


「馬鹿なことを言わないでください! だいだい、なんですか。この国の書類は。書式もバラバラ。用紙のサイズもちぐはぐで、内容が被っているのも多すぎる。もっと、好率的にできないんですか!」


 誠士郎先輩は大声で騒ぎながら、それでも印鑑を押す手を止めない。

 さすがは、書類業務の鬼だ。


「すみませんね、誠士郎先輩。ボクが仕事を押し付けたばっかりに」


 申し訳なくなって、ボクは頭を下げる。

 すると、先ほどまでの怒りが嘘だったように、誠士郎先輩が爽やかな笑みを浮かべた。


「ははっ。何をいうのですか。ユキりんの頼みだったら、これくらい容易いことですよ」


 キラリ、と歯を煌かせながら決め顔を浮かべる。


「うん、ありがとう。でもね、誠士郎先輩?」


「はははっ、何ですか? ユキりん?」


「…次、ボクのことを『ユキりん』って呼んだら、頭を吹き飛ばすから」


 にこり、と笑みを浮かべる。


「ははっ、嫌だな。ユキり…」


「あ? なに?」


「ゆ、ゆ、ユキ君は…。は、ははっ、はははははっ」


 誠士郎先輩が焦りながら遠くを見つめ始めたので、ボクは腰の『ヨルムンガンド』から手を離した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] オタクを物理的に黙らせるとかさすが ゆきりん♪
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