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第18話「二次元vs三次元」


「って、何を考えているんですか、あなた達はっ!」


 手狭なワンルーム。妙に酸っぱ臭いこの部屋に、叫び声を上げている男がいた。


「馬鹿なんですか! 阿呆なんですか! 20ミリの銃弾でベッドショットするなんて、僕でなかったら死んでますよ! 頭蓋骨を貫通するどころか、頭が吹き飛んでますから!」


 その眼鏡をかけた優男は、部屋に乗り込んできた私達を見てからというもの、ずっと怒り続けている。額に貼った小さな絆創膏が、哀愁を誘う。


「ふむ。元気そうだな。何よりだ」


 私の隣にいるゲンジ先輩が、満足そうに頷いている。なぜか、アイドル衣装のままなので、本当の意味で目に毒だ。


「とにかく、私達に着いてきてもらいますよ。十人委員会の『No.8』。聖騎士の小泉誠士郎先輩」


 私は一歩部屋に踏み込んで、怒鳴り散らしている優男を睨みつける。

 すると、男は急に黙り込んで、落ち着かないように視線をきょろきょろさせている。


「…そ、そんな人。僕は知らない」


「は? 何を言って…」


「知らない、知らない、知らない! 知らないんだ! そんな男も、君達のことも、僕にはいっさい関係ないんだ!」


 優男は背を向けると、部屋の隅に丸くなる。

 なんだか、見覚えのある光景に、私は思わず言葉を詰まらせる。


「ユキも、こんな感じだったよね。私と出会ったばかりの時」


「今は黙っててよ、アーニャ」


 私は後ろに立っているアーニャに苦言を呈す。


「帰ってくれ! 僕は何も知らない! 何もしたくない! ここで、自由に暮らすんだ!」


 ふるふると背中を震わせながら、優男は自分の殻に閉じこもってしまう。


 こうなってしまっては、どうしようもない。

 私が諦めかけていたとき、隣に立っていたゲンジ先輩が超然と言い放つ。


「哀れだな、誠士郎よ」


 そして、いつものように淡々と言うのだった。


「ふん。現実リアルアイドルのアバズレ共にうつつを抜かしているから、こういうことになるんだ。AKBもSDNも、所詮はBBAになる存在。捏造されたプロフィールでも見て、はぁはぁ言っているのがお似合いだ」


 ピクリ。

 男の肩が一瞬、跳ね上がる。


「…なに? 聞き捨てなりませんね」


 男が振り返る。

 ゆらり、と立ち上がり、慣れた手つきで眼鏡を押し上げる。


「…今の言葉は、聞き捨てなりません。アバズレ? BBA? よくも僕の前でそんなことを言えたものですね、源次郎」


 眼鏡がギラリと反射する。

 全身から怒りのオーラを漂わせながら、鋭い目つきで睨みつける。


 別人のようだった。

 先ほどまで恐怖で震えていた優男はもういない。


 こいつは、…狩人の目だ!


「アイドルとは、究極の美の偶像。男達が求め続けるロマン。美しく、気高く、そして純粋な少女たち。不完全で、未完成で、それでも目標に向かって手を伸ばし続ける。その姿にこそ究極の美! すなわち、アイドルのために命をかけることが、この世の男が生きる意味なのです!」


 違った!

 こいつは、…犯罪者の目だ!


「それに比べ、源次郎。あなたはどうなんですか? 二次元の仮想アイドルしか愛せないあなたは、既に人間以下! ペラペラの紙に印刷された絵に、何をそこまで入れ込む! ドットの集合体でしかないCGに、どんな想いを込めるというのですか! 臭いおっさん達の汗と欲望でできた課金ソーシャルゲームこそ、あなたにはお似合いですよ!」


 ピクピクッ!

 隣に立っているゲンジ先輩が、肩を震わせる。

 額に血管を浮き上がらせながら、歯軋りを立てている、

 …ゲンジ先輩が、怒ってる!


「黙れ、誠士郎! 貴様は、アイドルとは究極の美といったな。であれば、二次元アイドルこそが、もっとも究極の美に相応しいであろう! 年をとらない! 卒業をしない! タバコを吸って解雇されない! スキャンダルを起こしてユニットから脱退しない! どう考えても、三次元アイドルなんて敵ではないわっ!」


 …あ、この人もダメだ。


「うるさい、うるさい! ドットへの愛なんて、結局は空想の産物! 君は彼女たちと握手ができますか? 会話ができますか? ライブで実際の彼女達と会えますか? 会えないでしょう? だって、実在していないのですから! 会うことすらできないのですよ!」


「小賢しい! 所詮は握手をするだけの存在に、何をそこまで貢いでいるのか! 我は知っているぞ! 貴様が貢いだ金額が、すでに20万を越えたことを!」


 …20万。

 目の前の優男に向けて、呆れた視線を送る。


 私だけじゃない。

 この場にいる女子が全員、小泉副会長を白い目で見ていた。


「それが僕の愛なのです! 金額なんて関係ない! 愛とは見返りを求めないもの。源次郎、あたなこそ人のことを言えるのですか? ベッドの下に隠した、大量の二次アイドルの同人誌のことを、恥ずかしくはないのですか!」


 …うわっ。

 今度は、私を含めた女子の視線がゲンジ先輩に注がれる。

 だが、ゲンジ先輩はいつものように堂々と腕を組んでいる。


「ふん、何を言うかと思えば。我にとって、アイドルとは二次元が全て。データの集合体? 大いに結構。劣化をしらぬ美しさこそ、我が求める究極の美なり!」


「よくも、まぁ。ぬけぬけと言えたものですね。最近では、人間だけに飽き足らず。ウマ娘アイドルにまで手を出しているとか。とうとう、畜生にまで落ちましたか、源次郎」


「貴様! 言ってはいけないことを口にしたな。サイレンスズカを侮辱するとどうなるか、思い知らせてやろう!」


「受けて立ちましょう。ケモナーごときに、僕の真実の愛は負けませんよ」


 二次アイドルオタクのゲンジ先輩と、三次アイドルオタクの小泉副会長が、激しく視線を火花を散らす。


「やはり僕たちは、争いあう運命なのですね。源次郎、僕たちが語り明かしたあの日々は、もう帰ってこない」


「同感だ。我らは決してわかりあうことはできない。ならば、相手を屈服させるまで、戦い続けるのみよ」


 ザッ!

 ゲンジ先輩が持っていたマイクを剣のように構えて、軽く腰を落とす。スカートの中のクマさんが丸見えだから、いい加減に止めてもらいたい。


「受けてたちましょう。二次元が三次元に勝てないということを教えてあげます」


 バッ!

 小泉副会長は、どこから出したのか2本のサリタリウムを手に取る。硬い皮を持つパンを逆手に持ち、まるで二刀流の小太刀のような構えをとる。


「小泉誠士郎。参る!」


「郷田源次郎。いざ、尋常に!」


 2人の男が睨みをきかせ、じわりじわりと間合いを計っていく。そして、部屋に舞い込んだ葉っぱが地面に着いた瞬間、動き始めた。


「くたばりなさい、このクソ二次元オタクがぁ!」


「死に晒せ、この腐れ三次元オタクがぁ!」


 マイクとフランスパン。

 二つの閃光が交差する。

 その瞬間!


「いいかげんにしなさい、このバカ供!」


 パン、パン!

 2つの銃弾が、それぞれバカとアホの脳天を直撃する。

 私の手には、硝煙を噴き上げるヨルムンガンドが握られていた。


「はぁー。どうしてウチの男どもは、バカばっかなのっ!」


 私の嘆きの声に、アーニャたち女子が深々と頷いていた。


 結局、完全に気絶してしまった小泉副会長を運び出し、宮殿の執務室に閉じ込めた。


 ハーメルンさんの話だと、十人委員会の代表代理であれば、書類作業の代役は可能だそうで、小泉副会長に書類整理を押し付けたあと、私達は祭りの中へと駆け出した。



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