第17話「私たちの間に、無駄な会話はいらない」
「それじゃ~、みんな。よく、聞いてね!」
ステージの上のアーニャが、元気よく観客達に声をかける。
観客の何人かは、ステージにユキがいないことに気づいていたが、すでに彼らの興味はアーニャの重大発表に移っていた。
「じゃーん、なんと、私達に新しいメンバーが加わるの!」
わー、と一気に盛り上がる会場。
歓びのあまり、泣きだすものまででていた。
「それじゃ、みんな。紹介するね!」
アーニャがステージの中央に向けて手を上げる。
すると、プシューと白い煙がステージを覆いだした。
「なんだ、見えないぞ!」
「いったい、どんな可愛い子が加わるんだ?」
「オレ、知ってるぜ! 十人委員会には、ちっちゃくて、すげー可愛い子がいるんだ!」
「本当か! 正統派のアーニャ王女に、誘惑的なユキちゃん。それに可愛いロリっ子が入るなんて、もう最強じゃないか!」
うぉぉぉ、と暴動が起こりそうなほどの熱気に包まれる。
そして、白い煙は少しずつ晴れていく。
「どんな子なんだろうな!」
「わくわく」
まず見えたのは、ピンクの衣装。
フリルをふんだんに取り込んだ愛らしい衣装に、膝が隠れないくらいのミニスカート。
頭には、小さな耳のような突起。
手には、小さなマイクを持っている。
「あれ? マイク、小さくね?」
「というか、なんか、…いろいろと、でかくね?」
観客の声が、次第にどよめきに変わっていく。
そして、完全に煙が晴れた瞬間。
会場は、…阿鼻叫喚の渦に叩き込まれた。
「新メンバーは、…我だ!」
アイドル衣装に身を包んだ筋骨隆々のオーガが、高らかに宣言したのだった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「オロッ! オロオロオロオロオロォオォォォォォォォォォッ!」
サンマルコ広場から遠く離れた、アパートの一室。
そこに、吐きまくる男の姿があった。
この世のものとは思えない、凄まじい悪夢でも見たのだろう。 トイレに駆け込むこともできず、その場に深く項垂れている。
「オェーーッ! …はぁはぁ、くそ! まさか、こんな手段に出るとは、さすがに予想外ですよ」
理知的な顔に、細いフレームの眼鏡。
普通にしていれば、それだけで女性の視線を集めそうなほど端正な顔つきをしていたが、今は見るも無残に顔を真っ青にしている。
男の名前は、小泉誠士郎。
ユキたちが探していた、十人委員会の仲間であった。
「くそっ! くそっ! こんな真似して! 最悪の光景を見てしまったではありませんか!」
壁に映し出されているのは、広場で行われているライブ映像。それも、ステージの真正面のやや下からアングル。いかがわしいことを考えなければ、こんな場所から見ようとするものはいないだろう。
今、壁には筋骨隆々のオーガ族の、スカートの中が鮮明に映し出されている。この映像をかぶりついて見ていたため、スカートの下の、もっこりとしたくまさんパンツを至近距離からガン見をしてしまい、眼球を焼かれて、脳裏に焼きつき、精神が死滅しそうになっていた。
「…誰が! 誰がこんなことを!」
誠士郎は口をぬぐいながら窓に歩み寄る。
そして、手に持った双眼鏡でサンマルコ広場の方角を見た。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
『…見つけた。…ユキから見て、10時の方向』
耳元に聞こえたきたコトリの声に、私はヘルの銃口を左へと向ける。
方角は、ちょうど10時方向。
ヘルの足場をずらして、すぐさま固定作業に移る。腹ばいに姿勢を整えながら、スコープに目を当てる。
倍率を操作して、可能な限り遠方に視界を飛ばす。だが、倍率操作が可能なスコープでも、赤い屋根と無数の窓しか見えない。
それでも私は、グリップに手を当てて、引き金に指をかける。
そして、小さく呟いた。
「…スナイプアイズ」
私の瞳が、琥珀色に染まる。
視界がどんどん明瞭になり、見えないはずのものまではっきりと視ることができた。
屋根の小さなヒビ。
窓辺の虫。
壁の隙間から生えた雑草の産毛。
2000メートルという距離が離れているにも関わらず、手のひらに載せてじっくりとみているような感覚。
『スナイプアイズ』
効果は、視界の確立。
遥か遠方にあるものも見定めることのできる、狙撃用のサポートスキル。
アサシンアイズのように、見えないものが見えたり、敵の攻撃を予測するような強力なものではない。純粋に視力を良くするだけのスキル。他と比べても、持続効果が長いことくらいしか利点はないのだが、今回のような長距離狙撃にとって、必要不可欠なスキルであった。
スナイプアイズの効果により、広範囲を、高精度で見定めていく。
そして、窓の向こうにいる、線の細い青年を見つけた。
理知的な顔立ちに、細いフレームの眼鏡。手には、双眼鏡を持っている。
「こちらも視認した。これより、狙撃を開始する。コトリ、着弾の観測をお願い」
『…うん』
引き金に指をかけて、軽く力を入れる。
だけど、まだ撃たない。
狙いを確実に仕留めるため、機会を待つ。窓の外に出て、広場を見た瞬間が、最高の好機。
「…」
手のひらに、じんわりと汗をかく。
ショーツの中が蒸れて気持ち悪い。
汗が首筋を通り、胸の谷間に落ちて、どうにもむず痒い。
それでも、私は微動だにしなかった。
銃のストックに肩と頬を当てて、瞬きすらせず、引き金の指に全神経を集中させる。
そして、男が窓から顔を出して、双眼鏡を持ち上げた瞬間。
私は躊躇することなく、引き金を引いた。
ズドンッ!
『魔銃・ヘル』が、悪魔の咆哮を放つ。
対物ライフル。別名・対戦車ライフルの巨大な銃弾が、高速に回転しながら、真っ直ぐに飛んでいく。
『魔銃・ヘル』には、1つの特性があった。
それは、有効射程距離。
どんなに遠くても、どんな悪条件でも、必ず真っ直ぐに飛んでいく。
それが『魔銃・ヘル』の『魔弾』。『穿つ閃光の銃弾』であった。
放たれた銃弾は、狙いを違わず飛翔する。
そのまま、目標の眉間に着弾した。額を穿たれた男は、綺麗に後ろに吹き飛び、そのまま動かなくなった。
『…ヘッドショットを確認。…目標は完全に沈黙』
「了解。これより、回収作業に移る」
私達の間に、無駄な言葉はいらない。




