第16話「ライブ・リバイバル」
カーニバル最終日。
空は青く、高い。
風は穏やかで、日差しも柔らかい。
サンマルコ広場に集まった十人委員会と、ステージのスタッフたち。そして、長蛇の列を成している観客達。
時刻は、正午過ぎ。
ステージの裏手に集まったユキたち十人委員会は、肩を寄せ合って円陣を組んでいる。
「皆、作戦は理解した?」
リーダーであるユキが、順番に仲間達を見ていく。
「大丈夫だ。…それより、ユキ。その衣装で大丈夫なのか?」
ジンが不安げな顔でユキに問う。
ユキの服装は、前回と同じステージ衣装だった。ただ1つ違うのは、スカートの下にショーツを隠すためのペチコートをつけていないことだ。少しでも屈めば、真っ白の布地が露になってしまう。
「ステージに上がったら、観客席からモロ見えだぞ?」
「大丈夫じゃない。だけど、この際外見なんてどうでもいいの」
ぐっ、と力拳を作る。
「一番大切なことは、小泉副会長を確保すること。そのためには、恥も外聞も捨ててやるわ!」
ジンは呆れて何もいえない。
どれだけ、この祭りにかけているんだよ。
「それにね、ジン。これは見えているんじゃない。見せているのよ! わざとなの! 見せパンだから恥ずかしくないの!」
「…わかったから、少し黙っててくれ」
眉間にしわを寄せてため息をはくジン。
そんなジンを、コトリがよしよしと頭を撫でている。
「いい、皆! 今日こそは、引きこもって、のうのうと生きているあの副会長を必ず捕獲するのよ!」
1人で勝手に気合を入れている、ユキ。
だけど、他の仲間達も他人事ではない。明日は我が身だ…、と全員が、冷や汗をかきながらユキの言動を見守る。
「勝負は、5曲目が終わったとき。頼むよ、コトリ」
「…うん、わかった」
ただ、1人。
コトリだけはいつものように、こくりと頷いた。
「3曲目が終わったぞ!」
「ステージのセット、急いで!」
「音響、何やってるんだ! すぐに次が始まるぞ!」
「そこ、どいてくれ! ユキ様、アーニャ様、通りまーす!」
3曲目を歌い終わり、ユキとアーニャがステージ脇から裏へと駆けて行く。
「ミク、次の衣装!」
「ここにあるわよ! ほら、アンタもちゃんと着る!」
「って、この『フリソデ』っていう服、どうやって着るの?」
「帯びは締めなくていいから! ほらっ、ユキ! このバカをつれていきな!」
ユキはステージ衣装の上から振袖を羽織ると、悪戦苦闘しているアーニャに手を伸ばす。白とピンクを基調としたワンピースと、その上から袖を通した桜柄の振袖が、エキゾチックな雰囲気を放っている。
「大丈夫、アーニャ?」
「だ、だいじょうぶ。…たぶん」
ステージからは、和風ロックのサウンドが聞こえてくる。ジンの超絶技巧のギターが、観客達を魅了していく。
「次は4曲目だよ」
「わかってる。作戦は、5曲目が終わってからだよね」
2人の美少女が、桜模様の袖をなびかせながら、ステージに駆け上がっていく。
「5曲目だよ! ユキ、着替えて!」
「ミク、ありがとう!」
「ほらっ、アンタも着替える!」
「えーん、目が回りそうだよ…」
ミクが2人に向かって、次の衣装を投げ渡す。
それは学生服のようだった。短いプリーツスカートに、タイリボンのついた白のブラウンス。ご丁寧に、白のハイソックスとローファまで揃っている。
「これって、ユキの部屋にあったやつだよね?」
「うん、そうだけど、今は着替えて!」
「わかってるけど…。きゃっ! ユキが下着姿になってる!」
やばい鼻血が。といっているアーニャに、ミクが無理やり着替えさせていく。
「ほらっ、次が5曲目だ。わかってるんでしょ!」
「わかってるよ~」
アーニャが慣れない手つきで、ブランスに袖を通していく。
「作戦開始だね」
「コトリ、準備はいい?」
「…大丈夫」
そんなユキたちに、ゲンジが顔を覗かせる。
「準備はいいか?」
「うん」
「では、行くぞ」
ゲンジの野太い声と共に、ステージの幕が再び上がる。
…。
…風の匂いがする。
暴れる髪を押さえつけながら、私は感慨深く思った。吹き荒れる強風に、短いプリーツスカートがはためき、純白の布地が露になっている。
だが、私は気にしなかった。
なぜなら、この場には私しかいなく、下から見たとしてもスカートの中は愚か、私自身も肉眼では確認できないだろう。
「こちら、ユキ。ポジションについたよ」
耳元に手を当てて、風に負けないように少しだけ大きな声を出す。
私の左耳には、イヤホンのようなものがつけられており、そこから伸びるコードが喉の辺りにまきついている。音属性の魔石を応用した、即席の通信装置。通称インカム。私が発した言葉は、喉のコードを伝い、他の仲間達へと届いているはずだ。
『了解。あとは任せたよ、ユキ』
『ここまでやったんだ。しっかり、仕留めろよ』
耳元に、ミクとジンの声が聞こえる。
私は少しだけ微笑んで、辺りの景色を見渡す。
見に映る風景はどこまでも壮観で、そして遠い。
赤いレンガの屋根がひしめき、点のような窓がそこらじゅうに溢れている。所々で屋根が途切れているのは、そこに川が流れているからだろう。大運河から流れる細かな支流が、全て見て取れるようだった。
私は今、時計塔の頂上に立っている。
『みんな~、今日はね、とっても大切な話があるの!』
眼下のサンマルコ広場から、拡散されたアーニャの声が響く。
…合図だ。
私は暴れる黒髪をポニーテールにまとめると、時計塔の鐘がある場所に身を躍らせる。
そこには、真っ黒の凶暴な狙撃銃。『魔銃・ヘル』が静かに息を潜めていた。
ヘルの隣に立つと、服が汚れることも気にせずに、その場に腹ばいになる。スコープを覗き込みながら、鋼鉄のグリップに軽く手を当てる。
勝負は、…一発だ。




