第15話「アンチマテリアルライフル」
「皆、そろったわね!」
十人委員会の会議室にて、ユキが威勢良く言い放つ。ポニーテールにまとめられた黒髪が、凛とした雰囲気を醸し出すのに一役買っている。
会議室の円卓には、ユキを除いた5人が座っている。
右から、ゲンジ、ジン、コトリ、ミク、そしてアーニャ。
ユキは一通り仲間達の顔ぶれを見渡すと、笑みを引っ込めて真剣な表情を浮かべる。
「今回の作戦は、絶対に成功させなくてはいけない。そのためには、皆の力が必要なの。お願い、協力して」
「作戦ってなんだよ。まだ小泉副会長を探すつもりか?」
ユキの言葉に、ジンが口を挟む。
「やめとけって。この祭りの騒ぎじゃ、何したって見つからねぇぞ。それより、書類仕事のほうはいいのか?」
ジンの軽口に、ユキが射殺さんばかりの視線を向ける。
「はぁ? 何か言った?」
「なんでもない。気にするな」
即答するジン。引きつらせた愛想笑いを浮かべながら、そそくさと姿勢を正す。
ユキは円卓に両手をつくと、牽制するように仲間達を順番に見ていき、反論できない空気を作り出していく。
「じゃ、説明するね」
ユキは足元に置いてある2つの荷物のうち、1つを手に取った。大きな羊皮紙が丸まっているものだ。
「皆、これを見て」
ばさっ、と円卓に広げたのは、この国の地図だった。サンマルコ広場を中心に、ヴィクトリア本島が細部まで書かれている。
「前回のライブでは、小泉副会長を見つけることはできなかった。それはなぜか? ゲンジ先輩が言うには、小泉副会長は必ずどこからか見ていたはずだって」
確認するように見ると、ゲンジは重々しく頷いた。
「つまり、会場には来ていなかったの。覗きか、盗撮か。どこか会場から離れた場所にいる可能性が高い」
ユキが地図上のサンマルコ広場を指差しながら、ぐるぐると円を書く。
「ねぇ、アーニャ。『魔法石』を使った覗きや盗撮って可能なの?」
「たぶん、できるよ。ライブで使ってたスピーカーや映写機と似たようなものだし。でも、音や映像関係の魔法石は高価だから、普通の人には手が届かないかな」
「私たちみたいに、ある程度。お貨に余裕があれば、問題ないってことだよね」
「そうだね」
アーニャが両手を頭に組んだまま答える。
「恐らく小泉副会長は盗撮・盗聴の魔法石を利用して、隠れた場所からライブを見ていたに違いない」
「おい、待てよ。それじゃ、探しようがないじゃねぇか」
ジンが無理難題といわんばかりに声を上げる。
だが、すぐにユキが返事をする。
「大丈夫。手は考えてあるから」
にっこりと余裕のある笑みを浮かべると、隣に座っているゲンジを見る。
「ゲンジ先輩。もう一度ライブをしても、小泉副会長は同じ手を使ってくるかな」
「間違いなく、同じ手を使うだろうな」
「アーニャ。カーニバル実行委員に、2回目のライブができるか確認してもらった?」
「確認済みだよ。祭りの最後を締めくくってくれってさ」
ゲンジとアーニャが自信満々に頷く。
そんな2人を見たユキは、小さな握りこぶしを作った。
「ライブをしても見に来ないなら、…引きずり出せばいい!」
「は?」
「引きずり出す?」
ジンとミクが首を傾げていると、ユキが地図上のサンマルコ広場の一角を指差す。
そこには、時計塔が描かれていた。
「サンマルコ広場には、この国で最も高い建物である『時計塔』が立っているでしょ。ここからなら国中全体を見渡すことができる。ライブ中にアクシデントを起こして、小泉副会長を外に引きずり出すの。そして、その隙に捕獲する」
「おびき寄せて罠にはめるってか? そんなの、うまくいくのか?」
「大丈夫。小泉副会長が姿さえ見せてくれれば必ずうまくいく」
「逃げられたらどうするんだよ?」
「絶対に、逃がさない」
ユキは自信満々に微笑む。
そして、足元に置いてある2つ目の荷物を手に取った。両手で重そうに持ち上げると、よっこいしょと掛け声をあげて円卓に載せる。
「こいつを使うから」
ぱんぱん、と手をたたくユキ。満面の笑みを浮かべながら、小さくない豊満な胸を張る
だが、それを見た他の仲間たちは、…言葉を失っていた。
重厚な真っ黒な銃身。
鈍く光る銃口。
長く伸びた銃身が、物言わぬ寡黙な戦士のよう。
明らかに長距離の射撃を想定されて作られた、2本足の銃座に肩当てのストック。
銃本体の大きさだけでも1.3メートルほど。
狙撃用の銃口をあわせると、2メートルくらいになってしまう。
『魔銃・ヘル』
銃の種類は、アンチマテリアルライフル。2キロ先のレンガの壁さえ粉々にできる、超長距離の対物ライフル。
「時計塔でこいつを使えば、ヴィクトリア全域がほぼ射程範囲に…」
「おいおいおい! ちょっと待てよ! 本当に、そのバケモノ銃を小泉副会長に向ける気なのか?」
「…何か問題でも?」
「大アリだろ! そいつは大草原とかのフィールドボスに使う代物だろうが! 巨大ゴーレムすら粉々に砕く威力を持っているんだぞ! 人に向けていいものじゃねぇんだよ! あの人を肉片にするつもりか!」
珍しく声を荒らげるジン。
しかし、ユキの表情に一遍の曇りもない。
「大丈夫じゃない? 副会長って頑丈だし」
「いや、そういう問題じゃ…」
「それにね。私、許せないんだ。私だけが1人で頑張っているのに、小泉先輩だけのうのうと引きこもっているなんて。なんか、こう。殺意みたいのが沸いてきちゃうよね?」
にこっ、と笑いながら仲間達に賛同を求める。
「ひっ!」
「…ユキ、怖い!」
アーニャとミクが顔を青くさせながら震えだす。
「それに、この『ヘル』の『魔弾』なら、間違っても弾が届かないなんてこともないしね。絶対に、ぜっーたいに、生け捕りにするんだから!」
ユキが愛しいものに触れるように、魔銃ヘルに手を添える。
「作戦決行は明日。この国の安寧のために。十人委員会の未来のために。なにより、私のお祭りのために。皆、がんばろっ!」
おー、と可愛らしく手を上げるユキ。
他の仲間も気おくれしながら、お~、と手を上げた。




