第13話「そして、『彼女』は壊れる」
「ユキのやつ、大丈夫かな?」
ヴィクトリア宮殿の廊下を、1人の少女が歩いている。火のように真っ赤な髪に、桜の模様が入った振袖を羽織っている。手には、出店の屋台で買ったハンディーピザやカステラの人形焼を持っていた。
十人委員会の『No.6』。人形使いのミクであった。
「べ、べつに、アイツのことなんか心配してないし! でも、様子くらいは、見てやってもいいかなって思っただけだし!」
誰に言うわけでもなく、ブツブツと呟く。
廊下をすれ違う宮殿の兵士達は、ミクの姿を見つけると、直立不動のまま敬礼を送る。中には、脂汗までかいている者までいた。
1ヶ月ほど前、ミクは『追放された島』の刑務所に収監されてから、わずか1日で、その刑務所を手中に収めたという伝説がある。他にも、素手で軍艦を破壊したり、40人の小隊を壊滅させたり。噂では、10万体のゴブリンを1人で殲滅したなど、語るべき鬼伝が数知れない。宮殿の兵士にとってミクとは、機嫌を損ねると何をするかわからない。魔王のような存在でしかなかった。
「ねぇ、ちょっと」
「は、はいっ! な、な、なんでございましょうか!」
その魔王に声をかけられた兵士は、裏声になりながら答えた。
既に男の脳裏には、愛すべき恋人の笑顔が浮かんでいる。
「ユキのいる部屋って、どこ?」
「ゆ、ゆ、ユキ様ですか! お、お、恐らく、執務室にいらっしゃるのではないかと!」
「それって、どこ?」
「あ、あちらの階段を昇って、真っ直ぐ行った突き当りの部屋です!」
「そ。ありがとうね」
ミクが礼を言って歩き出す。
ほっ、と一息ついた兵士だったが、直後に振り返ったミクを再び視線が合う。
「ねぇ?」
「は、はいっ!」
「アンタ、何でそんなに汗をかいているの?」
「ひっ! そ、それは!」
楽しかった思い出が走馬灯のように駆け巡る。恋人が笑顔が、今は遠い。
僕は今日、死ぬかもしれない。
男ははっきりと、そう思った。
「べ、べ、別に、あ、あ、汗など! そ、そういえば、今日は暑いですね! あ、あはは、あはははは!」
男が浮かべる必死の愛想笑いは、見るからに不気味だった。
だが、ミクはそれ以上は追求しなかった。
「そ」
それだけ言って、視線を外す。
「あんまりさ、そんな怖がらないでよ。古傷に塩をすり込まれるみたいで、…なんか、傷つく」
「え?」
ミクは独り言のように呟いて、そのまま歩き出した。
宮殿兵士の男は、毒気を抜かれたような表情をして、その場に立ち尽くした。
「…階段を昇って、まっすぐ突き当たりっと」
先ほど教えてもらったとおり、ミクはユキのいる執務室へと向かっている。せっかくのお祭りなのに、ずっと部屋に閉じこもっていないといけないなんて。
手伝えることがなくても、一緒にいてあげたほうがよかったかな。
そんなことを考えながら、執務室の扉の前に立つ。
…やばい。
…キンチョーする。
どうしてもユキの前になると、いつもの自分でいられなくなってしまう。変に強情になったり、妙に強がってしまったり。ミク自身、そのことについてはどうしようもできなかった。
「…ふぅ~」
軽く息を吸って、深くはく。
いつも通りに振舞おうと心に決めて、執務室の扉に手を伸ばした。
その時だった。
部屋の中から、少女の怒鳴り声が聞こえてきた。
「いい加減にして! なんで私ばっかり、こんなことをしなくちゃいけないのよっ!」
その声を聞いて、ミクの手が止まる。
…聞き覚えのある声だった。
「ふむ。まずは落ち着いたらどうだ?」
「落ち着いていられるわけないでしょ! この3日間、死物狂いでやってきたことが、全部パァーなのよ!」
バン、と机を叩くような音が聞こえる。
ミクは、そっと扉を開いて、部屋の中を窺う。
そこには、巨体なオーガ族の男と、山羊の獣人。そして、長い黒髪をぐしゃぐしゃにかきまわす少女がいた。
「まぁまぁ、怒られるのも無理はありません。ですが、ここは冷静に対処する必要があるのでは?」
「じゃ、書類の期限を延ばしてもらえるの?」
「それは無理です」
「あー、もう! この頭でっかち! ゲンジ先輩もハーメルンさんも、何でそんな無表情でいうかな! 余計、腹たってくるよ!」
バン、バン、バン!
机を何度も叩きながら、感情をむき出しにしている。その様子は、だだをこねている女の子みたいである。
「…ユキ?」
ミクは自分の目を疑った。
ヒステリーを起こしている人物は、十人委員会の代表。ユキであった。
だけど、どうしてだろうか。
目の前のユキは、どこからどう見ても。普通の女の子にしか見えなかった。
…ユキが、壊れた!?




