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第10話「お祭り、行きたいな」


「・・・そんなこといって、自分だってノリノリだったくせに」


 そう呟くミクを見て、ボクはうっと言葉を詰まらせる。


「というか、一番はしゃいでいたのは、ユキじゃなかったか?」


「・・・そうね」


「うむ、我も同意見だ」


「あははっ。ライブ、楽しかったよね!」


 部屋にいる全員の視線がボクに集まる。アーニャ以外は、何か物言いたそうな目つきだった。


「と、とにかく、ライブは失敗しちゃったんだし、他の作戦を考えないと!」


「いや、ユキよ。それは違うぞ」


 ゲンジ先輩が堂々とした態度で、ボクを見据える。


「ライブは失敗などしておらん。見ろ、この収支報告を。超満員の観客導入に、お前たち2人のグッズも軒並み完売。社長として言わせてもらうが、これ以上の成功はないぞ!」


「黙っててください、このバカ社長! 誰もお金の話なんてしてません! というか、ボクたちのグッズなんて、いつの間に作ったんですか!」


「我がアイドルプロダクションを設立した日には、すでに依頼していた。おかげで、ライブ初日になんとか間に合ったのだ。見てみろ、このフィギュアの完成度の高さを!」


 ゲンジ先輩がテーブルの下から出したのは、20センチくらいの、いわゆる美少女フィギュアだった。フリフリのミニスカートに、丸見えになっている水色の縞パン。満面の笑みを浮かべてウインクしている。モデルは言わずがな、ボクであった。


 それを見て、…カチン、とスイッチが入る。


「中々に、精巧な作りであろう。この国の職人たちの技術力を結集させて、ようやくここまでのものを・・・」


 パン!

 瞬間。甲高い音と共に、フィギュアの頭が吹き飛んだ。


「ぬおぅ! 我のプレミアムフィギュアがっ! せっかく現場責任者としての立場を利用して手に入れたというのに!」


 漂ってくる火薬の匂い。ボクの握っている銃、ヨルムンガンドから白い硝煙を上げていた。

 ゲンジ先輩は、顔上半分のない美少女フィギュアを掲げて嘆いている。


「・・・人間のクズが」


 ボソリ、と思わず本音が漏れてしまう。


「皆。わかっていると思うけど、こういったものに手を出さないように・・・」


 ボクが部屋を見渡すと、ミクとアーニャが急いで何かを隠していた。


「・・・2人とも。何を隠したの?」


「え? な、なんのことかな? あ、あはは、あははは」


「べ、別に? 何も隠してないし。っうか、隠すようなもの持ってないし?」


 視線をキョロキョロとさせているアーニャと、焦っているように額に脂汗をかいているミク。

 ボクが黙って目を細めると、2人ともいよいよ落ち着きをなくしていく。

 すると、それまでニヤニヤと笑っていたジンが口を挟む。


「2人とも、昨日のライブで買ったんだよな。姫さんが、ユキの危ない水着のブロマイドで。ミクが、ユキの写真がはいった缶バッチだったな」


「「ちょっと、なんで言うの!」」


 アーニャとミクが同時に叫ぶ。


「ふーん、そうなんだ。…ちょっと、見せてもらってもいいかな?」


「「ひぃっ!」」


 ボクの問いかけに、2人が恐怖に震えだす。

 それでも、アーニャは手を後ろのしたまま、ミクは両手を握ったまま離そうとしない。

 ・・・まったく。

 ・・・往生際が悪いんだから。


「見せなさい、って言っているのが聞こえないのかな?」


 だから、とびっきりの笑顔でそういうのだった。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「この中で一番怖いのって、ユキだよね」


「なんだ、姫さん。今頃、気がついたのか?」


「・・・怒ったユキ、・・・すごく怖い」


「う~む、我も同感だ」


 部屋の隅に集まって、ボソボソと密談を交わす仲間達。

 中央に置いてある円卓の上には、様々なものが積み上げられていた。頭を失くした美少女フィギュア、ぐちゃぐちゃに丸められたブロマイドに、無残に引き裂かれた等身大タペストリー。そしてアーニャと、なぜかゲンジ先輩が隠し持っていた大量の盗撮された写真集(盗撮)。その全部にボクの姿が映っているのだ。


 …本当に。この世は無駄なもので溢れている。


「じゃ、会議を再開しようか」


 ボクは笑顔を浮かべながら、その円卓に『魔銃・ヨルムンガンド』を向ける。そして、わずかな躊躇なく引き金をひいた。


「…焼き尽くせ。『緋色スカーレット銃弾ノヴァ』」


 銃口に浮かび上がる、赤いの幾何学的な紋様。

 解読できない文字の羅列を従えて、魔方陣は完成する。

 瞬間。円卓が炎に包まれた。

 まるで地獄から呼び出した煉獄の竈のように、円卓ごとゴミの山を焼却していく。


『魔弾・緋色スカーレット銃弾ノヴァ

 先月、自暴自棄となったゲンジ先輩さえ打ち倒した『魔弾』を前に、皆が呆然と燃える円卓を見ている。


「…うわっ、ホントにやったよ」


「あぁ~、私のコレクションが~」


 そんな声が聞こえてきたので、ボクは努めて優しい声を出す。


「さぁ、皆。席に戻ってね」


「「は、はい…」


 逆らうものは誰もいなかった。

 そうこうしている内に、『魔弾』の炎は消えていた。円卓があった場所には黒い灰だけが残り、天井は黒焦げになっている。


「じゃあ、話は戻るけど、他に仲間を探す方法はないかな?」


「…」


「…」


 皆、何も言わない。

 当然か。あのライブをする前から、やれることは全部やっていたんだ。それでも見つからないのだから、もうお手上げだ。


「…はぁ、打つ手なしか」


 ボクもため息をついて天井を見上げる。

 黒い染みをじっと見つめていると、外から楽しそうな喧騒が聞こえてきた。


 カーニバルは2日目。

 1週間を通して開催されるこの祭りは、大いに盛り上がっている。出店の屋台も並んでいて、見て歩くだけでも楽しい。今日は確か、サンマルコ広場で仮面舞踏会が開かれるはずだ。素顔を隠したダンサーが、伝統的な踊りを披露するらしい。


「…お祭り、行きたいな」


 誰かがポツリと呟いた。


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