第8話「練習、練習!」
「…どう?」
「GOOD! 今度は、少し前かがみになって!」
「こう?」
「EXCELENT! もう、サイコーだよ!」
ピンクのふりふりのスカートを揺らしながら、膝に手を当てて前かがみになる。それだけで、アーニャが顔を真っ赤にさせて身をもだえさせる。
「絶対にイケる! 今期のセンターはユキで確定ね! オリコン1位も夢じゃないわ!」
「アーニャ、意味わかって言ってる?」
「全然! いつも社長が叫んでるのを聞いただけ!」
キャッキャと身をくねらせながら青天井に歓び続けるアーニャ。
対してボクは、底知れる徒労感にどっぷり浸かっていた。
「…本当に、こんな格好をしなくちゃダメ?」
ボクは自分の姿を見下ろした。
両肩でスッパリと切られた白いワンピース。
襟はあるけど、背中がパックリと開いているため、服を着ている心地がしない。スカートはもっと酷い。スカート丈が予想以上に短く、膝上何センチというより、股下何センチという世界。パニエでも入っているのか、常時ふんわりとスカートが広がっている。言ってしまえば、常にパンツが丸見えな状態であった。
「うぅ~。こんなんじゃ、ま、丸見えじゃないか~」
「ユキ、そこは違うわよ!」
ちっちっち、と指を振るアーニャ。
「見えるんじゃない。見せているのよ」
「余計にタチが悪いよっ!」
恥ずかしくなって、かぁ~、と体が熱くなっていく。少しでも隠そうとスカートの裾を掴むけど、今度は後ろがずり上がってしまう。きっと後ろから見たら…
「大丈夫だって。丸見えにならないために、白のタイツを穿いているんだから。遠目にはユキのパンツが水色の縞々だってわからないわよ」
「ちょっと! み、見ないでよ!」
焦りながらスカートの前と後ろを押さえて、白タイツに隠された縞々パンツを隠す。
こんなことなら、もっとちゃんとしたのを穿いてくればよかったよぉ~。
「や、やっぱり無理だよ、こんな格好~」
両足に履いた白のハイヒールをかたかた鳴らす。服の色合いに合わせて、白とピンクのリボンがついた、かなり可愛らしいデザインだった。
「こんな靴じゃ、歩くのもやっとだし。ステージの上で大恥をかいちゃうよ」
「ユキ、あなたの言うことも最もだわ」
アーニャが腕を組んで、ウンウンと頷く。
「でもね、それを乗り越えたときにこそ、『NO1』アイドルの道が切り開けるのよ。こんなことろでへこたれてちゃダメ!」
「いや、別にボクはアイドルに―」
「これからは、この衣装を着て練習するわよ。本番まで、あと少し。これからが追い上げよ!」
聞いちゃいないし。
ボクはため息を漏らしながら、もう一度、自分の姿を見下ろす。白タイツに締め付けられた下半身がどうにも落ち着かない。お尻のラインがきっちり出てしまっている。ボクはさりげなくスカートの上からタイツに包まれたお尻を撫でる。
…あぅぅ、どうしよう。
最近、気がついたことがある。
どうやら女の子になったボクは、胸だけじゃなく、お尻もちょっと大きいらしい。
お風呂上りに鏡に映った自分を見て、思わず目を疑ってしまった。くびれた腰のラインから描くお尻の曲線は、あまりにも魅惑的であり、官能的であった。自分でも見初めてしまうくらいに。それから、バスタオルと床に落として、改めての自分の裸体をまじまじと観察する。女性的に膨らんだ胸とお尻。そして、あどけなさを残す幼い顔立ち。
やっぱり可愛いな、と思ってしまったことは内緒にしている。
「ねぇ、アーニャ? せめて、スカートの下に何か穿かせてよ?」
「ん? やっぱり、パンツが見えるのが恥ずかしい?」
「そうじゃなくて、お尻が…」
「お尻?」
「なんでもないなんでもない! それよりも何かないの? 最初からこの格好はハードルが高いよ」
「う~ん、そうね」
アーニャが腕を組んだまま、うんうんと考え込む。
「…やっぱり、アンダースカートを穿くのが一番かな?」
「アンダースカート?」
「そ。ふりふりがついた短パンみたいなの。そうすれば、おパンツも隠せるし、可愛らしさも右肩上がりよ!」
上機嫌に鼻を鳴らすアーニャ。
ボクとしても、少しでも隠せるのなら、そっちのほうがいい。
「じゃ、それでお願い」
「OK! じゃ、ユキ。スカートを上げて」
「え?」
アーニャの言葉に頭が真っ白になる。
「採寸しなくちゃいけないでしょ。ヒップとか、股下の足回りとか」
「いやいやいや! そんなのテキトーでいいよ!」
「ダメよ! デリケートなところなんだから! 嫁入り前のユキに傷なんてつけられないわよ」
そう言って、どこから出したのか、メジャーを片手にゆっくりと近寄ってくる。
「さぁさぁさぁ! 早くスカートをたくし上げなさい。できれば恥ずかしそうに、じわりじわりと」
うへへへ、と涎を垂らしながら、危ない目つきでスカートを注視してくる。
「じ。自分でするから!」
「よいではないか、よいではないか! 私を、その大きなお尻で楽しませてくれっ!」
「ひっ!」
…ばれてた。
全身が、カッと熱くなる。変に汗ばんできて、内股をモジモジさせてしまう。
…は、恥ずかしい。
…ばれちゃってたよ。
「う、うぅ」
あまりの恥ずかしさに涙が出てきた。
おそらく真っ赤になっている顔に、ぽつりと一筋の雫が滴る。
その時だった。
「…ねぇ、アンタ、その辺にしたら?」
不機嫌そうな声が、ボクとアーニャに届く。
「ユキだって困ってんじゃん。アンタのそういうところ、アタシは良くないと思う」
「…ミク」
ボクは呆然と、不機嫌そうにしているミクを見つめる。
…もしかして、庇ってくれた?
「あ、いや。別に困らせるつもりは…」
ミクのナイフのような言葉に、アーニャは焦ったように手を振る。少し顔をヒクつかせているので、怖がっているのかもしれない。
「…ごめん、ユキ。私、どうかしてた。三日三晩、完全不休でライブの準備してたから、何か変なスイッチが入っちゃってたみたい。本当にごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げるアーニャ。
そういえば、どこか顔色も良くないような気がする。
「大丈夫だよ。ボクは気にしてないから」
帰って休んで、と言うと、アーニャは大人しく従った。
「うん、そうする。そういえば、最後にご飯を食べたのって、いつだったけなぁ?」
頭をふらふらさせながら、蜂蜜色の髪を両手に持ってクルクルと回す。これは重症だ。
「ねぇ、ミク」
「…なによ」
アーニャの問いかけに、不機嫌そうに答えるミク。
「私の代わりに、採寸をお願いしてもいいかな? せっかくここまで本気でやってきたんだし、半端なことはしたくないんだよね」
「…アタシでいいの?」
「うん。だって、信頼してるもん」
そう言って、屈託のない笑みを浮かべる。
ミクはアーニャの笑顔を見て、少しだけ複雑そうな顔をした。
「じゃ、よろしく」
アーニャは片手を上げながら、フラフラとレッスンルームから出て行った。無事に部屋に戻れるのだろうか?
メジャーを手渡されたミクは、固まったままじっと自分の手を平を見続ける。
そして、顔を上げると、火のように真っ赤な目がボクを見つめた。
「…じゃ、しよっか?」
「…やっぱり?」
「か、勘違いしないで。あのバカだって、理由はどうあれ、寝る間も惜しんでやってきたみたいじゃん! あんなとこを見せられたらアタシだって無下にできないっていうか…」
そういいながら、恥ずかしそうに頭をかく。かぁ~、と顔を真っ赤にさせながら、落ち着かないように視線をさまよわせる。
「ふふっ」
「な、なに笑ってるの」
「いや。本当にミクは可愛いなって。そう思ってさ」
ボクの言葉が最後のトドメだったらしい。
これ以上にないくらい顔を真っ赤にさせて、照れ隠しをするように叫んだ。
「う、うるさいな、バカ!」




