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第1話「プロローグ」

プロローグ


「ゆきりん! ゆきりん!」

「かなたーん! さいこーだーっ!」

「ゆうこーっ! こっちを見てくれーっ!」


 沸き上がる歓声。

 輝くサイリウムが歌声に乗せて、右へ左へと振られる。

 化学反応によって輝く棒状のライトは、眩しいほどの残光を描きながら、大海の海原のように、波を打つ。

 

「「「こんなに、誰かを恋しくなる~」」」


 ドーム状のコンサート会場。

 大音量の歌声によって、熱狂するファンたちを更に盛り上げていく。


 ステージの上には、煌びやかな衣装を身に着けた少女達がいた。

 学校のブレザーを思わせる服装に、胸元には可愛らしい大きなリボン。『見せる』ことを意識した短いスカート。

 今、最も勢いのあるアイドルが無数のファン達を前に。

 腰を振り、マイクスタンドを跨ぎながら激しく踊っていた。


 ここは英雄の地。

 全国から選ばれた、選りすぐりのオタクたち。


 彼らは自分の生き方に誇りを持ち、かつ、自分の応援が彼女たちに届くと信じて疑わない者であった。


 その在り方、まさに勇者。

 例えこの身が滅びようとも、ステージの上の彼女たちは永久に不滅である。そんなことを真顔で言ってしまう、筋金入りのオタクたち。


 手に持ったサイリウムを双剣のように掲げ、勇者達は高らかに声援を送る。


「ゆきりーん! 好きだーっ! 愛してるーっ!」


 そんな精鋭たちの中、1人だけ異彩を放つ者がいた。

 観客席のど真ん中。両手に持ったサイリウムを大胆に、そして苛烈に、激しく振りかざす。


 その姿は、二刀の双剣を持って舞うが如く。


「ゆきりん、好きだっ! 大好きだーっ! 結婚してくれーっ!」


 理知的な顔つきに、細身の体。

 そして、薄いレンズの眼鏡。

 額には『ゆきりん、命!』と書かれた鉢巻を巻いている。

 あまりにも機敏すぎるその動きは、周りの観客たちさえも賞賛するほどだった。


「おい、見ろよ…」


「もしかして、あいつが噂の?」


「あぁ! あの、流水の動きは間違いない!」


「あの御方が…、『二刀流の誠士郎』殿かっ!」


「なんという熱気! とても近寄れん!」


 緩やかに、そして鋭く残光を描くサイリウム。

 静と動を組み合わせた舞は、見るものを強く惹きつける。

 一瞬でも、ステージの上の想い人に見てもらいたい。

 そんな健気な思いが、この男を奮い立たせる。


「「「人生は新たなときめきと~、出会いの場~」」」


 アイドル達の歌声がサビに入り、ステージの熱気も最高潮に達する。

 その瞬間、男の眼鏡がキラリと光った。


「で、出るぞ!」


「これが、…誠士郎殿にだけ許された禁断の奥義!」


「まさか、この目で見られるとは!」


 男のサイリウムが、ピタリと止まる。

 そして、次の瞬間。

 逆手に持ったサイリウムが、…6本に増えていた。


「出たぞ! 『スターダスト・エクストリーム』だ!」


「これが、…噂の封じられた奥義!」


「あぁ! サイリウムの動きが早すぎて、まるで12連続で切りかかっているように見えるという、誠士郎殿の奥義! その舞は動画に収めることができず、肉眼でしか拝められないと聞く」


 解説役を買って出る周りの男達。

 圧倒する舞踊を前にして、観客であるはずの男達は何もできず立ち尽くす。


 だが、その男も必死だった。


 少しでも、彼女に見てもらいたい。

 ちょっとでも、彼女の近くに寄りたい。

 ほんのわずかでも、彼女の力になりたい。


 受験勉強や生徒会の雑務に追われた日々。この男にとってステージ上の想い人は、砂漠に咲く一輪の花。心の拠り所だった


 男は迸る汗を振りまきながら、心の底から叫んだ。


「ゆきりーん! 好きだっ! 愛してる! 婚姻届けだってできているんだっ! 後はキミがサインしてくれればいい! 僕にとって、キミが全てなんだーっ!」


 2本のサイリウムをかざしながら。

 その男、小泉誠士郎は死に物狂いで踊り続ける。

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