第67話「信じること、信じられること」
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「ユキーーッ!」
サンマルコ広場の上空でアーニャが叫ぶ。
古龍ラグナロクの背には、四人の人物が乗っていた。コトリ、ジン、ミク、そしてアーニャ。
ジンとミクの傷の手当てをしたアーニャは、ジンたちにつれられて上空にいるコトリと合流していた。
「ちょっと、降ろして! ユキを助けに行かないと!」
ジンに掴みかかるアーニャ。
その表情は真剣そのものだった。
だが、ジンは落ち着いた声で答える。
「助けにいこうにも、あそこは狭すぎる。ラグナロクで攻撃したら、国全体が焼け野原だぞ。なぁ、コトリ?」
「…うん。やけのはら」
「それに俺達だって満身創痍だ。助けに行こうとしたら、こっちが危なくなる。それはユキの望むことじゃないだろ」
「じゃ、このままユキを見殺しにするってわけ!」
目を吊り上げながらジンを睨みつける。
そんなアーニャを見て、ジンはわかりやすくため息をつく。
「…はぁ、騒がしい姫さんだ」
ボリボリ頭をかきながら言葉を続ける。
「ユキは一人でやるって言ったんだ。だったら、俺達はアイツを信じて待つしかないだろう」
「何それ! そんなことして、ユキが死んじゃってもいいの!」
「アイツは死なねぇよ」
ジンは真っ直ぐアーニャのことを見据える。
「人が死ぬことがどういうことか、アイツはよく知ってる。死んで不幸になるのは自分じゃない。…残された側の人間だ。残された人間の苦しみを知っているアイツが、俺たちを残して死ぬようなことは絶対しない」
「ぐっ…」
ジンに言い負かされ、不機嫌そうに口を閉じるアーニャ。
周囲に賛同を得ようと見渡すが、ミクは肩をすくめるだけで、コトリは関心がないように無表情のまま前を見ている。
「なぁ、姫さん。お前も人の上に立つ人間なら、人を信じることを覚えないとな。とりあえず、自分が好きになった人くらい信じてみたらどうだ?」
「なっ!」
アーニャの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。
そんなアーニャを、ミクが面白くなさそうに見ていた。
「まぁ、本当にやばそうだったら手を貸すさ。その時は、国が滅んでも文句は言わないでくれよ。仲間と国、どっちが大切なのか理解しているつもりなんでね」
「…利己主義なのね」
「現実主義者、と言ってほしいね」
そう言って、ジンはニヤリと笑った。
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…目の前が真っ暗だ。
ふわふわとした浮遊感を感じながら、そっと辺りを窺う。
誰もいない。
あの黒髪の女の子もいなくなっている。
それはそうか。
あの子は私だったんだから、いるわけないか。
もう、ここには私しかいない。
一人ぼっちだ。
また、一人ぼっちになってしまった。
『…ねぇ』
あれ?
誰かの声がする。
ここには私しかいないはずなのに。
『ねぇ、目を覚ましたら? いつまで眠っているつもりなの?』
誰なの?
女の人の声だ。
どうしてか、とても懐かしい気がする。
『キミは、仲間を置いて。このまま何もしないつもりかい? 今、この瞬間でも。キミのことを信じている人たちを裏切るつもりかい?』
私の頭に、ジンやミク、コトリの顔が順番に思い出されていく。
…アーニャ。きっと、あの子は泣いてしまうだろう。
…それは嫌だな。
『だったら、早く目を覚ましなさい。立ち上がって、あの生意気な化け物をブッ飛ばせ! 二度とお前に歯向かわないように、コテンパンに叩きのめしてやりなさい!』
…ふふっ。随分と物騒なことを言うんだね。
…あなたは誰なの?
私の質問に答えるように、声の主は息巻いて言った。
『はぁ、まったく! …ウチの弟。いや、ウチの妹ならそれくらいやってみせろ! ピンチのときこそ笑え。ずっと、そう教えてきたじゃない!』
その言葉を聴いた瞬間、目の前の暗闇が薄れていった。
意識が鮮明となり、目覚めが近づいてくる。
『ほらっ、行ってきなさい。ウチは、いつでもキミを応援しているよ』
女性の声が、どんどん遠くなっていく。
それと同時に、目を覚ました。
…今のは―
…姉さんの声?




