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第65話「右膝(いたみ)」


「グォォォォォォォォォォッ!」


 ゲンジ先輩はその名の通り、狂ったように叫ぶ。足元に転がっている鉛の破片を、『ベルセルク』で何度も何度も振り払う。


「獣というよりは、ケダモノね。何にそんなにイラついているのかな」


 フッ、と含み笑いを零す。

 フェンリルに残った最後の銃弾を空に打ち上げる。シリンダーが回転し、空の薬莢から硝煙の匂いがした。


 ダンッ!

 キィン!


 間髪いれず、銃弾はゲンジ先輩の右ひざに着弾する。


「グオッ!」


 ゲンジ先輩が呻き声を上げる。

 そして、まるで右足を庇うかのように手を当てた。朽ちるまで戦い続ける狂戦士には有るまじき行為だった。


「あらら、どうしたの。ゲンジ先輩?」


 私はからかうように声をかける。

 ニヤリ、と笑みを浮かべながら、余裕のある態度で問いかける。


「そんなに右足が心配なの? そりゃそうよね。柔道で負傷したばかりだもんね」


 ゲンジ先輩の目が見開かれる。

 そんな様子を見ながら、私は『ヨルムンガンド』を持った右手でポーチからクイックローターを取り出して、手早く『フェンリル』のリロードを済ませる。


「さぁ、いつまでその右足を庇っていられるかしら」


 ダンッ! ダンッ!

 ゲンジ先輩に狙いを定め、フェンリルの引き金を引く。

 二つの銃弾は真っ直ぐ飛んでいく。


「グオォォ!」


 ベルセルグの巨大な刀身が朝日に煌く。

 飛んでくる銃弾を目がけて、力の限り振り下ろす。

 ズドンッ!

 石畳が砕け、地面に大きな穴が開く。


「グフゥゥゥ…」


 ため息のような唸り声を漏らす。

 それと同時に、甲高い音が二つ響いた。


 キィン!

 キィン!


 二発の銃弾が、ゲンジ先輩の右膝を穿つ。

 弾丸は硬い皮膚に弾かれ、わずかな傷すらつけられていない。


 だが、次の瞬間。


「グォゥ…」


 ゲンジ先輩の巨大な身体が右に倒れていった。

 右膝から地面に落ちていき、身体をかばうように両手を石畳につける。


 ベルセルクが手から離れ、ガランッと重厚な音を立てて地面に転がった。


「グ、グゥゥ…」


 まるで戸惑うような唸り声だ。

 地面に屈したまま、顔を上げて私を睨みつける。

 狂気に満ちた二つの赤い目。

 私は、その顔面に向けて右手のヨルムンガンドの引き金を引いた。


「…魔弾。『緋色の銃弾(スカーレットノヴァ)』」


 銀の銃口に魔法陣が展開される。

 それと同時に、紅蓮の炎がゲンジ先輩の顔面を焼き尽くす。


「グォォォォォォォォォォォォ!」


 けたたましい怒声。 

 顔面を焼かれ、苦しそうにもがく狂戦士。

 私は、そんなゲンジ先輩を冷ややかな目で見る。


「ほら、立ちなさい。銃弾で死ねるほど、ヤワな身体じゃないんでしょ」


 炎が消えていく。

 ゲンジ先輩の顔面はわずかに火傷を負っただけで、致命傷どころか有効打にもなっていない。私は『ヨルムンガンド』を下ろして、『フェンリル』を構え直す。


「剣を構えなさい。そうしないと、私が引き金を引けないじゃない」

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