第64話「魔銃、フェンリル」
魔銃『フェンリル』。
同じ魔銃である『ヨルムンガンド』より、少し小さい銃身に木製のグリップ。普通の銃弾しか撃つことのできず、その銃弾も『ヨルムンガンド』に比べて小さいため、威力も低い。
だが、この『フェンリル』もまた、魔銃と呼ばれるに相応しい伝説級の武器であった。
「…さぁ。覚悟しなさい、ゲンジ先輩」
右手に『ヨルムンガンド』。
左手に『フェンリル』。
二つの魔銃を握り締めて、狂戦士と向かい合う。
距離は、およそ二十メートル。
戦士としての本能なのだろうか。別の銃を使うことを知ったとたん、私との距離を空けてきた。
撃たれてもギリギリで避けられる距離をとって、隙があれば一気に攻めてくる算段だろう。
これが、本物の獣だったらどれほどやりやすかっただろうか。狂気に飲まれようと、戦士としての戦い方を忘れない。武術を修めた獣ほど厄介なものはない。
まぁ、『フェンリル』の前では意味がないんだけどね。
「…」
私は無言のまま、フェンリルの銃口を上げる。
それと同時に、ゲンジ先輩が身構える。
狙ってくると思ったのだろう。
だが、そんなゲンジ先輩を気にも留めず、私はフェンリルの銃口を真上に向けた。
朝焼けの空を狙う銃口。
薄い雲の隙間から、青空の覗かせている。
「グウウゥ…」
その行動が理解できないというように、目の前の狂戦士が唸り声を上げる。
私はそんなゲンジ先輩を見ながら、引き金を引いた。
ダンッ!
乾いた炸裂音が響き、フェンリルの銃口から鉛の銃弾が射出される。
弾丸は迷うことなく上空を目指して飛んでいく。
そして、空に消えていった。
「…」
「…グウゥ」
一瞬の静寂が辺りを包む。
空に消えていった銃弾を目で追っていたゲンジ先輩も、狙いを私に切り替えていた。
軽く腰を屈めて、いつでも飛びかかれる姿勢をとる。
二十メートルなんて距離は、ゲンジ先輩の剣戟の間合い。やろうと思えば、いつだって私の命を狙って距離を詰めてくる。
そうしないのは、先ほどの私の行動が気になっているからだろう。
意味のない行動なのか。
それとも何かの布石なのか。
狂気に飲まれた戦士は、その判断ができずにいた。
「グガァァッァ!」
だが、そんなこと狂戦士にとってどうでもいいことだった。
目の前の敵を叩き潰す。
それだけが、狂戦士に与えられた使命だ。
腰を屈めて、両足に力を入れる。
石畳が砕け、周囲に亀裂が走る。
狂戦士の巨大な身体が地面を蹴りだした。
…その瞬間。
キィン!
何か金属のようなものが、ゲンジ先輩の右足に当たった。
「グゥ!?」
戸惑ったように失速するゲンジ先輩。
剣筋に迷いが生じる。
私はその初撃を難なくかわすと、距離をとりながらフェンリルを上空へと向ける。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
親指で撃鉄を起こしながら、三発の銃弾を空へと放つ。
上空へと消えていく金属の塊。
「…狙いは右足、…いや、右膝か」
私がポツリと呟く。
ゲンジ先輩が怒り狂ったような目で睨みつけてくる。『ベルセルク』を片手に唸り声を上げる。
その時だ。
キィン!
再び、金属のようなものがゲンジ先輩の右足に当たる。
正確には、右膝だ。
ゲンジ先輩がいぶかしむような目で足元の見てみると、地面に鈍色の塊があった。
それは、先ほど上空に消えていった『フェンリル』の銃弾であった。
「グゥゥ…」
納得がいかないような目で私を睨みつけてくる。
そして、警戒するように周囲を窺う。
キィン!
そうしている間にも、銃弾が狂戦士の足元を狙う。
地面に転がる銃弾が増えていくにつれて、ゲンジ先輩は苛立ちを隠せなくなっていく。
「グァァァァァァァァァァァ!」
今までより、更に大きな唸り声を上げる。
周囲を威嚇するように。自分の中の狂気にもがき苦しむかのように。
だが、そんなことはお構いなしに、三発目の銃弾が背後から膝に着弾する。
キィン!
地面に転がる銃弾が、また一つ増えた。
私は腰のポーチに手を当てながら、フェンリルを上空へと構え直す。
『魔銃・フェンリル』
この銃の最大の特徴は、必ず当たることであった。放った銃弾は射線など関係なく、射程範囲内であれば狙った場所に着弾する。例えば、空に向けて撃ったとしても、銃弾は引き金を引くときに狙った場所に必ず飛んでいくのだ。
狙った獲物は逃さない。この理屈を薙ぎ倒した銃の性能が、魔銃である所以だった。




