第60話「緋色の銃弾」
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アーニャが叫んでいる。
ボクの名前を呼んでいる。
それだけで、力が湧いてくる。
「…アーニャ、待ってて」
警備隊のマスケット銃の銃弾をかわしながら、アーニャへと歩を進める。
あと、100メートル。
右手のヨルムンガンドをゆっくりと持ち上げる。そして、こちらに向けているマスケット銃に向けて発砲する。
一発。
二発。
三発。
ヨルムンガンドから放たれた銃弾は、違えることなく兵士のマスケット銃に吸い込まれていき、一瞬で破壊する。
四発。
五発。
…六発、はなかった。
弾切れを起こして、撃鉄が空撃ちする。乾いた音が手の中で鳴る。
あと、80メートル。
銃撃の勢いは、弱くなっていった。
悠然と向かってくる姿に恐れを感じたのか、逃げ出す兵士も出ている。
あと、70メートル。
ギラリ、とギロチンの刃が不気味に光った。ギロチンを持ち上げていたロープが、ざくっと切り落とされた。
その瞬間。
ギロチンは音もなくアーニャに襲い掛かった。だが―
「…『クイックドライブ』」
周囲の喧騒が遠のき、一瞬が永遠に引き伸ばされる。
ギロチンも銃弾も、虫の歩みのように遅くなる。
あと、50メートル。
ボクは駆け出した。
音の消えた世界で、ボクは一人だけ走り続ける。
あと、20メートル。
『クイックドライブ』の効果が切れるまで、あと数刻。
ギロチンの刃がアーニャに触れる。
その瞬間を狙って、ボクは弾の入っていないヨルムンガンドの引き金を引いた。
「スキル発動、『魔弾の射出』。紅蓮の業火を今ここに。…魔弾、『緋色の銃弾』」
銃口に小さな魔方陣が展開される。
弾は出ない。
だが、その代わりに。
魔銃から放たれた『魔法弾』が断頭台に火を灯らせていた。小さな炎は爆発的に大きくなり、ギロチンの刃を覆い尽くす。
あと、3メートル。
『クイックドライブ』の効果が切れる。喧騒が戻ってきて、失われていた時が再び刻み始める
あと…
「アーニャ!」
ボクが彼女に向けて手を伸ばす。
その瞬間、処刑台が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「な、なんだ!」
「処刑台が、爆発したぞ!」
「なんて火だ! 近寄れん!」
煉獄の業火のような炎を撒き散らしながら、周囲を赤く染めていく。兵士たちは悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
「罪人はどうした!」
「わからない! だが、首は見当たらないぞ!」
「賊は! 賊はどこにいった!」
そして、信じられないことが起きる。
あれだけ勢いのあった炎の柱が一気に衰えていった。
火はどんどん小さくなり、足場だけ残された断頭台が姿を見せる。
「お、おい…」
「見ろ! 人がいるぞ!」
消えていった炎の中に、一つの人影があった。
いや、それは二人だった。長い黒髪の少女が、蜂蜜色の髪の女の子を抱き上げていた。
「…ごめんね。助けるのが、ちょっと遅れちゃった」
ボクは申し訳なさそうに笑った。
目の前にいる彼女は、目を見開いたまま顔を赤くしている。
「…は、はわわわ」
口を開くが、うまく言葉にならないようだ。
ボクは笑いかけながら、お姫様だっこをしたまま優しく抱きしめる。
「…きゅ!」
アーニャの顔を更に赤くなり、されるがままになる。
兵士たちが見つめる中で、ボクは彼女を抱きしめ続けた。




