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第60話「緋色の銃弾」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 アーニャが叫んでいる。

 ボクの名前を呼んでいる。 

 それだけで、力が湧いてくる。


「…アーニャ、待ってて」


 警備隊のマスケット銃の銃弾をかわしながら、アーニャへと歩を進める。


 あと、100メートル。

 右手のヨルムンガンドをゆっくりと持ち上げる。そして、こちらに向けているマスケット銃に向けて発砲する。


 一発。

 二発。

 三発。


 ヨルムンガンドから放たれた銃弾は、違えることなく兵士のマスケット銃に吸い込まれていき、一瞬で破壊する。


 四発。

 五発。

 …六発、はなかった。


 弾切れを起こして、撃鉄が空撃ちする。乾いた音が手の中で鳴る。


 あと、80メートル。

 銃撃の勢いは、弱くなっていった。

 悠然と向かってくる姿に恐れを感じたのか、逃げ出す兵士も出ている。


 あと、70メートル。

 ギラリ、とギロチンの刃が不気味に光った。ギロチンを持ち上げていたロープが、ざくっと切り落とされた。


 その瞬間。

 ギロチンは音もなくアーニャに襲い掛かった。だが―


「…『クイックドライブ』」


 周囲の喧騒が遠のき、一瞬が永遠に引き伸ばされる。

 ギロチンも銃弾も、虫の歩みのように遅くなる。


 あと、50メートル。

 ボクは駆け出した。

 音の消えた世界で、ボクは一人だけ走り続ける。


 あと、20メートル。

 『クイックドライブ』の効果が切れるまで、あと数刻。

 ギロチンの刃がアーニャに触れる。


 その瞬間を狙って、ボクは弾の入っていないヨルムンガンドの引き金を引いた。


「スキル発動、『魔弾の射出』。紅蓮の業火を今ここに。…魔弾、『緋色の銃弾スカーレット・ノヴァ』」


 銃口に小さな魔方陣が展開される。


 弾は出ない。

 だが、その代わりに。

 魔銃から放たれた『魔法弾』が断頭台に火を灯らせていた。小さな炎は爆発的に大きくなり、ギロチンの刃を覆い尽くす。


 あと、3メートル。

 『クイックドライブ』の効果が切れる。喧騒が戻ってきて、失われていた時が再び刻み始める


 あと…


「アーニャ!」


 ボクが彼女に向けて手を伸ばす。

 その瞬間、処刑台が木っ端微塵に吹き飛んだ。


「な、なんだ!」


「処刑台が、爆発したぞ!」


「なんて火だ! 近寄れん!」


 煉獄の業火のような炎を撒き散らしながら、周囲を赤く染めていく。兵士たちは悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。


「罪人はどうした!」


「わからない! だが、首は見当たらないぞ!」


「賊は! 賊はどこにいった!」


 そして、信じられないことが起きる。

 あれだけ勢いのあった炎の柱が一気に衰えていった。

 火はどんどん小さくなり、足場だけ残された断頭台が姿を見せる。


「お、おい…」


「見ろ! 人がいるぞ!」


 消えていった炎の中に、一つの人影があった。

 いや、それは二人だった。長い黒髪の少女が、蜂蜜色の髪の女の子を抱き上げていた。


「…ごめんね。助けるのが、ちょっと遅れちゃった」


 ボクは申し訳なさそうに笑った。

 目の前にいる彼女は、目を見開いたまま顔を赤くしている。


「…は、はわわわ」


 口を開くが、うまく言葉にならないようだ。

 ボクは笑いかけながら、お姫様だっこをしたまま優しく抱きしめる。


「…きゅ!」


 アーニャの顔を更に赤くなり、されるがままになる。

 兵士たちが見つめる中で、ボクは彼女を抱きしめ続けた。


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