第57話「牢獄への道」
牢獄へと続く橋は、ヴィクトリア宮殿の二階にある。
そこに向けて、大理石の廊下を駆け抜ける。
途中で、何度も兵士たちに迎撃されるが、そんなものは一瞬にして蹴散らしていった。
そして、ボクは牢獄へと繋がる橋へとたどり着く。
外観では大理石でできた白い石橋なのだが、中は古びた木材を敷き詰めた、質素な造りとなっている。天井も低く、横幅も狭い。
『溜息の橋』だ。
人が通れるくらいの狭い橋に、小さな窓が取り付けられている。ここを通る罪人は、この窓からの景色を見て、溜息をついたらしい。
アーニャも、溜息をついたのだろうか。
…いや、それはない。あの気高き少女が、嘆き悲しみ、溜息をつくようなことはない。本当は怖いくせに、無理をして強がっている逃亡の王女。
そして、ボクのことを大好きだと言ってくれた女の子。
…アーニャ。
ボクは心の中で、彼女の名前を呼ぶ。
もう、目の前にまで来ている。
必ず助けてみせる。ボクは彼女への想い胸に、牢獄への唯一の道である『溜息の橋』を渡った。
「…アーニャ、どこにいるの」
…橋の向こう側は、牢獄だった。
これまでの華やかな大理石の造りからは、一転。石と鉄でできた冷たい世界だ。
石造りの牢に、鉄柵のついた小さな窓。
中は狭く、一人でも入ることが窮屈と感じてしまう。そんな冷徹な小部屋が列をなして、眼前に広がっている。
ボクは焦る気持ちを抑えながら、一つ一つ牢獄を見ていく。
誰もいない牢。死んだように一点を見つめている老人がいる牢。朽ちた白骨だけが横たわっている牢。端から順番に見ていくが、アーニャの姿は見当たらない。
「アーニャ! どこにいるの!」
ボクは必死に叫ぶ。
だが、返ってくる言葉はない。ボクは例えようのない不安を抱えながら、最後の牢獄を見た。
「…え?」
そして、そこには。
誰もいなかった。アーニャの姿は、牢獄へのどこにもなかったのだ。
「…そ、そんな」
ボクは鉄柵を握りながら、力が抜けたようにぺたんと座り込む。せっかく、ここまで来れたのに。…アーニャ。君は、どこにいったの?
「動くな! 武器を捨てて投降しろ」
警備の兵士がマスケット銃を構えて、項垂れているボクの後頭部を突く。ボクは静かな声で尋ねる。
「…ねぇ、教えてくれない? アーニャは、…アリーシア王女はどこにいるの?」
「黙れ! 変な行動をしたら発砲するぞ!」
宮殿兵士は威嚇するように、銃口をぐりぐりと押し付ける。それでもボクは、兵士の言うことを聞かなかった。
冷たく、冷淡な言葉が口から零れる。
「…ボクは。今、気が立っているんだ。…お願いだから苛立たせないでくれ」
「っ!」
その殺気立った言葉に、男は一瞬だけ身を引きつらせる。
だけど、すぐに男が声を荒らげる。
「黙れ黙れ! 命令をしているのはこちらだ! 今すぐ、武器を捨てろ!」
男の汚い罵声がボクの頭から降り注ぐ。
「…そう」
ボクは横目で男のことを見る。
そして、手にしていた『ヨルムンガンド』をゆっくりと手放した。カタッ、と小さな音を立てて、銀色の銃が石の廊下に落ちる。
「よ、よし。それじゃあ、こちらの言うとおりに―」
男が『ヨルムンガンド』を遠ざけようと足を伸ばす。
その瞬間、ボクは動いた。
右手で敵のマスケットをいなしながら、左手でスカートの中に隠してある暗殺銃『白虎』を引き抜いた。
そのまま、男の喉元に容赦なく突きつける。
黒のスカートが一瞬だけフワリと舞い上がり、白い肢体がわずかに露になる。
「なっ!?」
「…命令しているのは、ボクだ。アーニャはどこにいるの? 答えなさい」




