第51話「合流」
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「遅かったな」
深夜。誰もが寝静まった時間。
朽ちた教会前で、ジンが手を上げる。
「ごめん、ちょっと準備に手間取ってた」
「そうか。まぁ、こっちも到着したとこだしな」
「…ミクは?」
「ミクなら、その辺を走っているんじゃないか? まったく、猪みたいな女だよ」
「ははっ、気合十分だね」
ボクはポニーテールの先端をいじりながら、ミクの心境を察する。ゲンジ先輩に完敗したこともあるけど、この世界で走れることに、じっとはしていられないのだろう。
「ジンは大丈夫?」
「準備のことか? 俺は特に準備するものなんてないぞ?」
「そうじゃなくって…」
ボクが口を開くと、ジンが黙って上を指差す。
そこには月も、星もない。真っ暗な夜空が広がっている。
「あー、なるほど…」
ボクは納得したように声を漏らす。
「見つけたんだね」
「んー、見つけたというか、見つけてもらったというか」
ジンにしては、珍しく歯切れが悪い。
そこへ、息を切らしたミクが。ボクとジンの間に割って入ってきた。
「うりゃー、この不届きもの!」
「うわっ! …って、不届きものってなに?」
「はあ? ゲンジの奴にお礼参りに行くんでしょ。なんでアタシを誘わないのよ!」
ミクは腕を組んだまま、キツイ目つきでボクを睨んでくる。
服装はいつもと同じ、ジーンズとTシャツ。その上に着物を羽織っている。柄は、真っ赤な枝垂桜だ。
「えーと、ジンから聞いてないの?」
「うるさい! こういったことは、本人が話に来るべきでしょ!」
「う、うーん…」
ボクが困っていると、ジンがにやりと笑う。
「ミクはな、俺からじゃなくて、ユキに直接お願いされたかったんだよ」
「ばっ! な、何言ってるのよ!」
ミクの顔が一瞬にして真っ赤になる。
「放っておいても来るくせに、難儀な奴だよな。ユキに頼られたかったんだよ」
「もう黙れ!」
「ぐおっ!」
ミクの正拳突が、ジンの腹に深々と突き刺さる。
「べ、別に、ユキが心配だからとか、そんなんじゃないから。アタシにだって、ゲンジの奴に借りがあるだけだし!」
ミクが顔を赤く染めたまま視線をそらす。
殴り倒されている狼男と、顔を赤く染めてもじもじしている人形使い。この二人が、今夜の攻略パーティだ。
そして、もう一人。
「くそっ、ミクの奴。本気で殴りやがって。…それじゃ、ユキ。呼ぶぞ」
「うん、お願い」
ジンが腹を押さえたまま、片手を上に上げる。
すると、上空から。何か風の切るような音が聞こえてきた。何もなかった夜空に、二つの星が現れる。その星は仲良く並んだまま、少しずつ大きくなっていく。
いや、それは星ではなかった。
眼だった。
人の頭部ほどもある眼球が、光に反射していたのだ。
「…すごいね」
「…あぁ。俺も最初見たときは、本気でビビったよ」
バサ、バサッ。
翼をはためく音が、風斬り音をかき消していく。やがてそれは、教会前の海へと着水する。
鋭い眼光。
凶悪な牙。
全てをはじき返す強固な鱗。
そして、無数の羽がそびえる六枚の金色の翼。
この世界で太古から存在する最強種。あらゆる生物の頂点に立つ存在。そして、世界を黄昏へといざなう破滅の龍。
『古龍・ラグナロク』。
そして、その巨大な龍の背中には、小柄な人影があった。
狐の耳と尻尾をもつ小さな少女。
白のワンピースに水色のマフラーを巻いている。彼女は現実世界と変わらず、感情の薄い顔でボクたちを見下ろす。
「…待った?」
「いいや、待ってないよ。コトリ」
「…そう」
召喚師のコトリ。現実では、小鳥遊ゆみ子。
彼女もまた、ボクたちと同じように、この世界に来ていた…




