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第48話「…女の子に堕ちていく」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 意識が、遠くなっていく。


 目の前が真っ暗になる。

 夜よりも暗い、暗闇の底に落ちていく。


 アーニャを止めないといけないのに。

 ボクの体は言うことをきくことはない。


 …何もできなかった。

 …本当に、何もできなかった。


 彼女を守るどころか、ボクの命は彼女に救われてしまった。アーニャが、自分の運命を受け入れることで。


 …情けない。


 そんな自分の不甲斐なさと、悔しさと、いろんな感情がごちゃごちゃに混ざり合う。もう二度と、大切な人を失いたくないと思っていたのに。


 その時だ。

 暗闇の中に、一人の少女が立っていることに気がついた。


 長い黒髪に、凛とした顔立ち。

 なんだか、とても懐かしい気持ちになった。黒髪の少女は黙ったまま、ボクのことを見つめている。


 ふと、少女が。ボクに向けて手を差し出した。

 ボクは少しだけ躊躇してしまう。


 この手をとれば、きっと戻れなくなる。

 ボクが、ボクのままでいられない。そんな確信めいた予感が、自分の体を強張らせた。


 …それでも、ボクは。

 …少女の手をとった。


 必要だった。

 この少女の力が、ボクには必要だった。


 少女の手に触れた指先から、彼女そのものが流れ込んでいく。体の隅々まで伝わっていく。


 もう抗えない。

 拒絶することは許されない。


 それまでの自分が塗りつぶされていく。体だけでなく、心までも変えられていく。わずかな心の喪失感と、それを埋めるように温かいものが、お腹に注ぎ込まれていく。


 …変えられていく。

 …浸食されていく。


 少女の全てが、自分のものだと認識し始める。もう引き返せない。女の子らしい指も脚、豊かな胸や長い黒髪。可愛らしくなった声も、そんな違和感はどんどん薄れていく。


 ユキの中にある、女の子としてのキャラクターの部分を。今まで拒絶していたものを、全て受け入れていく。


 …女の子に堕ちていく。


 このときに初めて、少女の顔がはっきりと見えた。

 黒い瞳に、凛とした表情。大人びて、幼くも見える。

 まるで鏡を見ている気分だった。


 その少女は、…ボク自身であった。


 目の前が、少しずつ明るくなっていくのと同時に。

 暗闇の少女は、ボクの中に消えていった。


『ーがんばりなさい、優紀(ユキ)ー』


 最後に、死んだはずの姉さんの声が、聞こえた気がした。


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