第48話「…女の子に堕ちていく」
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意識が、遠くなっていく。
目の前が真っ暗になる。
夜よりも暗い、暗闇の底に落ちていく。
アーニャを止めないといけないのに。
ボクの体は言うことをきくことはない。
…何もできなかった。
…本当に、何もできなかった。
彼女を守るどころか、ボクの命は彼女に救われてしまった。アーニャが、自分の運命を受け入れることで。
…情けない。
そんな自分の不甲斐なさと、悔しさと、いろんな感情がごちゃごちゃに混ざり合う。もう二度と、大切な人を失いたくないと思っていたのに。
その時だ。
暗闇の中に、一人の少女が立っていることに気がついた。
長い黒髪に、凛とした顔立ち。
なんだか、とても懐かしい気持ちになった。黒髪の少女は黙ったまま、ボクのことを見つめている。
ふと、少女が。ボクに向けて手を差し出した。
ボクは少しだけ躊躇してしまう。
この手をとれば、きっと戻れなくなる。
ボクが、ボクのままでいられない。そんな確信めいた予感が、自分の体を強張らせた。
…それでも、ボクは。
…少女の手をとった。
必要だった。
この少女の力が、ボクには必要だった。
少女の手に触れた指先から、彼女そのものが流れ込んでいく。体の隅々まで伝わっていく。
もう抗えない。
拒絶することは許されない。
それまでの自分が塗りつぶされていく。体だけでなく、心までも変えられていく。わずかな心の喪失感と、それを埋めるように温かいものが、お腹に注ぎ込まれていく。
…変えられていく。
…浸食されていく。
少女の全てが、自分のものだと認識し始める。もう引き返せない。女の子らしい指も脚、豊かな胸や長い黒髪。可愛らしくなった声も、そんな違和感はどんどん薄れていく。
ユキの中にある、女の子としてのキャラクターの部分を。今まで拒絶していたものを、全て受け入れていく。
…女の子に堕ちていく。
このときに初めて、少女の顔がはっきりと見えた。
黒い瞳に、凛とした表情。大人びて、幼くも見える。
まるで鏡を見ている気分だった。
その少女は、…ボク自身であった。
目の前が、少しずつ明るくなっていくのと同時に。
暗闇の少女は、ボクの中に消えていった。
『ーがんばりなさい、優紀ー』
最後に、死んだはずの姉さんの声が、聞こえた気がした。




