第46話「人形魔法使いのミクvs狂戦士のゲンジ」
「ふむ。よくぞ凌いだものだな」
重苦しい声が、ボクたちに届いた。
「むしろ、よく気がついたと言っておくべきか。ほんの一瞬の殺気も出さなかったのに、我が攻撃する前に防御態勢に入るとはな」
その声に、ミクが呆れたように反論する。
「はぁ? 何で、上から目線で話しているの。不意打ちをしてきたくせに」
「罪人を裁くのが、我の仕事でな。使命をまっとうするためには、手加減をする気はないのだ」
「使命? ははっ、笑えるわね。アンタがやってることが、使命だなんて高尚なものには見えないんだけど」
「…ふん」
男は鼻で笑うと、弾き飛ばされた剣を拾い上げる。赤褐色に染まった、鋼鉄のような肌を、一瞬だけ刃に反射させる。
そこにいたのは、屈強なオーガ族の男。
『十人委員会』の仲間で、不撓不屈とまで呼ばれた狂戦士。
…ゲンジ先輩だった。
「久しぶりね。部長集会、以来かな?」
ミクは睨むような視線で、ゲンジ先輩を射抜く。
だが、彼はつまならいものを見るような目で、僕たちを見ていた。
「…知らんな、貴様のような奴」
「あらら。もう忘れちゃったの? 柔道部の部長として、下級生から信頼されていたゲンジ先輩ともあろうものが。寂しいものね」
「だから、知らぬと言っておる。ここにいるのは、貴様らを処分しにきた警備隊の隊長だ」
「じゃ、アンタの名前は?」
「名前などない。そんなもの、我には必要ない。ただ、まっとうするべき使命さえあれば、我の存在は肯定される」
ゲンジ先輩は『ベルセルク』を構えると、ボクたちに向かって口を開く。
「貴様らは重大な罪を犯した。警備隊副隊長のダルトン氏に重症を負わせ、その部下40人に暴行を働いた。さらに軍艦を沈め、多くの船員たちを危機にさらしたのだ」
「はぁ? そっちから喧嘩を売っておいて、何を言っているの? …やられたら、やり返す。喧嘩を売られたら、立てなくなるまでブチのめす。それが、アタシのやり方なのよ」
ミクが凶暴な笑みを浮かべる。
腰を落として拳を構える。
「アタシ達を処罰しに来たって言ったわね。やりたければやりなさい。だけど、手加減はしないわよ」
「ふん。言われるまでもない。貴様らをここで処分する」
ゲンジ先輩が静かに剣を構える。
ふっ、とミクが小さく息を吐いた。
拳を構えて、ゲンジ先輩と対峙する。
「…」
じりっ。
ミクがわずかに身じろぎを起こす。
足を少しだけずらし、遠くにいるゲンジ先輩までの間合いを計っている。
その距離、およそ20メートル。
拳が武器のミクにとって、あまりにも遠すぎる。
「…」
一瞬の静寂が訪れると思った。
だが、その刹那―
とんっ。
…ミクの姿が忽然と消えていた。
「せいやっ!」
ズドンッ!
気合のこもった掛け声と、とてつもなく重い音が辺りに響く。ミクの拳が、ゲンジ先輩を捉えていた。
「ぬぅ!」
ゲンジ先輩の巨体が一瞬だけ宙に浮く。
瞬きも許されない一瞬で、ミクはゲンジ先輩との間合いを詰めていた。
サポートスキルの『縮地法』。
モンクや格闘家が覚える移動専用のスキル。敵との間合いを瞬時に詰めて、必殺の一打を加えるための最上級スキルだ。その早すぎる瞬動は、音を置き去りにし、光の速さを超えて、自身の残像さえ相手の視界に取り残す。
「ぐぬぅ…」
鉄格子をも簡単に破る鉄拳を食らって、ゲンジ先輩はわずかに声を漏らす。
だが、その表情は冷静そのものだった。
とりわけダメージが入った感じはない。ただ単に、驚いて声が出た、というような様子だった。
「…軽いな」
むくりと背筋を伸ばすゲンジ先輩。やはり、まともなダメージは入っていない。
「ちっ、相変わらずデタラメな頑丈さね。こっちは結構マジだっていうのに」
ミクが不機嫌そうに呟く。
「無駄なことだ。そんな拳など、我には届かない」
「ははっ、言ってくれるわね。悪いけど、アタシにはこれしかないんでね。無理やりにでも押し通すよ」
「…わからんな。無駄だとわかっていて、なぜ我と戦おうとする?」
「無駄かどうかは、やってみなきゃわからないじゃない!」
ミクが動いた。
先ほどの『縮地法』でゲンジ先輩の側面を取ると、神速の拳を繰り出す。だが、ゲンジ先輩は避ける素振りも見せず、突きをそのまま受け止める。
ドゴッ。
腹部に突きたてられた拳を、ゲンジ先輩がつまらなそうに見た。
「…無駄だと、言ったはずだが」
「油断しないことね。アタシの攻撃はこれからよ」
ぱっ、とミクが拳を開いた。
手の中から、紙切れのようなものがヒラヒラと落ちていく。
「ぬっ! それは!?」
それまで無関心だったゲンジ先輩が、驚いたように目を開く。
「ははっ、喰らいやがれ。…式神召喚!『村雨・零式』! 」




