第44話「アーニャの魔法と、ユキの魔法」
ミクが前髪を掻き分けながら、ボクとアーニャのもとに戻ってきた。
あいかわらず気だるそうな態度で、軍隊を丸ごと壊滅させた後には到底見えなかった。
「終わったわよ」
「…うん、お疲れ」
「ほらっ、アンタもさ。黙ってないで、何とか言ったら?」
ボクの後ろにいるアーニャに向かって、つんけんした口調で言った。
すると、アーニャも我に返ったようにおずおずと返事をする。
「…あ、ありがとう。助かったわ」
「な、なによ。素直に感謝なんていわないでよ。こっちが調子狂っちゃうじゃない」
ミクが不機嫌そうな顔をしながらも、照れたように頬をかく。
だが、そんな微笑ましい光景も。
子供の鳴き声によって、現実に引き戻される。
おかーさん! おかーさん!
そんな広場に子供の泣き声が響く。そこには銃で撃たれた母親が倒れていた。泣き叫ぶ子供の声に答える様子はなく、ぐったりと地面に伏せている。
ボクは慌ててその親子に近づいた。島の人たちをかき分けて、母親を抱き起こす。
まだ息はあった。だけど、傷が深いのか顔色が良くない。苦しそうに、浅い息を繰り返している。
「…どうしよう」
自分に何ができるか必死になって考える。だけど、何も思いつかない。
その時だ。
彼女が口を開いたのは。
「…大丈夫。私が助けるから」
アーニャが蜂蜜色の髪をなびかせながら、その母親の手をとる。
次の瞬間―
「えっ?」
ボクは驚いて声をこぼした。
アーニャの手から淡い光が零れていた。まるで太陽のような暖かい光だ。アーニャは真剣な表情を浮かべながら母親の胸に手を当てる。すると、淡い光は少しずつ大きくなり、母親の体を包み込んだ。
これは、回復魔法か!?
「…大丈夫だよ」
アーニャは優しい声で子供に囁く
しばらくすると、母親の顔色が良くなっていき、それにつれてアーニャの手の光が弱くなっていった。そして、光が消えるころには、銃弾で貫かれた傷跡が完全になくなっていた。
「気をつけて帰ってね」
アーニャが手を振ると、子供は嬉しそうに大きく手を振った。
母親も何度も頭を下げて、傷を治してもらったことを感謝していた。
気がつくと、広場から島の人たちはいなくなっていた。子供の母親が無事だったことに安堵したのか、皆がアーニャのことを褒め称えていた。
「驚いたよ。アーニャって、回復魔法が使えるんだね」
「まぁね。これでも王族の末裔ですから!」
えっへん、と言いながら腰に手を当てる。
「へぇ。じゃあ、アーニャ以外でも魔法を使える人はいるの?」
「うーん、あんまりいないかな。大体が魔法使いの家系だったり、エルフの一族だったりするけど。…そういえば、ミクも魔法が使えるよね」
アーニャが不思議そうにミクのことを見る。すると、ミクは何でもないことのように答えた。
「別に、普通でしょ。アタシたちの仲間の中じゃ、使えない人の方が少ないし」
「そうなんだ。じゃ、ユキも魔法が使えるの?」
「いや。ボクは、…その―」
うまく答えられず口をごもらせる。
ボクは『魔法銃士』という職業上、魔法が使えない。
使えるのは補助系のサポートスキルと、魔銃を装備した時にだけ使える『魔弾』だけだ。
『魔弾』とは、その銃に秘められた力を解放する、魔法銃士専用の固有スキルである。ゲーム的にはMPを使用する時点で魔法と言ってしまってもいいのかもしれないが、手にした銃によって使用の是非が決まってくるので、厳密に言えば武器依存の戦闘スキルということになる
威力は強力なのだが、消費するMPが他の魔法と比べても桁違いなので、万全の状態であっても5、6発程度しか撃つことができない。そう考えると、ミクの人形魔法とは違い、かなり使い勝手が悪い。
それに、今のボクには。
普通のスキルすら満足に発動できない。
唯一、アーニャを助けた時だけ発動できたけど、あれだって自分でやったという感覚はない。…自分の中にいる誰かが、手を貸してくれた。そんな気分であった。
「えーと、魔法は使えないんだけど、魔法に近いものは使えるというか。どういったら、いいのかな。…ねぇ、ミク?」
うまく説明できそうにないので、ミクに助け舟を求める。
だが、ミクは何も答えなかった。
「…ミク?」
返事のない彼女に、ボクは首を傾げる。
「…」
ミクが目を見開いて、遠くのほうを見ていた。
まるで危機を感じ取った野生動物のように、感覚を研ぎ澄ませている。
…何か。
…何か来る!
「ちっ、式神召喚! 『武者侍:壱式』!」
ミクは流れるような手つきで、着物の懐から式紙を取り出しながら叫ぶ。
それと同時に。
凄まじい衝撃音が、ボクたちを貫いていた…




