第39話「警備隊の蛮行」
「聞けぃ、このドブ鼠ども! 貴様らに問う。嘘を言えば命はないと思え!」
軍艦から降りてきた大柄な男が叫ぶと、パンッ、と威嚇するように銃を空に向けて打つ。
それまで怯えるように集まっていた、忘れられた島の住人たち。
その音に驚いたのか、子供たちが一斉に泣き出した。母親が必死にあやすも、子供は泣くのをやめない。
「…うるさいガキだ」
男はそう呟くと、おもむろに銃口を下ろす。
そして、なんの躊躇いもなく子供へと銃を向けた。
パンッ。
乾いた音と共に、子供の悲鳴が響き渡った。
「きゃああ!」
母親が子供を庇うように守っていた。
その肩から、赤い血の染みができている。血の染み少しづつ大きくなり、やがて地面へと垂れた。
そんな光景を見た男は、銃を構えたまま笑った。
「ふはは! いいか、ドブ鼠ども! 貴様らに人間の価値はない! この島に住んでいるということは、我が国から不要と認められた証。貴様らなど、道端に転がっている死にかけの鼠と同じなのだよ!」
ふはははっ、と男は高笑いを上げながら、何度も空に向けて引き金を引く。
パンッ、パンッ、パンッ!
その度に集落の人たちは、脅えるように肩を震わせる。
そんな光景を。
ボクたちは、建物の影から様子をうかがっていた。
「…なんてこと」
「ちっ。嫌なもんを見せやがって」
アーニャが両手を口に当てて言葉を失っている。
ミクも忌々しそうに舌打ちをして、銃を持った大柄な男を睨みつけていた。
「あの偉そうにしているのは誰なんだ?」
ミクの質問に、アーニャが小さな声で答えた。
「…ダルトン警備副隊長。数日前まで、この国の警備隊の隊長をしていた男よ」
つまり、ゲンジ先輩が来てから、副隊長に降格させられた男なのか。たしかに、あんな男が国の治安を守れるわけがない。
「聞けぃ! 貴様らに問おう! 貴様らの集落に年頃の女がいたはずだ! 名前はアリーシア。アリーシア・ヴィクトリアだ!」
その言葉に。
集落の人たちは何の反応もしなかった。皆が脅えるように肩を寄せ合っているが、驚きや悲鳴のような声はない。
どうやら、この島の人たちは全員。アーニャのことを知っているようだった。知っていて、彼女を守ろうとしている。
「貴様らも知っているのだろう! アリーシア王女だ! あのお方は生きている。生きて、この町に隠れ住んでいたのだ。もし知っている奴がいれば、報奨金も出すぞ!」
ダルトン副隊長はニヤリと笑って、島の人たちを見渡す。
報奨金を出すことで、すぐにアーニャのことがわかると思っていのだろう。この島で暮らしている人間で、お金に困っていない人はいない。
だが、誰も名乗り出なかった。
島の人たちは、何も言わず、ただ黙って警備隊の副隊長のことを見ている。侵略者に優しくしてやる道理はない。
そのことが、彼を苛立たせた。
「く、くそぅ。バカにしおって…」
先ほどまでの余裕のある笑みは消えていた。苛立ちを滲ませた表情で、島の人たちを睨みつける。
「…どうして、誰もアーニャのことを言わないの?」
ボクは小さな声で隣に立つアーニャに聞いた。
「皆、知っているからよ」
「何を? アーニャが王女だったってこと?」
「いいえ。違うわ」
少しの間、黙り込んでアーニャは答えた。
「…彼らに連れて行かれたら、私の命がないってこと」
「え?」
驚いて、言葉を失う。
「今、この国を動かしているのは王室ではなくて『元老院』よ。私が生きていることがわかれば、全ての権利や権力を、私に返さなければいけない。それを阻止するためには、私を殺すしかないのよ」
「…そんな」
あまりの事実に何も言えなくなる。
傍にいるミクでさえ、戸惑っているような表情を見せていた。
「…どうしたら」
ボクが悩んでいると、おもむろにアーニャが警備隊に向かって歩き出した。
「あ、アーニャ? どうする気?」
「…やっぱり、私がいくしかないわ」
「ダメだよ。連れて行かれたら、アーニャが殺されちゃうんでしょ!」
「奴らは、私を見つけるまで捜し続けるわ。…この場所だけなのよ。私を受け入れてくれたのは。私みたいな人間に優しくしてくた人たちを、私は裏切ることができない!」
アーニャの声は、もう悲鳴に近かった。
よほど、過去に酷い経験をしてきたのか。自分を助けてくれる人を信じたい。そんな顔をしていた。
…もしくは。
「怖くないの?」
ボクの言葉に、アーニャの肩がびくりと揺れた。
「…怖いに決まっているじゃない」
アーニャが振り返ってボクのほうを見る。やっぱり、彼女の瞳は涙で濡れていた。
「…せっかく、こうしてユキとも出会えたのに。あんな奴らに連れて行かれるなんて、怖くてたまらないよ!」
アーニャはそれだけ言うと、再び歩き出した。
その時だった。
彼女を肩を掴む者がいた。
「…待ちなさいよ」
…ミクだった。
いつになく真剣な表情で。そして、どこか呆れたような顔で、ミクは彼女に言う。
「なんだか、よく状況がわからないし。アンタのことも嫌いだけどさ。…それでも、死ぬとわかってたら、一人で行かせられないでしょ」
ミクが不機嫌そうに眉を寄せる。
ボクは知っている。こういう時のミクは、本当に頼りになることを。
「ここは、アタシに任せな。アンタはユキの後ろにでも隠れてなさい」
ミクはそう言って。
アーニャの肩を引っ張ると、ボクのほうに突き出した。
そして、燃えるような赤い髪と、肩に羽織った着物の袖をなびかせて、警備隊たちへと歩き出す。
「ダメよ! あなただって、殺されちゃー」
そんな彼女の言葉を遮り。
ボクは、優しく言った
「ミクなら大丈夫だよ」
悠然と歩いていくミクの背中。
そこからは、確かな信頼と実績を漂わせている。
そう。
最強と呼ばれた戦闘系ギルド『十人委員会』。
その実力は、伊達じゃないのだから。




