第38話「お金がない人形使いのミク」
「…で、これからどうするの?」
落ち着きを取り戻したミクが口を開く。
「アタシは、すぐに牢獄に入れられちゃったから、こっちがどんな感じになってるか、全然わかんないんだけど」
「あぁ、町で暴れていたって話だね。でも、何でそんなことになったの?」
ボクが聞くと、ミクが言いにくそうにそっぽを向いた。
「…お腹すいてたからレストランに入ったんだけど、財布の中が空っぽなのを思い出してね。金がないっていったら、店員に追い出されそうになってさ」
「それで?」
「…頭にきて、そのまま乱闘。店の男達を全員ブチのめしたところで、町の警備隊に捕まった」
「…はぁ」
ボクはミクの話を聞いて、思わずため息をはく。
「…どうして、すぐに喧嘩になるかな? てか、なんでお金を持ってないの? あれだけのクエストや依頼をこなしているんだから、お金なんて有り余っているでしょう?」
「ないのよ! 正真正銘の無一文なの!」
ボクの質問に、ミクは怒ったように眉を吊り上げた。声を荒らげながら、こちらんk指を突き立てる。
「そもそも、アタシは『人形使い』。アイテム消費型の魔法使い職なんだよ! ユキたちと違って、戦闘にお金がかかるのよ! 大規模戦闘の前には金策クエストをやりまくって、戦闘終了後は財布の中が空っぽなのよ!」
「そ、そうなんだ」
あまりの勢いに思わず引いてしまう。
ボクも『魔法銃士』という職業にため、銃弾などアイテム消費の多い職種だ。だけど、ミクの場合はボクの比ではないんだろう。
ミクの場合、人形魔法を使うために『式紙』という専用アイテムが必要になってくる。
人形魔法で呼び出せる人形の強さは、『式紙』のランクに依存する。そのため大規模戦闘や大型モンスターと戦うときには、高価な式紙を湯水のように使わなければならないのだ。その欠点のせいで人形遣いの人気がとても低い。
ただし、利点としては。
魔法使い職であるのに、自身の魔力ステータスの影響を受けにくいこと。ミクは、こういうところを上手く利用している。
「というわけで、アタシも行くところがないってわけ。どっか野宿できる場所を探さないと」
「マイホームも持ってないの?」
「当たり前でしょ。寝るだけなのに、管理費にあれだけ取られるなんて詐欺みたいなもんじゃん。マイホームがなくたって困らないしね」
たしかに、通常プレイヤーであればマイホームを買う必要はない。道の上でログアウトして、ログインしたときも道の上に立っているだけだ。
ボクがそんなことを考えていると、チーズケーキを美味しそうに食べていたアーニャが口を開いた。
「じゃあ、皆で私の家に来たら?」
「え?」
「はぁ?」
思いがけない提案で、ボクとミクがぽかんと口を開く。
「私の家なら三人くらい大丈夫だし。さっきも言ったけど警備隊も寄り付かない。いい考えじゃない?」
「いやいやいや。なんで、アンタのとこに世話にならなくちゃいけないわけ」
ミクが露骨に嫌そうな顔をする。
「だって、皆といたら楽しそうじゃない」
「アタシの話を聞けって! っうか、なんでアンタの言うことを聞かなくちゃいけないわけ? 言っとくけど、アンタのこと。嫌いなんだけど」
うわぁ…。
面と向かって言うことじゃないよね。なぜか、ミクはアーニャのことが本当に嫌いらしい。
「そう? 実は私、あなたのこと嫌いじゃないかも。貧乳のよしみで仲良くしてあげるわよ」
「だから、アンタと一緒にしないでよ!」
ミクの真っ赤な髪が逆立つ。
「ちょっと、ユキ! こいつを何とかしてよ!」
ミクがアーニャを指差す。
「何とかって…」
ボクは返答に困ってしまう。ボク自身、今はアーニャの世話になっているんだし。それでもミクが睨みつけてくるので、ボクはなんだか居心地の悪さを感じてしまう。
「…ボクは、良い案だと思う」
自然と、そんな言葉が口から出ていた。
「…今はとにかく情報が足りない。情報収集をするにも、住む場所を確保する必要がある。ボクのマイホームも警備隊に荒らされちゃっているし。とりあえず、アーニャの家に行くのでいいんじゃないかな?」
ボクの意見を聞いて、アーニャが嬉しそうに飛び跳ねる。
「やったー。やっぱり、ユキはわかってるね。愛してるよ~」
「ちょっ、ユキから離れなさい!」
抱きついてきたアーニャを引き剥がすように、ミクがアーニャの襟首を引っ張った。
「ユキも、デレデレしないでよ!」
「し、してないよ!」
ボクは自分のポニーテールの先端をいじりながら答えた。
「アーニャの部屋ならジンも場所を知っている。ジンとの合流を考えても一番だよ」
「それは、…そうだけど」
ミクが不機嫌そうに口を閉じる。
「それじゃ、アーニャの家に向かおう。アーニャ、道案内をお願いね」
「うん、いいよ」
アーニャは答えると、テラス席から勢いよく立ち上がる。
そして、先頭を切って、古びた石畳とレンガの道を歩き始めた。
「さ、ミクも行こうよ」
「…ちぇ、わかったわよ」
ミクも渋々、アーニャの後を追いかけた。
「…はぁ、前途多難だなぁ」
ボクはため息をつきながら、髪の先端を指でくるくると弄ぶ。
ミクとアーニャの追って歩き出す。
狭くて薄暗い路地を曲がって直進する。すると、路地の先に真っ白の光が差し込んでいる。
海が見えたのだ。
ボクはよくやく広い場所に出られると安堵しながら、細い路地を抜け出した。
そして、ボクは絶句することになった。
「…え?」
目の前の風景に目を疑った。
なんでこんなものがあるのかと、いくつもの疑問が頭をぐるぐると回る。
ボクの視線の先には。
いくつもの軍艦と、数百人の警備隊が。この島を囲んでいた。




