第37話「お勤め、ご苦労様でした。姉御!」」
刑務所の扉の前で、看守達が万歳をしていた。
看守だけではない。囚人たちも笑顔で割れんばかりの拍手をしている。
「ばんざーい、ばんざーい!」
「お勤めご苦労様でした!」
「もう、二度とここには来ないでくださいね!」
「姉御! ユキの大姉御の言うことをよく聞くんですよ!」
ミクが塀の扉を通ると、一人一人が泣きながら声を上げる。
ボクにいたっては、ミクの暴走を止めたことが知れ渡ってしまい、大姉御と呼ばれるようになってしまった。これじゃ、まるで極道の妻だよ。
「そ、それでは、ご、ごくろうさまでした」
最後に、看守長がボクたちに挨拶をする。
前歯が全部へし折られているので、老人のようなフガフガした声になってしまっていた。本当に申し訳ない。
そんな刑務所を後にして、ボクたち三人は歩き出す。
ゆく当てもないので、とりあえず喫茶店を目指すことにした。
追放された島には、一軒だけの喫茶店がある。
お世辞にも綺麗とはいえないけど、愛嬌のあるおばあさんが経営している小さなお店だ。
店内はカウンター席が2つ。
あとは、屋外にあるテラス席が1つ。ボクたちはアーニャに促されるまま、テラスの席に腰を下ろした。
「…なんでアタシまで注文しなくちゃいけないわけ?」
ブツクサ言いながら、おばあさんに注文をするミク。ボクも適当に注文をすると、アーニャは注文を取りに店内に消えていった。
「まぁまぁ。ここはボクが奢るから。好きなの注文して」
ボクが慰めるように言うと、ミクがじっと見つめてくる。
「…どうしたの?」
ボクは何となく気まずさを感じて、ポニーテールの先っぽをくるくると指先で弄ぶ。もはや、その動作に違和感もない。
「…本当に、女の子になったんだね」
「え?」
ミクは不機嫌そうに呟く。そのまま視線が下にいき、胸を辺りを睨みつける。柔らかそうに膨らんだ胸元を、じっと見つめる。
「…ぐっ、大きいわね」
「ちょっと、どこを見てるの!」
「…『C』くらいかな。…いや、『D』はあるかも」
「だから、具体的なサイズを口にしないでよ!」
恥ずかしくなって、両手で胸を隠す。
そこへ、トレイにカーヒーカップを載せたアーニャが戻ってきた。
「ふふっ。ユキは着やせするから、服の上からだとわかりにくいわよ」
「ちょっと! アーニャまで何を言っているの!」
「だって、本当のことだし」
しれっと答えながら、カップを皆の前に配っていく。
「着やせする? だったら、『D』以上だということも…」
ミクが目を細めながら、自分の控えめな胸と比べる。何度が見返した後、落胆したように呟いた。
「…負けた」
がっくしとテーブルに頭をつける。
すると、アーニャが楽しそうに笑った。
「まぁまぁ、いいじゃない。お互い貧乳同士、仲良くしましょう」
「…アンタのは貧乳じゃなくて、微乳っていうのよ」
ジド目をして、アーニャのことを蔑む。まるで一緒にするなと言っているようだ。
「はぁ? ミクだって私と同じようなものじゃない!」
「あ? 何言っているの? アタシはあるし。控えめなだけだし。ブラだってしてるし」
「わ、私だってしてるわよ!」
「嘘を言うなよ。その服の下は、キャミソールだけだろう。てか、どう考えてもアンタにブラは必要ないでしょ」
「ひどい! 何もそこまで言わなくてもいいじゃない! 何よ。ミクだって、ユキにおっぱいの大きさで負けてるくせに!」
「ああ? 何だと!? 売られた喧嘩は買うぞ!?」
「上等よ! どっちがユキに相応しいのか勝負よ!」
ガタンと勢いよく席を立つアーニャとミク。
ボクはそんな二人を見て、静かに言った。
「二人とも。静かにしようよ」
カフェラテを片手に静かに目を閉じる。こんな時に言い争いなんてしても仕方がないのに。
あぁ、この甘い香りがたまらない。
「ユキは黙っててよ。どうせ『86センチ』のユキにはわからないわよ!」
ブッ!
口に含んだカフェラテを噴出した。
「は、はちじゅうろく…」
ミクが愕然に目を見開く。じっと胸を見つめて、何を想像したのか顔を真っ赤に染める。
「お、大きければいいもんじゃないだろ!」
「いいえ! 大きいは正義よ! ユキはあのおっぱいがあるから良いのよ! 黒い髪に黒っぽい服装。だけど、隠しきれない魅力が服の下から押し上げているの! そこが最高に可愛いんじゃない!」
「うるさいうるさい! これでもアタシだって努力してきたんだよ! 牛乳のんだり、バストアップ体操したり。だけど全然育ってこないんだよ! 小ぶりのレモンから大きくならないんだよ!」
ミクの言葉に、アーニャがカッとなる。
「贅沢いわないで! レモンくらいならまだ良いほうよ! 私なんかえんどう豆なんだから! 平らな丘に二粒だけ残された豆の気持ちが、あなたにわかるの!」
大声で言い争う二人。ボクは自分の胸をさりげなく隠しながら口を開いた。
「…ふ、二人とも。少し落ち着いて」
「うるさい、小玉スイカ!」
「育ち盛りのメロンは黙ってて!」
ミクとアーニャが同時に叫んだ。
…スイカ?
…メロン?
…人の気持ちも知らないで。
ピキッ、と感情のタガが外れる。
すっと目を細めながら、目の前の二人を見据えると。怒りを押し殺しては、溢れんばかりに苛立ちを言葉にのせる。
「…それで。いつになったら気が済むの? レモンさんとお豆さん?」
瞬間。ミクとアーニャから表情が消えた。
「ひっ!」
「ゆ、ユキ!?」
顔を青くさせているアーニャに尋ねる。
「何かな? お豆のアーニャさん?」
「はうっ!」
肩をピクリと揺らす。
ミクは既に全身をガタガタ震わせている。先ほどの、放物線の空中浮遊がよほど堪えたようだ。
静かになった二人を見て、ボクはやんわりと微笑む。
「よろしい」
そして、豊かな膨らみを見せつけながら、カフェラテに口をつける。
「…ぐぅ、理不尽だ」
ミクが負け惜しみのように呟く。
それはいいとして、ボクとしては見過ごせない点があった。
「そういえば、アーニャ?」
「ひえっ! な、なに?」
「なんでアーニャは、ボクも知らないサイズを知っているのかな?」
「え、えーと…」
アーニャは言いにくそうに目をそらす。
それを見て、すっと目を細めた。
「…後で話があるから。覚悟しておいてね」
「ひえぇぇ!」
ビクビク震わせながら、アーニャが顔を青ざめさせていた。
清々しい青空の下で飲むカフェラテは。
どうしてか、血の香りがした…




