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第73話「女だったら拳で語りたまえ!」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「……ぶはっ!」


 頬を深々と抉られて、アーニャの体は盛大によろめいた。

 ボクは右の拳に手ごたえを感じながら、地面へと倒れていく彼女を見ていた。だが、そうなならなかった。


「っ!」


 なんと、アーニャはぎりぎりのところで踏み留まったのだ。

 地面に膝をつけることもしない。

 強烈な一撃に、意識を失っていてもおかしくないのに。

 彼女は、倒れなかった。


「……んあぁぁぁっ!!」


 そして、更に意外なことに。アーニャが殴り返してきたのだ。獣のような叫び声を上げて、ギラギラと瞳を燃やして、その小さな手で握った拳を振りかざした。


「っ!」


 唐突なことに、ボクも反応が遅れる。

 避けようとするが、彼女のほうが一歩速く、その拳を顔面で受け止めてしまった。


「ぶっ!」


 ぐらっ、と頭が揺さぶられる。

 思いの他、良いものを食らってしまった。

 逆に、こちらが意識を失いそうになる。


「……ぐっ、……このっ!」


 ボクは何とか態勢を立て直して、お返しと言わんばかりに彼女の胸倉を掴む。そして、そのままもう一発。右頬に拳を叩きつける。


「がはっ!」


 それでも、アーニャは倒れない。

 体をよろめかせながらも、猛然と殴りかかってくる。

 喧嘩のやり方なんてわからないのだろう。

 握った拳を、とにかく振り回してくる。

 その内の2発をもらって、1発を返した。整っていた彼女の顔に、赤い痣が浮かんでくる。ぜぇぜぇと荒い息を吐いて、ふらふらの体で何とか立っている。それでも彼女の瞳からはギラギラした光は消えず、叫び声を上げながら殴りかかってくる。そんな姿を、他のメンバーは静かに見つめていた。


「……この、このぉ!」

「……っ、……らあっ!」


 最後には、お互い守ることを止めた。

 ただ、ひたすら殴って、殴られて、また殴って……

 こうなったら意地だ。

 気持ちが先に切れたほうが、倒れてしまう。

 ボクの意地が強いか、アーニャの気持ちが強いか、根比べだ。


「「あああぁぁぁぁっっ!!」」


 彼女の拳が、心に深く響いてくる。

 辛い。

 痛い。

 苦しい。

 そんな暗い感情ばっかり流れ込んでくる。


「……やあっ! ……このっ!」


 アーニャの猛攻に、ボクは何もできず殴られ続けた。

 どこにこんな力を残しておいたのか、そう思うほどの重い拳に、こちらの気持ちがどんどん削られていく。必死に形相で、瞳に敵意を宿して。


 いったいどれほどの感情を、この小さな体に押し込めてきたのだろう。

 学校でイジメられて、両親からも見放されて。逃げた先のこのゲームの世界でも居場所を失おうとしている。それは、きっと恐怖だ。自分の居場所を失うことへの恐怖が、彼女の激情を駆り立てている。……そんな気がした。


「……もう、……もう来ないでっ! 私のことなんか、放っておいてよ!」


 そして、堰を切ったかのように、アーニャが感情が溢れ出す。


「私がどうなったって、あなたに関係ないでしょ! 邪魔をしないで! 私がやることに口を出さないで! 何よ、勝手に恋人になったつもりなの!? ふざけないで、私のことなんか何も知らないくせに! 本当の姿さえ見たこともないくせに! あなたたちの友情ごっこなんかに巻き込まないで! もう放っておいてよっ!」


 振り下ろされる拳に、吐かれる言葉に。

 ボクはひたすら打たれ続けた。

 意識が朦朧としてくる。

 視界か霞みそうだ。

 力も入らない。

 それでも、ボクは彼女の前に立っている。

 立っていなくちゃいけない。


「……はぁはぁ、もう帰ってよ。……私を、一人にさせて」


 最後の一発が、トンッと胸を叩く。

 全ての力を使い果たしたのだろう。その拳には、握られてすらなかった。ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、ボクの胸に手を置いて、顔を下に向けている。言いたいことも言い尽くしたのか、口から出てくるのは辛そうな呼吸ばかり。


 そんなアーニャに向かって。

 ボクは優しい声で囁いた。


「……言いたいことは、それだけ?」

「……」


 彼女は答えなかった。

 答える必要がなかった。

 心に溜まった暗い感情をすべて吐き出して、彼女は今、何にも囚われていない。一緒に過ごしてきた、この一年弱。ようやく言いたいことを全部言えたのかもしれなかった。そして、彼女が口にした言葉の、その全てが本心ではないことも理解していた。


 ……さぁ、これで。

 ……終わりにしよう。


 ボクはそっと、アーニャから離れた。

 そして、右手の拳にありったけの力を込める。膝を屈めて、腰を落として、自分の気持ちを込めていく。……もう放っておいてとか、一人にさせてとか、……そんなこと、……そんなこと。


「そんなこと、知ったことかーーーーーーlッ!!!」


 渾身の一撃で、彼女のことを殴り飛ばした。

 彼女の体はわずかに宙を舞い、そして地面へと倒れていく。

 さすがに起き上がることはなかった。まるで憑き物が落ちたかのような安らかな顔で、アーニャは気絶していた。


 最後の戦いが終わった瞬間だった―

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― 新着の感想 ―
[一言] 拳で語る少女・・・
[一言] 最後はキャットファイトで勝利。
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