第62話「戻るだけだ。大切な忘れ物を取りにいくために」
「……やあ、ジン。久しぶりだね」
ボクは突然の親友との再会にも、さほど大きな驚きはなかった。心のどこかで、もしかしたらこうなるんじゃないか、と思っていたのかもしれない。
「おうよ。あんまり待たすもんだから、眠っちまいそうだったぜ」
「あはは、それはゴメンね」
ジンの大袈裟な態度に、ボクは軽く返す。
「それで、ジン? ここはどこなの?」
「あぁ、ここは。あの世界と現実と繋げる門みたいな場所らしい。俺も前にこの廊下を通って、現実に戻ってきた」
「……じゃあ、この廊下の先にあるのは」
「現実世界だよ。魔法もなければ、心躍る冒険もない。つまり、つまらねぇ日常さ」
にやり、とジンが嫌味のように笑う。
「まぁ、見ての通りの一歩通行だ。ユキが前に歩けば、そのまま道がどんどんなくなっていく。この場所に来ちまったら、もうあの世界に戻れない」
「……でも、ジンはここに来た」
ボクが確信めいたことを言うと、やっぱりジンは楽しそうに笑う。
「あぁ、そうさ。お前が道を作ってくれたからな。大方、あの姫さんに負けちまったんだろうが、そのおかげで俺たちもこの場所を見つけることができた」
俺たち、という言葉にピンッときた。
そうか。
快司君も絡んでいるのか。
「結構、大変だったんだぜ。なんせ、いつ、どのタイミングで、誰が道を開くかわからねぇからな。毎日毎日、変な機械の中でお前たちが目覚めるのを待って―。まぁ、そんな話はどうでもいいか」
ジンは銀色の鬣をボリボリと掻く。
「なぁ、ユキ。あの姫さんの、……アーニャのことはどこまで知っている?」
「え?」
突然の質問に、ボクは思わず聞き返す。
「アーニャのことって―」
「だから、あの姫さんの過去のことだよ。学校でイジメられたり、家に引きこもったり、勢い余ってリストカットしちまったり。そんな話だよ」
ざっくばらんに訊いてくる。
……というか、ジンの言っていることがほとんどだよ。
「ま、まぁ、そういった話はアーニャから聞いた、……かな」
彼女の個人的なことなので、あまり強くは答えられなかった。
「親のことは? 何か言っていたか?」
「両親? そういえば、色々と酷いことを言われたとか―」
「他には?」
「え」
「他には、何も言っていなかったのか? 姫さんの親が、彼女になんて言っていたか?」
ジンが真剣な目でこちらを見てくる。
まるで、それがとても重要なことのように。
「……ううん、ボクは聞いてない。アーニャも両親のことが怖かったみたいで―」
「……そうか」
そこまで言って、ジンは廊下に寄りかかる。
腕を組んで何かを考えているように、遠くを見つめだす。
「ジン?」
「お、悪いな。……しかし、そうなると。尚更、姫さんに会いに行かなくちゃな」
「どういうこと?」
「あー、実はな。俺も聞いた話なんだが―」
そう前置きをして、ジンは静かに話し出す。
そして、その内容に。
ボクは思わず。
……心を締め付けられてしまった。
「そ、そんなこと! だったら、アーニャがあの世界にこだわる理由なんて、どこにも無いじゃないかっ!」
「そうだな」
ジンは淡々と答える。
……何てことなんだ。
……アーニャ。君はとっくに、独りじゃなかったんだよ。
「伝えなくちゃ」
ボクはぎゅっと手を握りしめる。
体が熱い。
気持ちが抑えられない。心に火が灯っているかのように、感情が激しく燃えているように、ボクはたったひとつのことを切望する。
……アーニャに、会いに行かないと!
「このことを、アーニャに伝えなくちゃ! 彼女の心は、まだ独りっきりなんだよ!
」
「あぁ、もちろんだ」
ジンが戦意を滾らせながら答える。
「俺も姫さんには借りがある。それに、あいつにも会いにいかなくちゃな」
あいつ、というのがコトリだと、すぐにわかった。
「でも、どうやって向こうの世界に戻るの? この場所からだと、現実への一方通行なんでしょ?」
「心配はいらねぇよ。言っただろう、お前を待っていたって。準備はすでに、……整っている」
ちらり、とジンが現実世界のほうを見る。
ボクもつられてそっちを見ると、白い廊下の向こうから誰かが来るのがわかった。
「いやいや~、久しぶりッスねぇ。ユキ先輩」
深緑のバンダナをした盗賊風の男。
あらゆる幸運スキルを習得したトリックスター、……岩崎快司の姿だった。彼はにこやかな笑みを浮かべながら、ボクとジンの間に立つ。
「ジン先輩から、あらかた聞いていると思います。なので、ここからは手早く話を進めましょう」
そう言って、彼はポケットから封筒を取り出す。薄い茶封筒で、中にチケットのようなものが入っているのが見えた。……忘れるはずもない。リラの通行手形だ。
「ここにあるのは、あの世界への片道切符。ここにいる3人で、もう一度あの世界に旅立つ。異論はないッスか?」
「もちろん!」
「安全は保障できないッスよ。もしかしたら、二度と現実に帰ってこれないかもしれない。それでも、ひと握りの希望に全てをかける勇気はありますか?」
「当然だ。なぁ、ユキ?」
「うん!」
「……OKッス。では、行きましょう」
快司君は切符の入った封筒を片手に、白い廊下を歩き出す。そして、道が消えてしまっているほうへ、その封筒を突き出した。
「ゲームマスター権限を発動。コードネーム、姫野誠。マスター権限により、『リラの通行手形』の強制発動を実行する!」
彼が叫んだ、その瞬間。
手に持っていた封筒が一瞬にして消え、同時に白い廊下が輝きだした。そして、今まで何もなかった空間に、一本の道ができていた。
あの世界。
ゲームのような異世界ヴィクトリアに続く道だった。
「す、すごい」
ボクは驚きながら、その新しい道をまじまじと見つめる。この廊下への侵入、異世界への道の作成、そしてマスター権限。ボクは胸に沸いた疑問を、素直に彼にぶつけることにした。
「快司君。……君はいったい何者なんだい?」
答えてくれないだろう、と思った。
だけど、彼は朗らかに笑いながら―
「ははっ、全て終わったら、ちゃんと話しますよ。それくらいの責任は、俺っちにもあるので」
……と言った。
「まぁ、実際のところ。たいしたことはないッスよ? このマスター権限だって、人からの借りものだし」
あはは、と笑いながら頭を掻く。
「では、先輩たち。……戻りましょうか」
快司君が、ボクとジンを見る。
……あぁ、そうだ。
……ボクたちは向かうんじゃない。ただ、戻るだけだ。
……大切な忘れ物を取りにいくために。
「うん。ジン、戻ろう!」
「おうよ!」
ボクたち3人は同時に、あの世界へと続く道へと踏み出した。




