第61話「遅かったな、ユキ。待ちくたびれたぜ」
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真っ白な廊下が続いている。
ここはどこだろうか?
見覚えのない景色に頭をひねるけど、やっぱり見当もつかない。
そして、そうやって考えている間にも、ボクの足は自然と前へ進んでいく。
不思議な気分だった。
体は妙に軽いのに、心だけがずっしりと重い。
何か、大切なことを忘れているような。
そんな気持ちになってくる。
「……ボクは、……どこへ向かっているのだろう」
その問いに答えるものはいない。
ただ白く清潔感のある廊下には、ボク以外には誰もいない。前のほうを見ても、廊下が果てしなく続いているだけ。横には、額縁のついた窓があるけど、廊下と同じで白く塗りつぶされている。
後ろを振り返ろうものなら、そこには何もない。進んだ先から、廊下がなくなっていく。
戻ることはできない。
ただ、ひたすら、前に進むしか道はない。
だけど、本当にそれでいいのか、と問いかける自分もいる。
立ち止まって何をすればいいのか?
何を、思い出せばいいのか?
ボクの思考は、勝手に過去に遡ろうとしている。大切な何を忘れないために。大事だったものを見失わないように。ぼんやりとした記憶にはない、心や体が覚えている思い出の欠片を、ひとつずつ集めていく。
気がつけば、足が止まっていた。
思い出の欠片はどんどん集まってきて。
とある風景を思い出させる。
それは、何も特別なことでない日常。
ボクがいて。
仲間たちがいて。
そして、彼女がいて。
楽しそうに笑いながら、ふざけあって、ちょっと喧嘩になって。です、すぐに仲直りして。いつもの皆で笑っていられることが、こんなにも特別だったことに気がつく。
「……そうだ、ボクは」
慌てて後ろを振り向く。
そこには何もない真っ白な空間が広がっている。手を伸ばしても何も掴めず、足を出しても地面すらない。
だけど、この先には。
彼らがいる。
ボクのことを信じて戦い続けている仲間がいる。
そして、救えなかった彼女のことも。
「……アーニャ」
ぼやけていた思考が、少しずつ晴れていく。
アーニャを助けるために教会の地下迷宮に進み、仲間たちの助けもあって彼女と再会できたけど、……ボクは負けてしまった。
そもそも勝負にすらならなかった。
本気の彼女を倒すには、『十人委員会』のメンバー全員の力が必要になるほどだ。だけど、それは叶わない。ジンと快司君は先に現実に戻っているし、今やボクも同じ道を辿っている。
「……やっぱり、ダメだったのか」
悔しさが込み上げてきて、唇を強く噛んだ。
情けないと思った。
不甲斐ないと思った。
ボクは、たったひとりの女の子さえ助けられないのか。
心の底から、誰よりも大切にしたい彼女さえも。
救えないのか?
「……くっ、うぅ」
何か手はないのか?
もう手遅れなのはわかっている。それでも、彼女を助けられる方法は残っていないのか? このまま彼女だけをあの世界に残すなんて。そんなこと、あっていいわけがない!
「くそっ!」
苛立ちのあまり、廊下の壁に拳を突き立てていた。
何もできなかった自分が本当に惨めであった。
「……やっぱりボクには、誰かを救うことなんてできなかったんだ」
小さな声で零れた本音。
誰にも聞こえず、どこにも届かない、心の叫び。
独りきりの廊下に、静寂となって消えていく。
そう、思っていた。
「そうじゃねぇ。お前はあいつを救える。いや、お前じゃなきゃダメなんだよ」
ボクは驚いて顔を上げた。
とても聞き慣れた声だったから。その声に、今までどれだけ助けられたことか。
昔から、そうだ。本当のピンチになったら、いつもボクを助けにきてくれる。そう、まるでヒーローのように。
「遅かったな、ユキ。待ちくたびれたぜ」
ボクの視線の先には。
銀色の狼男が、……ジンが満面の笑みで立っていた。この何もない真っ白な廊下で。




