第59話「子供の相手は嫌いだけど、ウチが遊んであげるよ。…御影優奈は邪悪に微笑む」
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……炸裂銃の『青龍』か。
ウチはあまり好きじゃないけど、優紀はこの銃を結構気に入っている。単発式で、撃つたびにリロードが必要になるけど。この大口径の銃から発射させる炸裂弾は、手軽な割に高い威力を持っている。具体的に言えば、至近距離であたるとミンチなるくらいだ。
「ほい、っと」
そんな炸裂銃を、アーニャちゃんの目の前で使った。
引鉄を絞ると同時に放たれた銃弾は、彼女のすぐ傍で炸裂し、真っ赤な炎が包んでいく。その光景を、同じように爆風に巻き込まれながら見ていた。
ウチの名前は、御影優奈。
二年前に死んだ、優紀の姉だ。
「きゃっ!」
アーニャちゃんは悲鳴を上げながら、後ろへと下がっていく。
でも、彼女にダメージを与えられたわけではない。自動防御魔法の『王家を守る盾』で身を守っているから。
「ふぅん。やっぱり頑丈だね、その盾は」
「な、何が―」
「青龍の一発でも壊せないなんて。その盾を一撃で壊すためには、『魔弾』か、それと同じくらいの力が必要なんだね」
ウチはアーニャちゃんが戸惑っているのをお構いなしに、話を続ける。
「キミを倒すのはウチの役目じゃない。だけど、舞台に役者がいなくなっちゃったからね。仕方ない、ウチが相手をしてあげるよ」
にやっ、と意地悪そうな笑みを浮かべる。
そんなウチを見て、アーニャちゃんは表情を険しくさせた。
「あなた、誰なの? ユキのお姉さんって言っていたけど、そんなことあるわけがない。だって―」
「だって?」
「……わ、私は世界の支配者。だから知らないことなんて、ひとつも―」
「あ~、そんな感じ」
どうやら、アーニャちゃんは状況を飲み込めていないらしい。
……はぁ、まったく。
……キミのように頭の悪い子供は嫌いだよ。
「ねぇ、アーニャちゃん。キミはこの世界の王様になって、全てのことを知っているつもりかもしれない。でもね、キミが知らないことなんていっぱいあるんだよ。例えば、……ウチら以外にも、現実世界の人間がいたりとかね」
老紳士ハーメルンのことを思いだしながら言った。
「それにね、キミは考えることを間違っている。ウチの正体なんて本当はどうでもいいはずでしょ? キミは仲間を殺そうとしている。そんなキミを、ウチは邪魔しに来た。……ほら、話は単純さぁ」
弾がなくなった炸裂銃の青龍を、ポイッと捨てる。
そして、地面に転がっているヨルムンガンドを拾うけど、そのまま腰のホルスターにしまった。この銃は何というか、ウチの好みではない。
切り裂かれたワイシャツの下には傷はひとつもない。この体は、一度死んでいるから、アーニャちゃんが亡霊というのも間違ってはいないかも。
「子供の相手は嫌いだけど、ウチが遊んであげるよ。……ユキが帰ってくるまでね」
「ユキが、……帰ってくる?」
「あぁ、そうさ。あの子がこのまま引き下がると思っているのかい? 今も戦っている仲間をおいて、大好きなキミのことを救えないままで」
「っう」
アーニャちゃんは辛そうな表情で唇を噛む。
それを見て、やっぱりこの子は素直で優しい人なんだな、と改めて思った。
「……ユキが、戻ってくるわけがない。私はユキを拒絶した。助けに来てくれた手を、自分から振り払ったんだ。それなのに―」
「はぁ、キミの言っていることは無茶苦茶だねぇ」
ウチは彼女の言葉を遮って、盛大に溜息をついた。
もはや呆れ果てていた。優紀の将来の相手が、こんな子で大丈夫なのか。姉として心配になるほどだった。
「ねぇ、アーニャちゃん。キミの言い訳は聞き飽きたよ。毎度毎度、同じようなことを言って。その言い訳は誰に言っているの? ウチかい? ユキかい? 違うでしょう。自分自身に言い訳して、それで満足なのかい?」
「っ! い、言い訳なんて!」
「違うのかい? ウチはずっと、ユキの中からキミを見てきたけどさ。自分の情けない本心を隠すために言葉を繕っているだけでしょ。それが言い訳じゃなきゃ、なんなのさ?」
あの子の神経を逆撫でるように言い放つ。
「……あ、あなたには関係ないでしょ!」
反論できなくて、突然怒ったように叫び出す。
あぁ、本当に子どもみたいだ。
ガキは嫌いなんだよねぇ。会話が成立しないから。
「関係ないって、そんなことないよ」
「は!? 意味わかんない! なんであなたにそこまで言われなくちゃ―」
「だって、キミは優紀の奥さんになるんだろう? これから家族になる人に対して、関係ないってのは言い過ぎなんじゃないかな?」
「―え」
アーニャちゃんがぽかんと口を開く。
その問いは、彼女の頭を真っ白にさせて、何も考えられなくなるくらいには十分だった。
「は、はえぇぇぇっ!?」
アーニャちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせると、あたふたと慌て始める。あ、結構可愛いかも。
「な、な、な、何を言っているの!?」
「え? 違うのかい?」
「違う! いや、違わないけど! 本当はそうなりたいけど? ……とにかく違うの」
両手を振り回して、目に涙を浮かべながら叫ぶ。
「そうなのかい? ウチとしては、あの子に伴侶ができるのは喜ばしいことなんだけどね」
「え、ほんと?」
「うん。現実に戻ったらウチが助けてあげることはできないし。優紀の支えになってくれる人がいたらいいな、とは思っているよ」
「ふ、ふ~ん」
興味のないふりをして、ちらちらとこっちを見てくる。
前言撤回。
やっぱり、この子は可愛いかも。
「えーと、その、お姉さん?」
あ、呼び方が変わった。
「もし、私が現実に帰ったら、……ユキのことをくれるの?」
「えー、どうしようかな」
予想以上の反応だ。
面白いから、もっと焦らしてやろう。
「アーニャちゃんって、料理もできなければ家事もできないじゃない。そんな子を嫁にしてもなぁ」
「だ、大丈夫! 現実の私の家はお金持ちだから! 料理ができなくても、家事ができなくても、例え仕事ができなくても、……お金の力で何とかする!」
「うーん、でもなぁ」
「お願いです。この通り」
「いや、頭を下げられても」
「そこをなんとか」
ウチの前でお願いするアーニャちゃん。頭を深く下げて、精一杯の誠意を示してくる。そんなに優紀のことが好きなら、素直に現実世界に帰ればいいのに。
「……うん、わかった。アーニャちゃんがウチのお願いを聞いてくれたらいいよ」
「本当ですか!?」
ぱぁっ、と笑みを咲かせる。
「本当だよ。まずは、……頭を上げて真っ直ぐに立って」
「はい!」
「次に、両手を後ろに組んでみて」
「こうですか?」
「そうそう。じゃあ最後に、ぎゅっと目を閉じてくれるかな?」
「わかりました!」
アーニャちゃんは言われるままに、目を閉じて、両手を後ろに組んで、無防備に立っている。
あぁ、この子って。
……本当に愛すべき馬鹿だ。
「そ、それで、この後はどうすれば?」
「うーん、そうだね」
ウチはそう答えながら、いっちに、いっちに、と準備運動を始める。
何度か屈伸をして、関節を筋肉をほぐす。
そして、最後に。
右腕をぐるぐると回した。
ウチは2、3歩ほど下がると、拳を強く握りしめた。
膝を屈め、腰を落として、最大の力を溜めていく。そして、そのまま無防備に立っている彼女に向かって。
……力いっぱい殴りつけた。
「おらぁ! ボディが、ガラ空きだぜっ!」
「ぎゃふん!」
ウチの渾身のボディブローは、防御魔法で守られたアーニャちゃんを吹き飛ばしていく。そのまま、どかん、と壁に当たって地面へと落ちた。防御魔法で守られているのでダメージはないが、その顔は土と埃で真っ黒だった。
「……うぅ、騙したのね」
「いやいや。さすがに騙されるほうが悪いって」
ウチは呆れながらアーニャちゃんを見下ろす。
……本当にこの子で大丈夫かな?




