第57話「仲間たちの苦戦②」
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『死体の山』が自分の体でモンスターハウスを作っている大広間から、また少し上層では。
有栖と碓氷涼太が、ハーメルンとの戦闘に苦戦を強いられていた。
「……はぁ、はぁ」
「……大丈夫ですの、涼太?」
涼太は額に汗をかきながら、氷魔法で強化した魔導杖を構える。その後ろでは、有栖が両手をかざしながら、何十もの束縛魔法を同時に操っていた。
「ほほっ、どうしたのですか? 足が遅くなっていますよ」
山羊の獣人であるハーメルンは、余裕の表情である。
手に持ったステッキをくるくると回しながら、楽しそうに2人を観察する。
「おやおや。最初の威勢はどこにいったのですか? それとも、あれは口から出た戯言でしたか?」
「……はぁ、はぁ。……ちっ」
「涼太。冷静になってください。ただの揺さぶりです」
怒りで我を忘れてしまいそうになる涼太を、有栖が優しく宥める。
ユキたちと離れてからも、この2人の戦闘が続いていた。ヴィクトリアの街並みを再現した場所で、狂った住人達と狡猾な老紳士を相手にして。
正気をなくした住民たちは、有栖が一手に引き受けていた。封じていた力を解放し、元の美女の姿に戻った幻術師が、見える全ての住民たちに対して『地獄の拷問鎖』を放った。黒い魔法陣から飛び出した鎖が、住民たちの動きを封じていく。
そして、ハーメルンの相手は涼太がしていた。
得意な氷魔法をあらかじめ何重にも詠唱していて、必要時にストックしておいた魔法を使う、高位魔術師である涼太の近接戦闘法。自分の持つ魔導杖にも強化の魔法をかけて、氷の刃で武装する。杖というよりも、薙刀やハルバードになったそれを振り回して、涼太はハーメルンとの戦闘に臨む。
始めは、均衡を保っていた。
接近戦を苦手とする涼太だったが、ストックしておいた魔法を発動させることで、ハーメルンの攻撃を凌いでいた。
だが、戦闘が長引き、魔法のストックが尽きてしまい。戦況は少しずつ押され始めた。魔法詠唱を省略できる低レベルの攻撃では、ハーメルンの足止めすら叶わない。今や防戦一方となり、隙を見て防御魔法を唱えることしかできなくなっていた。
「……はぁ、はぁ」
いつもは無口な少年が、額に汗をかき、息を荒くさせている。
その姿を見て有栖は、悔しそうに唇を噛む。
「涼太。やはり、私もそちらへ加勢したほうが―」
「……必要ない。これは自分の戦いだ」
有栖の提案をきっぱりと断る。
意地になっている、とは少し違った。
自分の発した言葉を、最後まで貫きたかったのだ。仲間のために全力を尽くす。今の自分はそれができているか? 全力を振り絞っているか?
「……まだ、やれる」
ぐっと魔導杖を握りしめ、わずかな時間を惜しむように魔法の詠唱を始める。
青白い魔法陣が輝き、杖にひとつの氷華が咲いた。この氷の花こそ魔法のストック数だったが、今までの戦闘でほとんど散ってしまっている。この状況で、まだ一人で戦うというのか。有栖は自分の中の葛藤と戦いながら、相手にしている街の住民たちを見る。
そして、覚悟を決めた。
「ほっほっほ。さぁ、小休止は終わりですよ」
同時にハーメルンが向かってくる。
緩急をつけた彼の攻撃は、わずかな油断が命取りになる。涼太は氷の杖を構えて、ハーメルンの攻撃を迎え撃とうとする。
その時だ。
有栖が、……大声を上げた。
「涼太、伏せてください!」
「っ!」
反射的に身を屈める少年魔術師。
その頭上を、黒い鎖が一直線に飛んでいった。じゃらじゃらと、耳障りな金属音を鳴らしながら。
「……『地獄の拷問鎖』っ!」
右手をハーメルンに突き出して、有栖は隷属魔法を唱えた。
彼の動きを封じることはできなくても、その勢いを削ぐことはできるはずだ。何より、大好きな涼太が必死に戦っているのに、黙って見ていることなんてできなかった。
「……余計なことを」
「涼太。ひとりで頑張るのもいいですが、無理はしないでください。だって、貴方の傍には、わたしがいるのですから」
有栖が柔和な笑みを浮かべる。
右手をハーメルンに、左手を住民たちに向けて。あまりにも多くの魔法を同時詠唱しているせいで、その反動は頭痛や吐き気となって彼女の身を蝕む。
だが、黙って見ているよりも何倍もよかった。
「さぁ、涼太。もうひと踏ん張りです」
「……あぁ」
老紳士ハーメルンを相手に、涼太と有栖が死力を尽くす。
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涼太たちが戦っている、その更に上層にある一室では。
ゲンジと誠士郎が『黒い影』と戦っていた。
「ふんぬっ!」
「はあっ!」
狂戦士であるゲンジの豪快な一振りが『黒い影』を薙ぎ払い、守護騎士の誠士郎が二刀流の連撃で追い打ちをかける。
ユキたちと別れてから、もう数時間は経っていた。その間、少しの余力も残さず怒涛の攻撃を仕掛けていたが、いまだに『黒い影』を倒せずにいた。この影は、規格外の攻撃を受けると形を保てなくなるらしい。人型の影から、べちゃりと黒い水溜りのようになるのだ。
だが、すぐにまた人の形へと戻ってしまう。
その光景は何度見たことか。
「はぁ、はぁ。……これで何回目だ?」
「……さて、何回目でしょうか。……げほ、げほっ。……30回から数えるのを止めてしまいましたよ」
疲労でむせ込みながら、誠士郎はゲンジの問いに答えた。
『黒い影』の攻撃を捌きながら、常に攻め続けてきた2人だったが、その体は限界に近づいていた。屈強な戦士であるゲンジでさえ、疲れで膝が震えている。
「あと、どれくらい斬り伏せたらいいのだ?」
「さあ? とりあえず、倒せるまで切り刻めばいいんじゃないですか?」
笑いながら冗談を言う誠士郎に、剣を握る力すら残されていない。気を抜けば両手から零れ落ちてしまいそうだ。
荒れた呼吸を正す時間もなく、『黒い影』はその体を再生していく。人の形になったら、また戦闘が始まる。
「やっかいなものだな、破壊不可という特性は」
「そうですね。こちらの根気が先に負けてしまいそうですよ」
自然と弱音が口から出てしまう。
終わりの見えない戦闘に、2人の戦士は肉体よりも精神が擦り減らしていく。人型となった『黒い影』を前にして、ゲンジと誠士郎の心は挫かれそうになっていた。
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ゲンジと誠士郎が戦っている、更に上層。
サン・ジョルジョ教会の玄関に天羽凛が立っていた。モンスターの大群と対峙していた凛だったが、先ほど戦闘を終えて、その余韻に浸っている。
「……ふぅ~、時間が掛かってしまったな」
東の海から上った太陽は、もう頭上近くを照らしている。
廃墟となったヴィクトリアの街には、生きているものは誰もいない。ゴブリンも、ワイルドウルフも、そしてドラゴンも。今は骸となって静かに横たわっている。
そんな中、天羽凛は。
……まだまだ元気だった。
「さぁ~て、暇になったことだし。ユキと合流でもしようかな」
よっ、と声を出して、2つの銃を肩に担いだ。
魔銃ケルベロスと、狙撃銃の朱雀。
どちらもユキの姉である優奈が得意としていた武器だ。
それ以外にも、先ほどまで使っていた魔銃ヘルを抱え上げて、海辺に泊めてある潜水艦へと歩いていく。
「よし。面倒だから、海底を掘り進んでいくか!」
凛は意気揚々と宣言する。
もう一度言おう。
天羽凛は、……まだまだ元気だった。




