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第57話「仲間たちの苦戦②」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


死体の山アンデッド・マウンテン』が自分の体でモンスターハウスを作っている大広間から、また少し上層では。


 有栖と碓氷涼太が、ハーメルンとの戦闘に苦戦を強いられていた。


「……はぁ、はぁ」

「……大丈夫ですの、涼太?」


 涼太は額に汗をかきながら、氷魔法で強化した魔導杖を構える。その後ろでは、有栖が両手をかざしながら、何十もの束縛魔法を同時に操っていた。


「ほほっ、どうしたのですか? 足が遅くなっていますよ」


 山羊の獣人であるハーメルンは、余裕の表情である。

 手に持ったステッキをくるくると回しながら、楽しそうに2人を観察する。


「おやおや。最初の威勢はどこにいったのですか? それとも、あれは口から出た戯言でしたか?」


「……はぁ、はぁ。……ちっ」


「涼太。冷静になってください。ただの揺さぶりです」


 怒りで我を忘れてしまいそうになる涼太を、有栖が優しく宥める。


 ユキたちと離れてからも、この2人の戦闘が続いていた。ヴィクトリアの街並みを再現した場所で、狂った住人達と狡猾な老紳士を相手にして。

 正気をなくした住民たちは、有栖が一手に引き受けていた。封じていた力を解放し、元の美女の姿に戻った幻術師が、見える全ての住民たちに対して『地獄の拷問鎖』を放った。黒い魔法陣から飛び出した鎖が、住民たちの動きを封じていく。


 そして、ハーメルンの相手は涼太がしていた。

 得意な氷魔法をあらかじめ何重にも詠唱していて、必要時にストックしておいた魔法を使う、高位魔術師である涼太の近接戦闘法。自分の持つ魔導杖にも強化の魔法をかけて、氷の刃で武装する。杖というよりも、薙刀やハルバードになったそれを振り回して、涼太はハーメルンとの戦闘に臨む。


 始めは、均衡を保っていた。

 接近戦を苦手とする涼太だったが、ストックしておいた魔法を発動させることで、ハーメルンの攻撃を凌いでいた。


 だが、戦闘が長引き、魔法のストックが尽きてしまい。戦況は少しずつ押され始めた。魔法詠唱を省略できる低レベルの攻撃では、ハーメルンの足止めすら叶わない。今や防戦一方となり、隙を見て防御魔法を唱えることしかできなくなっていた。


「……はぁ、はぁ」


 いつもは無口な少年が、額に汗をかき、息を荒くさせている。

 その姿を見て有栖は、悔しそうに唇を噛む。


「涼太。やはり、私もそちらへ加勢したほうが―」


「……必要ない。これは自分の戦いだ」


 有栖の提案をきっぱりと断る。

 意地になっている、とは少し違った。

 自分の発した言葉を、最後まで貫きたかったのだ。仲間のために全力を尽くす。今の自分はそれができているか? 全力を振り絞っているか?


「……まだ、やれる」


 ぐっと魔導杖を握りしめ、わずかな時間を惜しむように魔法の詠唱を始める。

 青白い魔法陣が輝き、杖にひとつの氷華が咲いた。この氷の花こそ魔法のストック数だったが、今までの戦闘でほとんど散ってしまっている。この状況で、まだ一人で戦うというのか。有栖は自分の中の葛藤と戦いながら、相手にしている街の住民たちを見る。


 そして、覚悟を決めた。


「ほっほっほ。さぁ、小休止は終わりですよ」


 同時にハーメルンが向かってくる。

 緩急をつけた彼の攻撃は、わずかな油断が命取りになる。涼太は氷の杖を構えて、ハーメルンの攻撃を迎え撃とうとする。


 その時だ。

 有栖が、……大声を上げた。


「涼太、伏せてください!」

「っ!」


 反射的に身を屈める少年魔術師。

 その頭上を、黒い鎖が一直線に飛んでいった。じゃらじゃらと、耳障りな金属音を鳴らしながら。


「……『地獄の拷問鎖』っ!」


 右手をハーメルンに突き出して、有栖は隷属魔法を唱えた。

 彼の動きを封じることはできなくても、その勢いを削ぐことはできるはずだ。何より、大好きな涼太が必死に戦っているのに、黙って見ていることなんてできなかった。


「……余計なことを」


「涼太。ひとりで頑張るのもいいですが、無理はしないでください。だって、貴方の傍には、わたしがいるのですから」


 有栖が柔和な笑みを浮かべる。

 右手をハーメルンに、左手を住民たちに向けて。あまりにも多くの魔法を同時詠唱しているせいで、その反動は頭痛や吐き気となって彼女の身を蝕む。


 だが、黙って見ているよりも何倍もよかった。


「さぁ、涼太。もうひと踏ん張りです」

「……あぁ」


 老紳士ハーメルンを相手に、涼太と有栖が死力を尽くす。


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 涼太たちが戦っている、その更に上層にある一室では。

 ゲンジと誠士郎が『黒い影カサノヴァ』と戦っていた。


「ふんぬっ!」

「はあっ!」


 狂戦士であるゲンジの豪快な一振りが『黒い影』を薙ぎ払い、守護騎士の誠士郎が二刀流の連撃で追い打ちをかける。

 ユキたちと別れてから、もう数時間は経っていた。その間、少しの余力も残さず怒涛の攻撃を仕掛けていたが、いまだに『黒い影』を倒せずにいた。この影は、規格外の攻撃を受けると形を保てなくなるらしい。人型の影から、べちゃりと黒い水溜りのようになるのだ。


 だが、すぐにまた人の形へと戻ってしまう。

 その光景は何度見たことか。


「はぁ、はぁ。……これで何回目だ?」


「……さて、何回目でしょうか。……げほ、げほっ。……30回から数えるのを止めてしまいましたよ」


 疲労でむせ込みながら、誠士郎はゲンジの問いに答えた。

『黒い影』の攻撃を捌きながら、常に攻め続けてきた2人だったが、その体は限界に近づいていた。屈強な戦士であるゲンジでさえ、疲れで膝が震えている。


「あと、どれくらい斬り伏せたらいいのだ?」


「さあ? とりあえず、倒せるまで切り刻めばいいんじゃないですか?」


 笑いながら冗談を言う誠士郎に、剣を握る力すら残されていない。気を抜けば両手から零れ落ちてしまいそうだ。

 荒れた呼吸を正す時間もなく、『黒い影』はその体を再生していく。人の形になったら、また戦闘が始まる。


「やっかいなものだな、破壊不可という特性は」


「そうですね。こちらの根気が先に負けてしまいそうですよ」


 自然と弱音が口から出てしまう。

 終わりの見えない戦闘に、2人の戦士は肉体よりも精神が擦り減らしていく。人型となった『黒い影』を前にして、ゲンジと誠士郎の心は挫かれそうになっていた。


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ゲンジと誠士郎が戦っている、更に上層。

 サン・ジョルジョ教会の玄関に天羽凛が立っていた。モンスターの大群と対峙していた凛だったが、先ほど戦闘を終えて、その余韻に浸っている。


「……ふぅ~、時間が掛かってしまったな」


 東の海から上った太陽は、もう頭上近くを照らしている。

 廃墟となったヴィクトリアの街には、生きているものは誰もいない。ゴブリンも、ワイルドウルフも、そしてドラゴンも。今は骸となって静かに横たわっている。


 そんな中、天羽凛は。

 ……まだまだ元気だった。


「さぁ~て、暇になったことだし。ユキと合流でもしようかな」


 よっ、と声を出して、2つの銃を肩に担いだ。

 魔銃ケルベロスと、狙撃銃の朱雀。

 どちらもユキの姉である優奈が得意としていた武器だ。

 それ以外にも、先ほどまで使っていた魔銃ヘルを抱え上げて、海辺に泊めてある潜水艦へと歩いていく。


「よし。面倒だから、海底を掘り進んでいくか!」


 凛は意気揚々と宣言する。

 もう一度言おう。

 天羽凛は、……まだまだ元気だった。 

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[一言] タフだなあ会長w
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