第55話「ユキは視界が赤く染まっていくのを感じながら、その場に崩れ落ちたー」
「あっ、ああっ!」
突然のことで、理解できなかったのだろう。
ユキは苦痛に耐えながら、激痛の走る自分の肩を確認した。そこで切り刻まれた服と、真っ赤に滴る血を見て、初めて自分が切られたのだとわかった。
「……っ、ぐうっ!」
「ごめんね、ユキ。本当はこの剣を使いたくはなかったんだよ。だって、どうやっても。一撃であなたを倒せないから」
アーニャが悲しそうな表情で、刃のない土の剣を構える。
いや、実は刃はあったのだ。
形を成していないだけで、刀身は最初からそこにあった。ただ、目で追うことも困難なほどの小さな砂になっているため、刃がどこにあるのか分からなくなっていたのだ。
最初にさらさらと零れていた砂の一粒一粒が、この剣の刃であった。
土の剣、ノーム。
その刀身は砂塵となって、あらゆるものを切り裂く。
「さぁ、休んでいる暇はないよ」
アーニャは土の剣を構えると、ユキに向かって何度も振り下ろした。
それと同時に、ヒュン、ヒュン、と風を切る音がして、砂状の刃がユキに襲い掛かる。
「っ! ……クイックドライブッ!」
彼女はたまらずスキルを発動させた。
時間の流れをゆっくりにすることで、超高速移動を可能にする『クイックドライブ』。確かに、このスキルであれば回避することは可能だろう。キラキラと輝く砂を潜り抜けて、目にも留まらない速度で駆けていく。
「……やっぱり、ユキは凄いね。たった一撃を見ただけで、この剣の特性を理解したんだ」
「はぁ、はぁ」
呼吸を荒くさせながらも、ユキは着実に攻撃をかわしていく。
いつの間にか着ているワイシャツの裾を破いて、肩の止血に当てていた。それだけではなく、隙を見ては魔銃フェンリルで反撃してくる。一太刀を浴びた程度では、ユキの闘志は折れない。
「くっ!」
どこからともなく飛んでくる跳弾を、アーニャは『王家を守る盾』で対処する。キィン、キィン、と難なく弾いていくが、やはりこの銃弾が一番の脅威であると、アーニャは改めて思った。
……壊すしかない。
……あの魔銃フェンリルを破壊する。
「っ!」
突然、ユキが進路を変更させた。
砂塵の刃をかわしながら、アーニャの元へと一直線へ駆け出したのだ。
距離を詰めて、一気に決着をつけるつもりだ。
そして、それは正しい選択だった。
土の剣ノームは、離れている敵には最大の威力を発揮するが、接近されてしまっては急に不利な武器となってしまう。刀身が砂であるために、自分を守ることができないだろう。
そのことに気がついたユキは、砂塵の刃が使えない距離にまで近づくことで『魔弾』と近接格闘による決着をつけることにした。数多くの戦闘を勝利してきたからこその発想と行動力である。
だが、この戦いにおいては。
その豊富な経験が仇となってしまう。
「……来たっ!」
アーニャは待っていたといわんばかりに、ユキの接近を迎撃する。
土の剣を薙ぎ払っては彼女の行く手を阻もうとする。だが、超高速で移動するユキには、時間稼ぎにもならない。すぐに懐に潜り込まれてしまい、至近距離での戦いとなった。
一瞬の判断が全てを決める、刹那の刻の間合い。
アーニャは土の剣を片手に持ち替えて、ユキへと振り下ろした。
それを見てか、ユキはわずかに体をそらしながら回避して、右手のヨルムンガンドを突き付ける。紅い魔方陣が展開して、『魔弾』を発動させるために意識を集中させた。
―その瞬間を待っていた!
「今だっ!」
アーニャは空いている手をかざして、『王の剣』を発動させる。
そして、魔法陣から新しい剣を引き抜いた。氷のように澄み切った細長いサーベルだった。その氷のような剣を握りしめながら、ユキと交差するように間合いを詰める。
体と体がぶつかり合い、互いに姿勢を崩す格好となる。アーニャはそのままの態勢でヨルムンガンドを払いのけると、隙だらけとなっている魔銃フェンリルにめがけて、氷のような剣を突き刺した。
キィィ、と氷が擦れるような音が響く。
「氷の剣、ニヴルヘイムよ! 凍てつく息吹で武具を破壊せよ!」
アーニャが叫んだ。
氷の剣によって突かれた魔銃フェンリル。その表面が、瞬く間に白色に染まっていく。まるで霜でも下りたかのように、その本体が小さな氷で覆われていくのだ。
「っ!」
ユキは慌てて、魔銃フェンリルから手を離した。
左手に伝わってくる異常な冷気に、身の危険を感じたのだ。
宙に放られたフェンリルは、凍りついたように真っ白となっていた。ゆっくりと回転しながら落ちていく魔銃は、まるで氷の棺に入れられたかのように本来の色を失い、地面へと向かっていく。
そして、地面と衝突すると同時に、……砕け散ってしまった。
ピキッ、と氷にヒビが入る音だけを残して。
魔銃フェンリルは粉々に破壊されてしまったのだ。
「なっ、なんで!?」
驚愕の顔をしているユキに向かって、アーニャは静かに答えた。
「これが氷の剣、ニヴルヘイム。その特性は絶対零度での武器破壊」
「武器破壊!?」
「そうよ。例え魔銃であっても、それが伝説の武器であっても。この氷の剣で突き刺せば、確実にその武器を破壊する」
魔銃フェンリルを破壊したアーニャは、次にヨルムンガンドへと狙いを定めた。
「そして、これで終わりだよっ!」
「くっ!」
武器破壊を狙う氷の剣に対して、ユキは体を捻りながらの上段蹴りを放った。氷の剣を払いのけるためには、もはや近接格闘しか残されていなかった。ヨルムンガンドまで破壊されてしまったら、ユキに勝機はない。
「たあぁっ!」
「なっ!?」
ユキの蹴りは見事に氷の剣を弾き飛ばした。
カランカラン、と地面に転がっていき、氷の剣は光の粒へとなって消えていく。
「しまった!」
「よしっ! このまま―」
ユキは追撃をしようと、更に前に出た。
ヨルムンガンドを右手で構えながら、近接格闘による追い打ちをかけたのだ。
チャンスは見逃さない。
相手が強敵であれば、それは尚のこと。自分が攻撃できるタイミングだと思ったのなら、どこまでも攻勢に出るべきだ。ユキは今までの戦闘でそう学んでいたし、それが正しいと信じて疑わない。
……故に、守ることを忘れてしまう。
黒くて長い髪を靡かせて、ユキが迫ってくる。
その綺麗で精悍な顔つきは、溜息が出るほど美しい。
迷わない。
後ろを振り向かない。
前だけを見て進んでいる。
その純粋な姿勢が眩しくもあり、同時に目を背けたくなった。
……なぜなら。
……彼女が守ることを忘れていなければ、こんな失敗はせずに済んだというのに。
「……勝った」
アーニャはユキが迫ってくるのを見ながら、手にした土の剣を握りしめる。そして、刀身のない剣を地面に向けると、彼女へと狙いを定めた。
ユキは速い。
でも、今だけはアーニャのほうが一手速かった。
ヒュン、と風を斬る音がした。
砂塵の刃が高速で移動を始めて、ひと掴みの砂が地面に集まっていく。そして、次の瞬間には、……ユキの体を真っ赤に染めた。
「え?」
何が起こったのか。
ユキにはわからなかった。
だた、ひとり。
彼女の前にいるアーニャは、その全てを見ていた。
地面から突き出た砂の大剣が、ユキの背中を突き刺していたのだ。
「……うそ」
ユキは視界が赤く染まっていくのを感じながら、その場に崩れ落ちたー




