第53話「さぁ、第2ラウンドだ」
「……ふぅ」
静かに息をはく。
荒ぶった神経を落ち着かせて、精神を集中させる。
先ほどの衝撃のせいで、全身に鈍い痛みが残っていた。肘や膝は擦り傷だらけだし、口も切れているのか血の味が広がっている。
「……まずは、落ち着かないと」
軽い呼吸を何度か繰り返した後、ユキはそっと目を閉じた。
少し離れたところには、アーニャが風の剣を片手に、こちらのことを窺っている。そんなことは承知で、ユキは目を閉じた。
ここで攻撃されたら、それはそれで仕方のないことだと思った。
……視界を闇に閉ざす。
前にも、こんなことがあったような気がする。ゲンジ先輩との死闘、海龍王リヴァイアサンの狙撃、ミクとの仲直りの喧嘩。
本気の戦闘の前は、必ずこうやって意識を高めていた。そして、今日もまた全力を振り絞らないといけない。そうしないとアーニャには勝てない。
「……はぁ、ふぅ」
右手の銃を持ち上げて、銃身を額に当てる。
まだ熱を持っているのか、じんわりと額を温めていく。短い呼吸を繰り返しながら、自分の心の中を意識を落としていく。そして、そこにあるものを探していく。
……正直にいうならば、ユキは本位ではなかった。
ユキの中にある彼女へと気持ちは本物だ。嘘など微塵もなく、心の底から彼女と一緒にいることを願った。その想いは言葉にすれば届くと信じていた。
だが、アーニャはその想いを拒んだ。
そして、思いがけない強さで抵抗をした。
……このままでは勝てない。
……今の戦い方だと、彼女を救うことができない。
「ねぇ、アーニャ。知ってる?」
ユキは目を閉じたまま、彼女に問いかける。
「魔銃に秘められた『魔弾』はね、心から強く願わないと発動しないんだ」
「……え、なんて?」
「これは魔法を使う時と同じなんだろうね。心の想いを形にする。それが魔法であって、魔銃における『魔弾』なんだよ」
「だから、何をいって―」
「つまり、こういうことだよ」
ユキは目を開けると同時に、魔銃ヨルムンガンドを彼女へと向けた。
……大丈夫。
……心の中にあったスイッチは、もう見つけたから。
「女の子の身体なのに、男のフリをしていたら、本当の『魔弾』は使えないってこと」
にこり、とユキが微笑む。
それまでの印象とは違う、女性的な柔らかさが滲んでいた。
「……魔銃ヨルムンガンドよ。今こそ、その真の力を見せつけるときよ」
カチン、と心のスイッチが切り替わる。
自分の意識が変わっていくのを感じた。
削られて。
塗りつぶされて。
心まで書き換えられる。
男だった感覚はもう消えていて、少女としての自意識が覆い隠していく。息をするだけで揺れる胸も、ズボンの中の窮屈なお尻も、女の子として華奢な体も。少しの違和感もなく自分自身だと受け入れられる。
言葉遣いも自然と変わり、髪をわける仕草にすら色香を漂わせた。
あー、久々の女の子モードだなぁ。と彼女は思った。
「……爆ぜろ。『緋色の銃弾』」
どこか少女的な余韻を残す声で、ユキは呟いた。
それと同時に、銀色の魔銃ヨルムンガンドに紅い魔法陣が展開された。
『魔弾・緋色の銃弾』
ヨルムンガンドの真の能力であり、狙ったものを紅蓮の炎で焼き払う。その火は、悪魔さえ焼き殺すといわれている。
そんな凶悪な一撃を、少女は何の躊躇いもなく使おうとしていた。
引鉄を絞り、魔法陣が更に赤く輝く。
そして、次の瞬間。
紅い弾丸が、アーニャに向けて放たれていた。
「っう!『王家を守る盾』っ!」
彼女は慌てて、自動防御魔法を展開させる。
どんな攻撃であっても、使用者であるアーニャを自動で守る魔法、王家を守る盾。今までの攻撃のほとんどを受け止めてきた魔法陣の盾は、彼女を守るために緋色の銃弾の前に立ちはだかる。
通常では破壊不可能。
ヨルムンガンドで4、5発ほど。
どれほど強力な攻撃であっても、一撃で砕けるなんて考えられない。だが、それは使用者であるアーニャの思い込みに過ぎなかった。
「どんな攻撃だって、この盾さえあれば―」
魔銃から放たれた緋色の銃弾が、王家を守る盾と衝突する。
それはまさに一瞬のことだった。
盾に灯った小さな火が、瞬く間に燃え上がっていき、激しい紅蓮の炎となっていた。触れるものを焼き尽くすその炎は、先ほどまでアーニャが使っていた火の剣と、まるで遜色のないほどだ。
「っ! この威力はッ!?」
アーニャの顔が焦りの色に染まる。
目の前の光景が信じられないというようであった。
一発。
たった一発で、『王家を守る盾』が破壊されていたのだから。
「なっ―」
慌てて逃げようとするアーニャに、防ぎきれなかった残り火が襲う。
「きゃ、きゃあ!」
顔を庇いながら地面に転がって、必死に体についた火を消していく。直撃を避けていたので、燃え移った火はすぐに消すことができた。
だが、それでも乱れた長い髪や、顔のあちこちに黒い煤がついてしまっている。
「……う、うぅ」
「うん、まずまずかな」
地面に転がっているアーニャを見ながら、ユキが悠然と言った。
「ごめんね、アーニャ。あなたのことを、ちょっと見くびっていたみたい。……でも安心して。今から『私』が本気でいくから」
「……ゆ、ユキ?」
顔の煤を拭いながら、アーニャが聞き返す。
「……そっか。ユキが本気で戦うときは、いつも女の子だったもんね。忘れてたなぁ」
カラン、と風の剣を握りなおして、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
彼女も負けるつもりはなかった。
だが、それ以上にユキも負けん気が強かった。
「ふふっ」
立ち上がるアーニャを見て、嬉しそうに笑っていたのだ。
そして、着ていたコートをおもむろに脱いで、地面へと放り投げる。白のワイシャツと黒のズボンという軽装になると、右脇のホルスターから別の銃を引き抜いた。
骨董品を思わせる錆びた銃。
ちゃんと使えるのか不安になるその銃の名前は、魔銃フェンリル。
ユキは右手にヨルムンガンド、左手にフェンリルを握りしめて、楽しそうに口を開く。
「さぁ、アーニャ。第2ラウンドだよ」
その声は、やはり女の子の余韻を残していた。




