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第52話「アーニャと風の剣(シルフ)」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇――


 ……本当にわかるんだ。


 ユキは左手の袖に隠した銃を見破られて、驚きを隠せなかった。

 暗器銃の白虎。

 この手の平サイズの単発式の銃は、暗殺用として作られたものらしい。威力は低いが銃本体が小さいため、服の袖などに容易に隠すことができる。そのためユキは、奇襲をするために袖に隠していた。


 今まで使う前にバレたことなど一度もない。

 それなのにアーニャは一目で、白虎の存在の見抜いた。わずかに左手を下げるという動作だけで。


「……正解だよ」


 ユキは内心の動揺を隠すように、くすりと笑う。

 本当は笑っている余裕なんてない。アーニャの猛攻をなんとか凌いで、ようやく得た攻めるチャンスを防がれた。もう一度、距離をとられたら、今度こそやられてしまうだろう。

 ……なら、このまま勝負に出るしかない!


「っ!」


 ユキは右手の銃でアーニャの剣を防ぎながら、左手を素早く真横へと突き出した。


 その瞬間。

 カシャッと軽い音がして、袖に隠していた暗器銃の白虎が姿を見せる。

 白い虎が描かれた小型の銃。

 それを手のひらで受け止めては、親指で撃鉄を引き起こす。そして、アーニャに狙いを定めると同時に、引鉄を引いた。


「っう!」


 パンッ、という軽い銃声と共に、アーニャが小さな声を漏らす。

 この距離なら外すことなんてありえない。

 例え、この白虎の存在がバレていたとしても、人の反応速度には限界がある。『王家を守る盾』が砕けている今なら、暗器銃の銃弾は必ず当たる。致命傷にはならないかもしれないが、その一撃が状況を覆す突破口になるはずだ。

 ユキは風の剣を払いのけて、そのまま次の攻撃に移る。銀色の魔銃、ヨルムンガンドを握りしめ、態勢を崩したアーニャへの追撃を狙う、……はずだった―


「えっ!?」


 戸惑いの声を上げたのは、ユキだ。

 至近距離の銃弾をアーニャが避けられるわけがない。そう思っていた。

 だが実際は、彼女は腰をわずかに屈めるだけで、白虎の射線から外れていたのだ。ユキの手から放たれた銃弾は、アーニャの頭上を掠めていく。


 異常な反応速度だった。

 その無駄のない動きは、白虎から弾が飛び出したのを見てから、回避行動をとったとしか考えられない。

 普通の人間には無理だ。

 だが、アーニャにはその手に持つ風の剣、シルフがある。かすかな微風を纏っている日本刀に、何か特別な力があるのかもしれない。


「……外れだよ」


 アーニャが言った。

 それと同時に、彼女は風の剣を素早く突き出した。


 ……速いっ!


「くっ!」


 ガギッと鈍い音がして、ヨルムンガンドを持つ手が痺れた。

 アーニャの高速の突きを、なんとか手にした銃で防ぐ。数多の戦いを潜り抜けてきたからこその、防衛反射だった。


「ほらほらっ、次にいくよ」


 彼女は少し後退すると、息つく時間もなく攻撃を再開した。

 上からの斬り落し。

 右からの袈裟斬り。

 左からの薙ぎ払い。

 視線で追うのがギリギリの攻撃が襲う。あまりに速すぎるため、それが同時の斬撃なのか、それとも高速の連撃なのか。それすらわからなかった。


「っ!」


 ……速すぎる。

 日本刀を持つアーニャの姿は、とても美しくて優雅なのに、背筋を凍らせるくらい恐ろしいものに見えてしまう。


 風の剣、シルフ。

 この太刀の能力は、使用者の速度をあげるものだろう。銃弾が発射してから回避できる反応速度があれば、それと同じ速さで攻撃することもできる。アーニャが世界で最も疾い剣、と言っていたことも納得できるほどだった。


「……ちっ」


 ユキに選択肢は残されていなかった。

 残弾がない白虎を捨てて、左手を自由にさせる。

 そして、最初の太刀筋が到達する寸前に、ユキは1つのスキルを発動させる。一瞬を永遠に引き延ばし、時間が緩慢に流れる世界を作り上げるスキル、……『クイックドライブ』だ。


「っ!」


 視界がモノトーンに塗られていく。

 周囲の音が遠くなり、時間の流れがゆっくりとなる。同時に見えていたアーニャの攻撃も、順番に捌くことができるほどに。


「はっ、やぁ!」


 ヨルムンガンドで風の剣を弾いていく。

 右からの袈裟斬りを捌き、上からの切り落としをかわして、左からの薙ぎ払いを弾く。


 だが、それで終わりではない。

 アーニャの高速の連撃は、わずかな気の緩みも許さないほどに、圧倒的な手数だった。ひと薙ぎ、ひと薙ぎが、確実にユキの命を狙ってくる。

 クイックドライブを使用して、緩慢な時間にいるはずなのに。状況を優位に変えることができない。目の前の攻撃を何とかするので精一杯だった。


「はっ、はっ!」


 弾く、捌く、受け流す。

 スキルの長時間使用によって、脳が焼ききれそうになるが、今はそれどころではない。わずかな判断のミスが、この膠着した状況を狂わせてしまう。

 それほどまでに、アーニャは速かったのだ。


「っ! しまった―」


 やがて、一進一退の攻防も破綻する時がくる。

 胸元へと刺突を受け流せずに、態勢を大きく崩してしまったのだ。その隙にアーニャの追撃が振り下ろされる。


「やば―」


 頭上にヨルムンガンドを構えて、何とか防御の態勢をとる。

 だが、渾身の一撃とも呼べるアーニャの一太刀を防げるわけもなく、ユキの体は吹き飛ばれてしまった。


「がっ!」


 ドンッと壁に叩きつけられて、息が止まりそうになる。

 気を失いそうだった。

 だが、何とかその衝撃に耐えて、よろよろと立ち上がる。 

 クイックドライブが生み出した緩慢な時間も終わり、かすむ視界にはアーニャが毅然と立っているのが見えた。


「……ははは。参ったね、これは」


 ユキが渇いた声を笑う。

 予想以上だった。

 アーニャがここまで戦えるなんて想定していなかったのだ。


「どうしたの、ユキ? もしかして、これで終わり?」


「……ははっ。まさか」


 意識が朦朧とする中、ユキは静かに悟る。


 ……どうやら。

 ……出し惜しみなんか、している場合じゃない。

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[一言] バカな速すぎるw
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