第52話「アーニャと風の剣(シルフ)」
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……本当にわかるんだ。
ユキは左手の袖に隠した銃を見破られて、驚きを隠せなかった。
暗器銃の白虎。
この手の平サイズの単発式の銃は、暗殺用として作られたものらしい。威力は低いが銃本体が小さいため、服の袖などに容易に隠すことができる。そのためユキは、奇襲をするために袖に隠していた。
今まで使う前にバレたことなど一度もない。
それなのにアーニャは一目で、白虎の存在の見抜いた。わずかに左手を下げるという動作だけで。
「……正解だよ」
ユキは内心の動揺を隠すように、くすりと笑う。
本当は笑っている余裕なんてない。アーニャの猛攻をなんとか凌いで、ようやく得た攻めるチャンスを防がれた。もう一度、距離をとられたら、今度こそやられてしまうだろう。
……なら、このまま勝負に出るしかない!
「っ!」
ユキは右手の銃でアーニャの剣を防ぎながら、左手を素早く真横へと突き出した。
その瞬間。
カシャッと軽い音がして、袖に隠していた暗器銃の白虎が姿を見せる。
白い虎が描かれた小型の銃。
それを手のひらで受け止めては、親指で撃鉄を引き起こす。そして、アーニャに狙いを定めると同時に、引鉄を引いた。
「っう!」
パンッ、という軽い銃声と共に、アーニャが小さな声を漏らす。
この距離なら外すことなんてありえない。
例え、この白虎の存在がバレていたとしても、人の反応速度には限界がある。『王家を守る盾』が砕けている今なら、暗器銃の銃弾は必ず当たる。致命傷にはならないかもしれないが、その一撃が状況を覆す突破口になるはずだ。
ユキは風の剣を払いのけて、そのまま次の攻撃に移る。銀色の魔銃、ヨルムンガンドを握りしめ、態勢を崩したアーニャへの追撃を狙う、……はずだった―
「えっ!?」
戸惑いの声を上げたのは、ユキだ。
至近距離の銃弾をアーニャが避けられるわけがない。そう思っていた。
だが実際は、彼女は腰をわずかに屈めるだけで、白虎の射線から外れていたのだ。ユキの手から放たれた銃弾は、アーニャの頭上を掠めていく。
異常な反応速度だった。
その無駄のない動きは、白虎から弾が飛び出したのを見てから、回避行動をとったとしか考えられない。
普通の人間には無理だ。
だが、アーニャにはその手に持つ風の剣、シルフがある。かすかな微風を纏っている日本刀に、何か特別な力があるのかもしれない。
「……外れだよ」
アーニャが言った。
それと同時に、彼女は風の剣を素早く突き出した。
……速いっ!
「くっ!」
ガギッと鈍い音がして、ヨルムンガンドを持つ手が痺れた。
アーニャの高速の突きを、なんとか手にした銃で防ぐ。数多の戦いを潜り抜けてきたからこその、防衛反射だった。
「ほらほらっ、次にいくよ」
彼女は少し後退すると、息つく時間もなく攻撃を再開した。
上からの斬り落し。
右からの袈裟斬り。
左からの薙ぎ払い。
視線で追うのがギリギリの攻撃が襲う。あまりに速すぎるため、それが同時の斬撃なのか、それとも高速の連撃なのか。それすらわからなかった。
「っ!」
……速すぎる。
日本刀を持つアーニャの姿は、とても美しくて優雅なのに、背筋を凍らせるくらい恐ろしいものに見えてしまう。
風の剣、シルフ。
この太刀の能力は、使用者の速度をあげるものだろう。銃弾が発射してから回避できる反応速度があれば、それと同じ速さで攻撃することもできる。アーニャが世界で最も疾い剣、と言っていたことも納得できるほどだった。
「……ちっ」
ユキに選択肢は残されていなかった。
残弾がない白虎を捨てて、左手を自由にさせる。
そして、最初の太刀筋が到達する寸前に、ユキは1つのスキルを発動させる。一瞬を永遠に引き延ばし、時間が緩慢に流れる世界を作り上げるスキル、……『クイックドライブ』だ。
「っ!」
視界がモノトーンに塗られていく。
周囲の音が遠くなり、時間の流れがゆっくりとなる。同時に見えていたアーニャの攻撃も、順番に捌くことができるほどに。
「はっ、やぁ!」
ヨルムンガンドで風の剣を弾いていく。
右からの袈裟斬りを捌き、上からの切り落としをかわして、左からの薙ぎ払いを弾く。
だが、それで終わりではない。
アーニャの高速の連撃は、わずかな気の緩みも許さないほどに、圧倒的な手数だった。ひと薙ぎ、ひと薙ぎが、確実にユキの命を狙ってくる。
クイックドライブを使用して、緩慢な時間にいるはずなのに。状況を優位に変えることができない。目の前の攻撃を何とかするので精一杯だった。
「はっ、はっ!」
弾く、捌く、受け流す。
スキルの長時間使用によって、脳が焼ききれそうになるが、今はそれどころではない。わずかな判断のミスが、この膠着した状況を狂わせてしまう。
それほどまでに、アーニャは速かったのだ。
「っ! しまった―」
やがて、一進一退の攻防も破綻する時がくる。
胸元へと刺突を受け流せずに、態勢を大きく崩してしまったのだ。その隙にアーニャの追撃が振り下ろされる。
「やば―」
頭上にヨルムンガンドを構えて、何とか防御の態勢をとる。
だが、渾身の一撃とも呼べるアーニャの一太刀を防げるわけもなく、ユキの体は吹き飛ばれてしまった。
「がっ!」
ドンッと壁に叩きつけられて、息が止まりそうになる。
気を失いそうだった。
だが、何とかその衝撃に耐えて、よろよろと立ち上がる。
クイックドライブが生み出した緩慢な時間も終わり、かすむ視界にはアーニャが毅然と立っているのが見えた。
「……ははは。参ったね、これは」
ユキが渇いた声を笑う。
予想以上だった。
アーニャがここまで戦えるなんて想定していなかったのだ。
「どうしたの、ユキ? もしかして、これで終わり?」
「……ははっ。まさか」
意識が朦朧とする中、ユキは静かに悟る。
……どうやら。
……出し惜しみなんか、している場合じゃない。




