第48話「……さぁ、喧嘩をしよう」
「力づくで連れて帰る? ……ユキ、本気で言っているの?」
アーニャはどこか戸惑っているように口を開く。
「私は、世界の支配者なんだよ? 十人委員会のメンバーが全員いるなら話は別だけど、ユキ1人じゃあ勝負にならないよ」
「そうかな? ボクには勝算があるんだけどね」
余裕のある笑みを浮かべるも、彼女はまだ本気だと思っていないらしい。どこか呆れたような声で言った。
「無理だよ。ユキに私は倒せない。……だって、ジンや快司君も勝てなかったんだよ。あの2人より弱いユキが戦っても、負けるのは目に見えている」
「本当に、そう思う?」
「……うん」
アーニャは少し申し訳なさそうに頷く。
どうやら彼女には戦う意思はないらしい。
だけど、それでは困る。ボクは君を殴りたくて仕方ないんだ。
想いは言葉でしか伝わらない。
でも、言葉でも伝わらなかったどうする?
そんなの決まっている。
……拳で語るしかない。
「アーニャ。ボクは君を現実へと連れて帰る。どんな手を使っても、例え君に恨まれることになっても。こんな場所に一人になんてさせない」
ゆらり、と体を揺らす。
全身から余分な力を抜いて、適度な緊張だけを残す。
「ボクはこの世界に来てから、いろんなことを知った。困難に立ち向かう方法、自分の壁を乗り越える方法。その中では一番、心に残っているのが―」
集中を極限にまで高める。
アーニャとの距離は、およそ10メートル。言葉は届くが、拳は届かない。
だったら、近づけばいい。
彼女の目が覚めるような、強烈な一発をお見舞いできる距離まで。
……カチャリ。
腰の銃に手をあてて、ゆっくりと足を踏み出す。
一歩だけでいい。
ボクはその一歩を踏み出した瞬間に、全神経を集中させた。一瞬を永遠に引き延ばし、時間が酷く緩慢に流れる世界を作り上げる。……『クイックドライブ』。ボクの最も信頼しているスキルの1つであった。
「ボクが一番、心に残っているのはね。正しい喧嘩のやり方だよ」
カチャ!
腰から引き抜いていた銃の先を、アーニャの額に押し当てる。
クイックドライブが生み出した緩慢な世界を駆けて、ボクは今、彼女の目の前にいる。
「えっ!?」
アーニャは驚いたような声を上げた。
彼女にしてみたら、一瞬にしてボクが瞬間移動したように見えたのかもしれない。
「ちょ、ちょっと、ユキ! 待ってよ!」
「待たない。ボクはどんな手を使っても君を連れて帰る。そう言ったはずだよ」
ボクの手にある魔銃・ヨルムンガンドが鈍く光る。
銃弾は装填してある。引鉄を引けば、確実に彼女の頭に風穴を開けるだろう。
……それは、つまり。アーニャを現実世界に強制送還させるということだ。
「この世界で死ねば、ボクたちは現実で目を覚ますんだよね。それはつまり、君を倒せば現実に連れて帰れるということだ」
「そ、それは!?」
アーニャはわかりやすく慌てている。
良くも悪くも嘘をつけない性格だということは、一緒に暮らしてきたときから知っている。怒るときは口をへの字にする癖も、恥ずかしいときは耳まで真っ赤にさせることも。その全てが、とても愛おしいと感じる。
そんなアーニャに、ボクは。
……躊躇なく引鉄を引いた。
「じゃあね、アーニャ」
「ま、待って―」
ダンッ、という銃声が響いた。
ヨルムンガンドの銃口からはわずかに煙が上がり、焦げた火薬の匂いが鼻につく。耳鳴りが尾を引いて、手には引鉄を引いたという感触が残っている。
至近距離からの銃撃。
高速で放たれた鉛玉が、彼女の額に突き刺さり、そのまま頭を貫通していく。やがて、この世界で死んだ彼女は現実で目が覚める。そのはずだった―
「……本当に撃つとは思わなかった」
静かな礼拝堂に、アーニャの声が響く。
彼女は生きていた。
無傷だった。
理由はわかっている。
アーニャの前に展開された黄金色の魔法陣。それが、ヨルムンガンドの銃弾を受け止めていたのだ。
「……創造された固有魔法『王家を守る盾』。緊急時に自動展開する防御魔法だよ」
彼女が説明するように言った。
「これも、ゲームマスターの能力なの?」
「そうだよ。自由自在に魔法やスキルを作ることができるの。この魔法も最近になって作ったもの。……これが私だけに許された魔法『創造された固有魔法』よ」
「ジンや快司君を倒したのも、こうやって作った魔法を使ったんだね」
「そうよ」
そしてアーニャは、呆れたように溜息をついた。
「……わかったでしょう? ユキじゃあ私には勝てない。この盾がある限り、私に指一本だって触れられないんだから」
たしかに、強固な盾だ。
ヨルムンガンドの銃弾が弾かれるなんて、そうそうあることじゃない。
だけど。
「ふふっ、そうかな?」
ボクはやんわりと笑って、再び魔法陣へと銃口を向ける。
そして、おもむろに引鉄を引いた。
一発。二発。三発。
ダンダンッと銃声が響き、潰れた弾が地面に落ちていく。そして、四発目。ヨルムンガンドから放たれた銃弾が、黄金色の魔法陣に突き刺さり、その魔法を盾を砕いてみせたのだ。
「っ!」
銃弾はアーニャに当たらなかった。
魔法の盾が砕けると同時に、どこかおかしな方へと飛んでいった。
「ふーん、なるほど。ヨルムンガンドで4発ってとこか」
ボクは不敵な笑みを見せた。
「アーニャ。ボクのあまりバカにしないでよ。その程度の盾なんか、簡単に壊せるんだから」
その言葉がどういう意味なのか、アーニャにも伝わったのだろう。
引き下がる気はない。
帰るつもりもない。
ボクは、……ボクたちは、覚悟を決めてここまでやってきた。
何がなんでも、君を現実に連れて帰る。
アーニャ、君はどうだい?
そろそろ覚悟ができたんじゃない?
「……どうしても、引いてくれないんだね」
彼女が寂しそうに呟いた。
「じゃあ、しょうがない。あまり気乗りはしないけど」
「ははっ、こっちはやる気満々だよ」
ボクとアーニャの視線が重なる。
先ほどまでとは違う。
互いに闘志に満ちた目をしていた。
そして、どちらが先ということもなく、静かに言い合った。
「「……さぁ、喧嘩をしよう」」




