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第32話「全て遠き理想郷(…私の楽園はここにあった)」


「って、何でユキが女の子になっているのよーーーーーっ!?」


 ミクが鉄格子を掴んで泣き始めて、わずか数秒。

 感動の再会の余韻もなく、彼女が叫んでいた。


「はぁ、意味わかんない!? なんでユキが女の子なの!? ちゃんと説明しなしなさいよ!」


「ちょ!? は、放してよ、ミク!」


 鉄格子から伸ばされた手が、ボクのことを掴んで、激しく揺さぶる。


「はっ! も、もしかして!? アタシが女の子扱いしてたから、とうとう女装に目覚めちゃったの!?」


「ち、違うよ!」


 ボクは顔を真っ赤にさせながら、ぶんぶん首を横に振る。


「じゃあ、何なのよこれは!? 黒髪ロングのウィッグなんてつけて! それに黒のミニスカートに、黒のニーソックス? 狙いすぎなのよ! 絶対領域が眩しいとか言っているんじゃないわよ!」


「ちょっと、落ち着いて! …きゃっ、髪を引っ張らないで!」


「な、何よ今の声は! 男のくせに、女の子みたいな悲鳴上げないで!?」


 ボクの胸ぐらを掴んだまま、ミクがもの凄い形相で迫ってくる。

 鉄格子越しであっても、その威圧感が半端なかった。


「だいだい、その胸も盛りすぎなのよ! アタシより大きいじゃない!」


「へ、変なところ触らないで! ちょっ、揉むのもダメっ!」


「ユキこそ、変な声を上げないでよ。まるで、アタシが襲っているみたいじゃない!」


「その通りでしょ! せ、説明するから、ちょっと離して!」


 ボクが何度も言っても、ミクは聞く耳を持たない。ぎゃーぎゃー騒ぎながら、血走った目で睨んでくる。


「た、助けてよ! アーニャ!」


 ボクはあらゆるところを触られながら、少し離れたところにいるアーニャに助けを求めた。


 だが…


「ぐへへっ…」


 アーニャは、ニヤつきながら涎を垂らしていた。


「ぐふっ、…監獄で襲われるユキ。…これはこれでアリね。やばい、鼻血が出そう」


「ちょっと、何言ってるの!」


 ボクが大声で叫ぶと、アーニャが正気を取り戻した。


「はっ! しまった! 目の前に楽園に、自分を忘れてしまったわ」


 今、助けるから! 待ってて、私の嫁!

 だだっ、とアーニャが駆けつけて、ボクの手を掴んでを引っ張る。


「その手を離しなさい!」


「ちょっ! 誰よ、アンタは!」


「いいから離しなさい! その乱暴な手つきで、私のユキに触らないで!」


「はぁっ! 何言ってんの! 横からしゃしゃり出てきて、邪魔をしないで!」


 ミクが胸ぐらを引き寄せると、アーニャがボクの手を引っ張る。


「ぐぬぬ、なんて力なの…」


「アンタこそ離しなさい。アタシはユキに用があるのよ」


「ユキに用があるなら私を通しなさい。ユキはね、私のお嫁さんになる女の子なのよ!」


 アーニャの言葉を聞いて、ミクの額に血管が浮き彫りになる。


「はぁ? ねぇ、さっきから『私の嫁』とか、マジでウザいんだけど。何、アンタ? 何様のつもりよ!」


「王女様ですけど! それが何か!」


「アンタみたいな頭の腐った王女がいるか!」


 ミクが、ボクの襟を掴んでいた腕に力を込める。

 そして、流れるような手つきでボクの首に腕を回す。たぶん、無意識の行動なんだろう。普段からジンの首を絞めているせいで、条件反射でボクの首も絞めているんだ。そう思うことにした。


「こんな頭のおかしい女に、ユキを近づけておけないわ! ユキ、あの女は危険よ!」


「何を言ってるの? あなたみたいに乱暴な人が、ユキを幸せにできるわけないじゃない! ユキに素敵な花嫁衣装を着せるのが、私の夢なんだから!」


 アーニャがボクの手を引っ張ると、ボクの首が絞まる。

 ミクが力を入れると、それでも首が絞まる。


「…く、苦しいよ。…アーニャ、…ミク」


 気がついたときには、息ができなくなり声も出なくなっていた。


「…ぐふっ」


 そして、そのままゆっくりと。

 意識が遠くなっていった。


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