第45話「シャボン玉がひとつ」
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淡い色のシャボン玉がひとつ。
胸の中で生まれては、ぱんっと小さな音を立てて弾けていく。
また、ひとつ。
また、ひとつ。
心のなかで生まれるシャボン玉を、私は必死になって破裂させていく。その度に、楽しかった思い出が、優しかった言葉が、中から溢れてきた。
『アーニャ。今日から一緒に住むんだよね。これからよろしくね』
『おい、アーニャ。あたしが買っておいたシュークリーム、どこにいったのか知らない? ……って、なんでお前が食っているんだよ!』
『アーニャ殿。カーニバルの準備は問題ないぞ。アーニャ殿とユキの晴れ舞台、我が絶対に成功させてみせる!』
『アーニャさん、お願いがあるのですが。今度、ユキりんの3サイズをこっそり測ってきてくれませんか? ……え、ダメ!? どうしてですか!?』
『ねぇねぇ、アーニャ―』
『おい、アーニャ―』
ぱんっ。
ぱんっ。
シャボン玉が弾けては、幸せな思い出が蘇ってくる。
「……もう、やめて」
アーニャは自分の膝を強く抱きしめる。
楽しいことなんて思い出したくなかった。
幸せだったなんて思いたくなかった。それだけで、この世に未練が残ってしまう。もう一度、あの時のように楽しく笑っていたい。一緒の時間を過ごしたい。
……あの人たちと、会いたい。
「なんでよ。もう諦めたじゃない。それなのに、なんで。……なんで、楽しかった時のことを思い出しているのよ」
ふわり、ふわり。
シャボン玉が弾けると、心が温かくなってしまう。
もう二度と手にできない時間だからこそ、何でもないようなことがとても大切に思えてしまう。
……そんな時間を全部ぶち壊しにしたのは、自分だってわかっているのに。
「皆。お願いだから、ここまで来ないで」
彼らの顔を見てしまったら、今度こそ決心が揺らいでしまうだろう。楽しい日々が、また始まるかもしれない。幸せだった毎日がやってくるかもしれない。
……そんな、在りもしない幻想を見てしまう。
「嫌だ。現実なんかに帰りたくない。だってあそこは暗いもの。何もやっても上手くいかないし、誰も振り向いてくれない。……お父さんや、お母さんだって」
心が痛い。
泣いてしまいそうなほど。
悲鳴を上げてしまいそうなほど。
そんな辛い感情から、逃げて、逃げて、逃げ続けて。
そして最後には、胸のなかで生まれたシャボン玉を見つけてしまう。
ぱんっ。
ぱんっ。
小さな音と一緒に溢れてくる思い出は、心の傷を癒すように温かい。
あぁ、本当に。
楽しかった思い出というのは、……残酷だ。
「知りたくなかった。こんなに辛い気持ちになるんだったら、楽しい時間も、幸せな思い出も、全部いらないよ」
大好きな人。
大切な人たち。
好きだといってもらいたくて、仲間だといってほしくて。
……皆と一緒にいたかった。
「自分が本当に嫌い。あの人たちに何をしたのか、わかっているの? 嘘をついて、騙して、都合が悪くなったら逃げ出して。そんな最低な人間なのに、……どうして?」
どうして、彼らはここに向かっているのだろう。
なんで、必死になって戦っているんだろう。
「私のことなんて、放っておいていいのに。なんで? どうして? そこまで必死になって私のことを助けようとするの!?」
誰もいない礼拝堂に、アーニャの声が響く。
その悲鳴のような声は、誰にも届くことなく、沈黙の闇に消えていく。
……そのはずだった。
「それはね、ボクたちは君のことが大好きだからだよ」
誰もいなかった場所に、大好きな少女が立っていた。
長い黒髪を揺らしながらー




