第43話「モンスターハウスの攻略方法。それは敵がいなくなるまで殴り続ければいい」
グオォォォォッ!
やがて、ベヒーモスは宙を舞った。
頭部の半分は消滅して、眼球がぽろりと足元に転がっていく。小山ほどの大きさのモンスターが、悲鳴を上げながら飛んでいく姿は、見ていて気分が晴れる。
あー、やっぱり。
本気で殴れるのはサイコーだな!
「いえーい! 気持ちがいいぜ!」
「……ミク、うるさい」
コトリがジドっとした目でこちらを見てくる。
全然、その気のなさそうな態度だけど、その足元にはしっかりと召喚魔法の魔法陣が広がっている。なんだかんだいっても、こいつもやる気は十分だ。
「キュッシャシャシャ!」
ベヒーモスが飛んでいった直後、間髪入れずに別のモンスターが襲い掛かってくる。鋼鉄でできた6本の腕を背中から生やした、六道怪人アスラ。どっかの仏壇に飾られていそうな見た目だけど、その表情は仏様とはだいぶ違う。赤い目をギラつかせて、狡猾な笑みを浮かべている。……えーと、こいつの攻略法って何だったっけ?
「キュッシュシュ!」
六道怪人アスラは、背中の腕に持った鈴のついた棒、……なんていうんだっけ。まぁいいや。それを振り回して、あたしとの距離を詰めてくる。
たしか、あの棒に触れるとステータスを吸い取られるだっけ? だから、まずはあの棒を武器破壊して、それから背中を腕をひとつずつ壊して、それからそれから―
「あーっ、面倒くせっ!!」
考えるのが嫌になったあたしは、襲ってくるモンスターに向かって、自ら突進していった。
その行動に不意を突かれたのか、アスラは慌てて背中の腕に持っている、あの鈴の棒を突き出した。これに触れたら、戦闘を続けるためのステータスを大幅に奪われることになる。だが―
「そもそも、一撃で倒せば問題ねぇだろうが!」
鈴の棒を一瞬で全て砕き、6本の腕を全部へし折る。そのままアスラの懐に潜り込んで、その顔面を思いっきり殴りつけた。
キ、キィィィッ!
アスラが悲鳴を上げた。
ばかん、と顔面はまっぷたつに割れて、中にあったいろんなものが花火のように飛び散ていく。ちっ、汚い花火だぜ。
「おらおら! どうした、てめぇらの力はそんなものか!?」
六道怪人の死体を踏みつけて、部屋中にいるボスモンスターに喧嘩を売りつける。
……あー、やばいな。
……血が滾ってやがる
……いつもの病気が、……喧嘩狂が発症しちまった。
「はーっはっは! どうせ雑魚なんだからさ、束になってかかって来いよ!」
バキバキと拳を鳴らしては、次に相手をする奴を見定めていく。
だが、どうしたわけか。ボスモンスターたちは一向に襲ってくる気配がない。この部屋に入ってきたときの気配が嘘のように、奴らからこっちに来ることはない。攻撃することに躊躇しているようだった。
やべーよ、やべーよ。と言われている気がした。
「なんだぁ? つれない奴らだな」
あたしはボリボリと頭を掻きながら奴らに言ってやる。
「それじゃ、仕方ない。面倒だけど、……こっちから行くぜ!」
地面を蹴りだして、モンスターハウスの中心へと駆け出した。ボスモンスターの群れの中に入っていって、目に映った奴から手当たり次第に拳を振るっていく。
ギャァァッ!
キュェェェェッ!
一撃、一撃。叩き込む度にモンスターたちが悲鳴を上げた。
あたしの圧倒的な勢いに、奴らに恐怖が伝染していくのがわかる。やばいやばいと冷や汗をかきながら、自分だけは助かろう逃げ惑っていく。おいおい、冗談じゃねぇ。もっと一緒に楽しもうぜ!
「おらおらっ! 逃げてるんじゃねぇぞ! あたしを楽しませてくれぇ!」
喧嘩はなぁ、舐められたら終わりなんだよ。
そのことを、てめぇらに教えてやる。
右手で死神デス=キルの頭を握り潰して、左手で炎神アグニの頬を殴り飛ばす。足に絡みつく髑髏男爵を踏みつけて、泣いて詫びるキングミミックを頭突きで撃沈させた。
はーっはっは、最高だ!
暴力はいいぞ、ユキ!
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
はぁ、まったく。
わたし、コトリこと。小鳥遊ゆみ子はほとほと呆れています。
それはもう、呆れ果ててしまっています。
なぜ、わたしがこんなことをしなくてはいけないのかと、憤慨したくなるほどです。
「おい、コトリ! そんなところで突っ立ていると、全部あたしがやっちまうからな!」
はぁ。
どうぞ、ご自由に。
と言いたいところですが、どうやら呑気に構えてもいられないらしい。ミクが笑いながら嬲っているのは、所詮二流のボスモンスターたち。まだ、この部屋にはあの『三大悪』の姿が見えない。あいつらが出てきたら、わたしたちだってただでは済まないでしょう。
「……それまでに、雑魚を排除する」
わたしは精神を集中させて、召喚魔法の詠唱を始めます。
足元に輝く魔法陣が展開されて、小さな光の粒が周囲をふわふわと漂う。この景色は見ていて綺麗だと思います。
「……彼のものは、強固な城である。幾千の嵐を耐えて、雨に打たれて、強風を浴びつつけても、わずかな揺らぎもない頑強な巨城。その腕は岩。その足は石柱。その体は山。……彼のものは城である。太古より存在する岩の巨人なり」
光の粒が、何かを形成していくのがわかります。
それと、ここではないどこかと繋がった感覚もあります。召喚魔法とは不思議で、魔力を使って行うことは、その別の場所との出入口を作るだけ。あとは、その入り口からでてきたモンスターが、好き勝手に暴れてくれる。とても、お手軽なものなのです。
「……いでよ、古代の巨人兵っ! 汝の敵を討ち滅ぼせ!」
とても大きな魔法陣からでてきたのは、岩山のような巨人です。
古代の巨人兵。
この世界に来て、一度だけ呼び出した召喚獣で、とても頑丈なヒトです。この人より頑強な召喚魔法は、終焉の龍であるラグナロクくらいでしょう。
「おおっ! コトリもやる気じゃないか!」
うるさいです。
わたしの一番の友達は、とにかく声が大きいのが欠点です。もっと淑女のように慎ましくなってもらいたいものですが。
古代の巨人兵を召喚したわたしは、その大きな手のひらに乗りました。そして、その岩山のような召喚獣の肩へと移ります。
……ですが、その巨体ではこの部屋の戦闘は不利であることに気づかされます。
「……むぅ。天井が低い」
そう。暗くてよく見えませんでしたが、天井が思っていたより低かったのです。これでは古代の巨人兵の攻撃力を十分に生かせません。さぁ、どうしましょうか。
「……まぁ、いいか」
わたしは小さく頭を振ります。
どうしようもないことは悩んでいても仕方ないこと。この機転の良さが、わたしの取り得だと思います。料理をしている時に、間違って塩を入れてしまっても慌てることはないのです。その塩の味がわからなくなるくらいに、大量の砂糖をぶち込めばいいのです。なにも悩むことはありません。
そして、今の状況で言うならば。ミクが壁際に追いつめたボスモンスターたちを、ただ薙ぎ払えばいいだけの簡単なお仕事。わたしは迷いません。古代の巨人兵に、そのように指示を出します。
「……やれ」
言葉が少なくても、ちゃんと命令を聞いてくれるのが召喚獣の良いところ。
古代の巨人兵は、わたしの言われた通りに攻撃を始めました。ミクが悪魔のような笑い声をあげながらボスモンスターを屠っている、その先に。岩石のような拳を突き立てました。
どんっ、と部屋は大きく揺れて、モンスターだったものが辺りに四散しました。わたしとミクに挟み撃ちにされて、ボスモンスターたちはいよいよパニックです。
「いいぞ! コトリ、この調子でいくぜ!」
「……わかったから、大きな声を出さないで」
私たちの攻撃に、モンスターたちは成す術もありません。ただ蹂躙されていくのかと、そう思いました。
……ですが、この時のわたしは気づいていなかったのです。部屋の出口付近に、邪悪な魔法陣が展開されていることに。
フシュフシュフシュ。
キキキキキィッ。
フフフフッ。
その魔法陣から、3体のモンスターが姿を現します。
今まで戦っていたのとは、明らかに別格です。彼らこそ、わたしが危惧していた『三大悪』を呼ばれるボスモンスターです。
魔王サタン。
堕天使ルシファー。
冥界の主・閻魔。
この世界のどこかにあるという、冥府の門。その先にある魔界や地獄を統べる、王のなかの王たち。彼らとは、戦わずに逃げろ、というのが共通認識だったのですが。
不幸にも、わたしは彼らの存在に気づいていません。
古代の巨人兵に乗って、他のボスモンスターに集中していたのです。
「メヲシバレ、クチヲシバレ、ハナヲシバレ。キサマラニ、フコウガアランコトヲ―」
「タイヨウガカケテ、ツキガワレテ、ニンゲンノウンメイハ、ココニツイエタ―」
「キサマラノ、サバキヲ、オコナウ―」
サタン、ルシファー、閻魔。彼ら『三大悪』は静かに呪いの詠唱を始めます。呪いとは魔法の一種で、主に悪魔たちが使うものです。その呪いを浴びると大変なことになるので、絶対に当たってはいけません。
しかし、わたしは彼らに背を向けたままで、彼らの攻撃をかわす手段などありません。これはもう絶体絶命です。
「あっ、コトリ。悪い、そっちにいった」
その時、思いもよらないことが起こりました。
ミクから逃げていたボスモンスターが、突然、逃げる方向を変えて、こちらに来るではありませんか。彼らはわたしたちの足元を縫うように逃げ惑っています。
古代の巨人兵は、その巨体がゆえに、足元がおろそかになりがちです。とても簡単にいってしまえば、ちょっとバランスを崩しただけで尻もちをついてしまうくらいです。
それも盛大な尻もちです。
後ろに誰かが立っていたら、一瞬でぺちゃんこになってしまうでしょう。
「……あ、倒れる」
わたしは岩石のような肩にしがみつきます。
予想通り、バランスを崩した岩の巨人は、後ろへと大きく倒れていきます。その時に聞こえてきたのは、3体のモンスターの悲鳴でした。
「マ、マッテクレ! マダ、エイショウガ、オワッテイナイ!」
「ヤメロー! コッチニクルナーッ!」
「シ、シニタクナイッ!」
彼らは必死になって祈ったものと思います。
ですが、すでに遅すぎました。
古代の巨人兵は、モンスターたちの逃げ場を塞ぐように、盛大に倒れていきます。
そして―
「ギャ―」
「ヤメ―」
「ナムサー」
ぷっちん、とミニトマトが潰れるような音が、古代の巨人兵のお尻から聞こえてきたのでした。




