第39話「これは自分たちの物語だ。老人を慰めるためのものじゃない」
「え!?」
意外な申し出だった。
碓氷涼太という人間は、決して積極的に行動をすることなんててない。そんな彼が、自分の意思でこの場所に踏み留まるというのだ。
「碓氷君。君はハーメルンさんに勝てると思っているの?」
「……正直、わからない。だが、これは自分たちの物語であって、あの老人を慰めるためにあるのではない」
彼は着ているローブのボタンを外しながら、進むべき道へ指を差す。
「早く行くといい。彼女は君を待っている」
「……碓氷君」
先に進まないと行けない。
でも、彼と一緒に戦いたいという気持ちもある。しかしそれこそ、彼の想いに反するというもの。
「……っ」
ボクは唇を噛みながら、前を向くことを決意する。
この先にいるアーニャに会うために。
でも、その前にやることがあった。幻術師である彼女が、本気で戦えるようにするために。
「有栖っ!」
「何でしょうか?」
ボクは少しだけ溜めてから、大きな声で言った。
「もう、幼女のフリなんてしなくてもいいですから、本気で戦ってください、……神無月先輩っ!」
「っ!」
有栖は、……いや、神無月先輩はちょっとだけ驚いた様子だった。
でも、すぐにいつもの笑みを浮かべる。
「承知しました。姉さまの期待に応えてみせます!」
「お願いします!」
彼女が手を振るのを見届けて、ボクたちは先へと駆け出した。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
やれやれ、ですわ。
まさか最初からバレていたなんて。
私は小さな手を精一杯に振りながら、先へと進む彼の背中を見つめている。この世界に来たばかりのころと比べたら、まるで別人のように成長しましたね。
「まったく。可愛げがなくなってしまいましたわ」
「……」
隣の涼太が、どうしたのか、というような顔でこちらを見てくる。
「なんでもありませんわ。ただ、ちょっとだけ感傷にふけていただけですの」
それだけ言って、私、神無月有栖は自分の首元に手をあてる。そこには黒い茨のような刻印が、薄らとだけど首をぐるりと回っている。
……隷属魔法『黒薔薇の契り』。
相手の心と体を支配する隷属魔法は、この世界であっても最も忌み嫌われるものでしょう。それ故に、私は自分を戒めるために、自ら枷をつけたのです。自らの魔力や魔法と大部分を封印して、主であるユキ姉さまの許しがないと使えないようにした。その影響で体が縮んでしまい、幻術師の神無月有栖は、何もできない幼女になったのです。
「……というのは、まぁ全部、嘘なのですけどね」
えぇ、嘘ですわ。
そりゃもう、最初から最後まで全部が嘘ですの。
魔法が使えないのも嘘。
自分で解けないのも嘘。
幼女の姿になってしまったのも、ただの自分の趣味ですわ。
まぁ、たしかに。魔力を制限しているから本気では戦えませんが、皆さんに要らぬ懸案を持たせるくらいだったら、そのほうが何倍もいい。
仲間のことを裏切った女なんて、信用される価値なんてない。そう思っていましたの。
「それなのに、あなたは全てわかっていたのですね。わかっていて、私と一緒にいてくれた。信用してくれた」
ぴりっ、と指先に触れた刻印がわずかに疼く。
そして、その直後には。茨の刺青が少しずつ消えていくのがわかった。『黒薔薇の契り』を自分の手で解除する。
「……うっ」
その影響は体のにも現れた。
幼い体が急激に成長を始めて、お子様体形から魅惑の美女へと変貌を遂げていく。あぁ、どうせならこの姿を姉さまに見てもらいたかったのですが。それだけは残念です。仕方ないので、将来の夫である碓氷涼太に見てもらいましょう。
すらりと伸びた脚に、魅惑的な曲線を描く臀部。さらにその上では、小さな洋服など破れてしてしまうほどの豊満な胸。ポンッ、ポンッ、とボタンが弾け飛んで、服のすき間から溢れ出しそうになる。
「涼太!」
「……」
私の一言で、涼太は着ていた魔術師のローブを投げ渡した。
そのローブを手に取り、長い撫子色の髪をかきわけながら、胸の前でボタンをひとつだけ留める。たっぷりと布地のあったかぼちゃパンツは、短パンのように長い足をむき出しにいていて、上着はすでに服の意味をなしていません。ちょっと露出が多いかもしれませんが、こういう格好も悪くなくありません。
あぁ、自分のことながら、なんて美しい姿なのでしょう。これこそ究極の完全体である、神無月有栖の本当の姿ですわ!
「ふふふ、完璧ですわ!」
「……」
さっきから涼太の目がちょっと冷たいのは、きっと気のせいでしょう。
「どうですか、涼太! 見惚れてしまうほどの美しさでしょう!」
「……」
「ふふふ、遠慮などいりませんわ。わたしはあなたの妻になる者。さぁ、思う存分に褒めたたえるといいですわ!」
「……」
元の美しさを取り戻した私は、自信満々にポーズを決めて涼太へと手を伸ばす。
この私に微笑まれて、正気でいられる男などいないはずー
「……あれ?」
ですが、どうしたことでしょう。
涼太の顔色が芳しくありません。
なんというか、元気がないというか、ガッカリしたようにも見えます。
「涼太? どうしたのですか? そんな失意の目をして。まるで、私が元の姿にもどってしまってガッカリしているような―」
「……別に」
そっと、彼が目をそらした。
瞬間。私の頭にある閃きが思い浮かびました。
まさか。
そんな。
大人の魅力にあふれた元の姿よりも、幼い子供の姿のほうが良かったというの!?
「りょ、涼太? あなた、もしかして、ロリコ―」
「違う」
即答でした。
普段から無口な彼が即答するなんて。もはや自分で肯定しているのと同じではありませんか。
あぁ、なんということでしょう!
私の愛する夫が、お子様体形の女性が好きだったなんて! 背を高くする努力はできても、体を縮める努力はできません。なので、せめて彼が望む女に近づくしかありませんわ!
「そ、その、ごめんなさい。私、涼太の理想の女とはかけ離れていたなんて」
「……違うと言っている」
「で、でも! あなたの妻として、精一杯の努力をしますわ! 例え、涼太が幼女趣味だったしても!」
「……だから違うと―」
「さぁ、涼太! あなたの想いのたけを解き放ってください! その全てを、私が受け止めてみせましょう!」
「……」
涼太が顔をひくつかせながら、私のことを見ている。
きっと、私の想いが届いたのでしょう。
彼は近づいてきて、そっと手を伸ばしてくる。頭でも撫でてくれるのでしょうか。私の健気さに心を打たれて、幼女趣味が直ったのかもしれません! さぁ、思う存分、頭を撫でるといいですわ!
「……」
彼の手が伸びて、そこにあったものを鷲掴みにする。
むぎゅり、と音がしたような気がした。
「……え?」
何が起きているのかわからず、私は自分のことを見下ろした。
私の胸に実った、たわわな2つの果実その片方を、涼太が無表情のまま掴んでいたのです。
……簡単に言ってしまえば。
……涼太は、私の胸を揉んでいました。
「っっぅう!」
声にならない叫びをあげました。
それは、もう叫びました!
顔はボンッと赤くなってしまい、恥ずかしくて全身がカッと熱くなります! 体はカチコチに固まってしまい身動きもとれません。それでも、涼太は胸を揉むのを止めようとはしなかったのです!
「……はぁ」
涼太は無表情でした。
私という完璧な美少女の胸を揉んでおいて、表情がひとつも変わらないのですよ! しかも、どこか呆れたような溜息をついて!
「りょ、りょ、りょ~た!」
私が必死に身をよじると、彼はようやく手を放してくれました。
とてつもなく腹立たしい言葉を吐いて。
「……でかい」
は?
ハァッ!?
大きいのはダメなのですか!
大きいのは罪ですか!
女性として、小さいよりは大きいほうが良いに決まっています! 小さくては女性らしさが伝わらないでしょう! 小さくては何も包めないでしょう! 小さくては何も挟めないでしょう! 小さくては、小さくては!!
「むっ、むぅぅ~」
言いたいことは山ほどあるのですが、思うように言葉になってはくれません。
ですので、私は力いっぱい殴ってやることにしました。
もちろん、グーです。
きっとこれが、私たちの初めての夫婦喧嘩になるのでしょう。
「涼太の、涼太の、……ばぁかぁぁ~~~~っ!!」




