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第37話「その問いに、かつてヴィクトリアの内務大臣であった山羊の亜人は答える」

「どうして、ここにいるんですか? ……ハーメルンさん」


 その問いに、かつてヴィクトリアの内務大臣であった山羊の亜人は答える。手に持ったステッキを、意味深に持ち代えながら。


「愚問ですね、ユキ殿。私は別れ際に言ったではありませんか。『自分の場所』で最後を迎える、と」


 燕尾服の襟を正しながら、ハーメルンさんは静かに言った。


「ここが、私の場所です。あの子の幸せな場所を守る最後の番人。それがハーメルンという男に与えられた、最後の役割」


「あの子? ……アーニャのことですか?」


「えぇ。私はあの子のことを幼い時から見てきましたが、正しい方向へ導くことができなかった。こんな箱庭のような部屋を作って、自分はその奥で一人で閉じこもっている。……まったく。現実でもゲームの世界でも、思うようにはいかないですね」


「「っ!?」」


 その言葉に、ボクたちは驚きを隠せなかった。

 今、彼は何て言った?

 現実? ゲームの世界? なぜNPCであるハーメルンさんが、この世界が現実でないと知っているんだ!?


「……ハーメルンさん、あなたは何者なんですか?」


 反射的に腰の銃を引き抜いて、彼へと向ける。

 なぜかとてつもなく嫌な予感がした。

 そんなボクの様子を見て、ハーメルンさんは楽しむように表情を崩す。


「何者か、ですか? それは中々に難しい質問をする。まぁ、一言でいえば、私もあなた方と同じ、現実世界の人間だということですよ」


「あなたが、……ボクたちと同じ?」


「えぇ」


 そして彼は、やんわりと微笑んだ。


「ユキ殿たちがこの世界に来て、およそ一年くらいですか。時間が経つのは早い。ですが、私はね。それよりもずっと前からこの世界にいたのです。そして、あの子のことをずっと見守ってきた」


「……アーニャは、そのことを知っているんですか?」


「いいえ、気づいていません。もし、気がついていたら、私と面と向かって話すことなんてしないでしょう」


 とん、とん、と手にしたステッキで地面を叩く。


「さて、このままお喋りを続けるのも構いませんが、できれば今来た道を引き返してくれませんか? お仲間も一緒にね」


「……どういう意味です?」


「簡単なことです。私はこのまま、あの子が望む最後を迎えされてやりたいのです。できるだけ穏やかに、厳かにね」


「それって、何を言っているのかわかっているんですか?」


 銃を持つ手に、力がこもる。

 怒りや苛立ちといった感情が、あふれ出しそうだった。


「このままアーニャが、この世界と心中してもいいと言うんですか!?」


 胸に溜まった思いが、声となり叫びを上げる。

 だが、それでも目の前の老紳士が態度を変えることはなかった。


「えぇ、もちろん。私はそのために、ここのいるのですから」


 くそっ!

 感情を逆なでにされ、思わず舌打ちを漏らす。

 話にならない。

 彼が何者がはわからないが、アーニャが何をしようとしているのか知っていて放置するなんて、そんなの人として間違っている。お前はNPC以下だっ!


「もういいです! ボクたちは先に進んでアーニャに会いに行きます。もし邪魔をするなら、力づくでも押し通ります!」


「ほう、良い気迫ですね。ですが、世の中というものは気合や気迫でなんとかなるほど、優しいものではありませんよ」


 にこり、とハーメルンが笑みを浮かべる。

 ボクは何の躊躇もすることなく、銃の引鉄へと指を伸ばした。

 だが、その瞬間。

 後ろにいた有栖が悲鳴を上げた。


「姉さま! 後ろっ!」


「っ!?」


 彼女の言葉に驚き、急いで後ろを振り返った。

 そして、そこにいるものに対して、体全体が硬直するような恐怖を感じた。


 ……広場にいた住民たちが、ボクに襲いかかってきていた。


「なっ!?」


 慌てて銃口をそちらに向ける。

 だが、指先が動かない。

 まるで痺れてしまったかのように、引鉄に指が掛からないのだ。


「……くっ」


 思えば、当然のことだった。

 この世界に来てから、ずっとこの街で暮らしてきた。この広場を何度通ったかもわからない。そして、この街の住人にも親近感が湧かないはずがない。

 故に、撃てない。


「……だ、ダメ。撃てな―」


 飛びかかってくる数人の住人達。正気を失くしたかのように、その目は虚空を見つめており、手には刃物やら鈍器が握られていた。


「姉さまっ!」


 そんな彼らを止めたのは、切羽詰まった有栖の声だった。

 彼女の叫び声と同時に、飛びかかっている住民たちが空中で動きを止めている。よく見ると、有栖の背後に黒い魔法陣が展開されていて、そこから鎖のようなものが放たれている。その鎖が、住人達を縛り付けているのだ。


「……隷属魔法『投獄の拷問鎖』。姉さまの命を狙った罪は、その命で贖ってもらいます」


 彼らに手をかざしていた有栖が、その小さな手をぎゅっと握り潰す。

 その瞬間。空中に吊るされていた住人たちの体が、おかしな方向に曲がりだす。そして、耳障りな音と共に、腕と足と首がぐるりと一回転した。


「……っ」


 ボクは思わず目をそらしてしまった。

 彼らから広がる血の水溜りが、どうにも生々しい。


「姉さま、お怪我はありませんか?」


 有栖が碓氷君の腕から降りて、こちらへと歩いてくる。


「……うん、大丈夫」


「そうですか。……ですが、まだ安心できません」


「え?」


 ボクは促されるように、サンマルコ広場のほうを見た。

 そして、戦慄する。

 それまで楽しそうに笑っていた街の住民たちが、じっとこちらを向いている。先ほど襲ってきた彼らと同様、瞳に生気はなく、人形のように無表情だ。


「姉さまは下がっていてください」


 そう言って、有栖はボクと彼らの間に割って入る。

 小さな両手を目一杯に広げて。


「彼らが襲ってくるようでしたら、私が相手をします」


「で、でも有栖だけに任せなくても」


「いいえ。私が適任なのです」


 にこり、と年相応の無邪気な笑みを浮かべる。


「姉さまは優し過ぎます。彼らと戦うのに迷いが生じてしまうでしょう。ここは薄汚い心を持った私が引き受けます」


「……有栖」


 彼女は静かに笑いながら、足元に禍々しい魔法陣を展開させていく。

 じゃらり、じゃらり、と。

 錆びた鉄が擦れる音が響き渡る。


「ほほほ、美しい友情ですな」


 そんな中、それまで静観していたハーメルンが口を開く。


「ですが、この私がこの状況をいつまでも見ていると思っていますか?」


「っ!」


「まっすぐ帰るなら良し。ですが、このまま先に進む意思があるのであれば、私とここの住人たちが相手になりますよ」


 そう語るハーメルンさんを前にして。

 ボクたちは、静かに息を飲むー


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[一言] リアルの関係者だったかあ
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