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第34話「…私のことなんか、放っておけばいいのに」

 ボクとコトリは何も言えずにミクのことを見つめて。有栖と碓氷君は、興味深そうに螺旋階段から身を乗り出す。


 そして、その沈黙のなか最初に口を開いたのは。

 愛らしい幼女の姿をした、有栖だった。


「あり得ますわね。この階段の途中に『幻術魔法』で罠をかけておけば、同じ場所をぐるぐると回されていても気づけないでしょう」


 幻術魔法の専門家である『幻術師』の有栖が淡々と言う。


「まぁ、その場合は。私たちはすでに、敵の術中に嵌っているというわけですが」


「おいおい! それじゃ、どうすればいいんだよ!」


「落ち着きなさい」


 声を荒らげるミクに、有栖は静かに諭す。


「この私を誰だと思っていますの? この程度の魔法、幻術師である私が対抗できないわけがないですの」


 有栖はそう言って、隣に立つ碓氷君に屈むように指示を出す。そして、彼に肩車をしてもらいながら、じっと階段の中心にある闇を見つめる。


「……ふふっ、稚拙な」


 ふいに、有栖が笑みを浮かべる。

 小さな幼女とは思えないほど、歪んだ笑顔だった。


「……あのお姫様は、何もわかっていないのですね。幻術は人や場所を惑わせるものではなく、その世界の情報を支配することなのに。ただ一か所を覆い隠しても、その綻びは必ず浮き出てしまう」


 それまでの愛らしさなど、とうに消えていた。

 今の彼女を形容するなら、それこそ『魔女』という言葉がぴったりだ。ボクも彼女に受けた仕打ちを思い出して、ぶるりと体を震わせる。


「さぁ、そこにあるものを正体を見せなさい」


 有栖が両手をかざす。

 すると、彼女の後ろに黒い魔方陣が展開された。この薄暗い螺旋階段でも、はっきりとわかる、暗闇よりも黒く輝く円形の幾何学模様。その淵からは、何か触手のようなものが蠢いている。


「うげっ! あれって!?」


 ミクが顔を青くさせながら叫んだ。

 きっと、ボクと同じように嫌なことを思い出したのだろう。


「ふふっ、幻術魔法『黒の蔓草つるくさ』よ。その稚拙な魔法を侵食して、元ある姿を晒しなさい」


 有栖が歪な笑みを浮かべて幻術魔法を発動させる。

 その黒い魔法陣から発生した蔓のような触手は、螺旋階段の中心へと伸びていき、その先端を暗闇へ突き立てた。


 そして、その瞬間。

 遠くから、パリッと薄いガラスが割れるような音がした。


「うわっ!?」

「ちょっと、マジで!?」


 階段の暗闇が急に晴れていく。

 それまで薄暗かった空間に、どこからか光が差してくる。よく見えなかった階段の先まで、はっきりと見ることができる。


 やはり、ミクの言うとおり。ここは螺旋階段の終着点だった。果てしなく長い階段を下りた先にある地下の小部屋。ボクたちはずっと、この小部屋を壁伝いに歩いていたのだろう。


「ふふっ、なるほど。こんなところに隠していたのですね」


 有栖が不気味に笑う。

 彼女の視線には、先へと進むべき道が続いていた。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「……どうして、みんな。ここに来ちゃったんだろう?」


 サン・ジョルジョ教会の地下深く。

 螺旋階段やいくつかの広間を抜けた先にある、とても大きな礼拝堂。


 その一番奥にある教壇の前で、私は両膝を抱えていた。

 私の名前は、アーニャ・ヴィクトリア。この世界のゲームマスターで、大切な人たちを自分勝手な都合で閉じ込めていた、……最低の人間だ。


「私のことなんか、放っておけばいいのに」


 誰もいないのに、さっきから独り言が止まらない。

 以前は、違った。

 独りでいることが当たり前で、私の言葉に耳を傾けてくれる人なんていなかった。だから、ずっと自分の気持ちを口に出すことなんてなかったのに。


 ……わかっている。

 ……これは、甘えだ。


 大切な人たちと長く居すぎたせいで、知らず知らず誰かに甘えようとしているんだ。


 なんて、愚かなのだろう。

 自分の都合で、この世界に連れてきておいて、ちょっと仲良くなったからって、すぐに頼ろうとするなんて。


 恥ずかしい。

 自分が恥ずかしい。


 目を閉じて思い出すのは、彼らと過ごした日々。毎日、他愛ないことで盛り上がって、笑い合って、時にはケンカもして。そんな平凡で幸せな日常。


 お腹が空いて食べたくなるのは、彼らと一緒によく行った軽食屋のメニュー。野菜とチーズとベーコンだけを挟んだ安いサンドイッチ。今思えば、それが一番のご馳走に思えてくる。


 独りが寂しくなると、彼らと一緒にいたくなる。会話に参加しなくても、同じ部屋で、同じ空間にいられるだけで、孤独を忘れることができる。まるで、幸せを分けてもらっているようだ。


「……あー、もう、いやだ」


 私は頭を抱えたくなる。

 どうしても、彼らとの日々を思い出してしまう。

 それほどまでに、私は彼らとの時間を楽しんでしまっていた。


 ……全部。……全部、自分が悪いのに。

 ……恥ずかしい。

 ……そんな自分が恥ずかしい。


 ……死にたい。

 ……消えて無くなりたい。


「それなのに、どうして?」


 どうして。どうして、こんな私を助けようとしてくれるの?


 ふと、この教会の外や中に意識を向けてみる。

 外では、絶えず激しい戦闘が続けられている。銃弾と爆発の嵐。上空には一機のヘリコプターが大きく旋回していて、会長さんが巨大な銃を構えているのが見える。彼女が一発撃てば、空を飛ぶモンスターが一匹、地面に落ちていく。


 教会の中では、2人の男が『|王家に仇なす敵を討つ黒いカサノヴァ』と戦っている。ゲンジ社長と副会長さんだ。2人は黒い影の猛攻を凌ぎながら、わずかな隙に反撃を試みている。


 そして、その先。

 5つの人影がこちらへ向かってきている。

 有栖、碓氷君、ミク、コトリちゃん。

 ……そして、ユキ。


 大好きな人の顔が見えた瞬間、不甲斐なく私の心がザワついてしまう。押し込めていた恋心が、今にも溢れてしまいそうだ。あの人たちだったら、本当にここまでたどり着くかもしれない。


 そうしたら、……私は、どうしよう。

 彼らと一緒に、元の世界に戻る?


 ……それもいいかもしれない。

 こんなところで独りで消えるなんて、それはとても寂しいことだ。だったら、彼らの手に引かれて、現実の世界に帰ってしまおうか。そして、彼らと一緒に普通の高校生活を楽しむのだ。


「……ふっ、ふふっ」


 想像しただけで、笑みが零れてしまう。

 毎朝、ユキのことを起こしにいって、朝ごはんを食べたら一緒に学校に行って、休み時間はミクやコトリちゃんと楽しくお喋りをして、放課後はみんなと一緒に遊びに行く。あー、そんな毎日だったら、どんなに幸せなんだろう。


 日が暮れるまで遊んだら、ちょっと名残惜しいけど家に帰る。電話してもいいかな、とか考えたりして。


 ……でも。

 ……そこまで考えた瞬間。過去の記憶が、強烈なフラッシュバックとともに蘇ってきた。


『なぜだ! なんで部屋から出てこない!』

『あなたが引きこもっているせいで、私まで笑いものなのよ!』

『学校にすら行けないなんて、みっともない! 恥を知れ!』

『また噂になっているわ! お願いだから、私のために学校に行ってちょうだい!』


 瞬間。体が凍り付く。

 抱えていた両膝が震えだして、恐怖で心が竦んでしまう。


 ……ダメだ。

 ……無理だ。

 ……あんな世界で生きていけるわけがない。あの2人がいる限り、現実の世界で生きていくなんて。そんなことできるわけがない。


「……ユキ、みんな。……お願いだから、ここまで来ないで」


 震える手で、両膝を強く抱きしめる。

 やっぱり、ここが私の最後の場所みたいだ。


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[一言] 悲痛な叫び
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