第33話「矛と盾」
『矛盾』という言葉の由来を知っているか?
古くは故事成語。どんなものでも突き通す『矛』と、どんなものでも防ぐ『盾』を売っていた男に。その『矛』で『盾』を突いたらどうなるのか、という辻褄が合わなくなる話だ。
つまり最強の矛と、最強の盾は同時には存在しない。
だが、その話を聞いた時。我は思ったのだ。真の最強とは。その世界一の矛と、世界一の盾を持った人物ではないのか、とな。
……無数の斬撃が襲ってくる。
黒い人型の影から放たれた鎌が、我らに対して攻撃を仕掛けてくる。ひとつを防げば二本が、二本を剣で弾けば三本が。剣を交えれば交えるほど、その勢いが増していく。もはや、その黒い影から何本の鎌が出ているのか、わからないほどだった。
「源次郎っ!」
「うむっ!」
だが、それらを全てひっくるめて。
十人委員会の最強の『盾』、小泉誠士郎は2振りの剣で黒い影からの攻撃を防ぐ。
そして、そのわずかな隙を見出しては、我が渾身の一撃を入れた。
我はゲンジ。
十人委員会の最強の『矛』だ。
「……ッ!」
黒い影が再び、悲鳴のような音を出す。
ベルセルクの一撃により、その肩口からバッサリを斬り伏せられた。だが、手ごたえはない。まるで霧や霞を斬っているようだ。明らかにダメージが入っていない。べちゃりと黒い影は形を崩したと思ったら、すぐに元の人型へと戻る。
そして、何事もなかったかのように佇むのだ。
「くそ、本当に不死身なのだな」
「そんなこと、最初から分かっていたでしょう」
我の小言に、誠士郎が冷静に答える。
「ですが、少しだけわかってきました。あの黒い影は、なんというか自動迎撃するだけのシステムみたいなものですね」
「というと?」
「こちらが近づかない限りは、攻撃をしてきません。あれの鎌みたいな攻撃も、こちらが剣で受けない限りは、その数も増えないようです」
「……つまり、何もせず距離をとっておくことが一番いいと?」
「そうなりますね」
現在、あの影との距離は50メートルほど。
先ほどの戦闘で体感したことだが、あと数歩進めば、奴の攻撃範囲に入るはずだ。
「しかし、それでは奴を倒すことはできんぞ」
「えぇ。なので、とりあえず今は距離を詰めずに、あれの情報を少しずつ集めて―」
誠士郎が眼鏡に手をあてて説明をしている。
まさに、その時だ。
……突然、黒い影が身震いを始めた。
「っ!?」
「来るぞ!」
我は慌てて大剣を構える。
奴が身震いをするときは、何かしらの攻撃をしかけてくる時だ。距離が離れているとはいえ、安心などできない。
そして、その直感は正しかった。
黒い影が震えながら、意味不明な音を出した、次の瞬間。
……その体内から、無数の腕のようなものが生まれたのだ。
「うわ、キモッ」
誠士郎が思わず呟く。
その生理的な嫌悪感がある無数の腕は、やがて何を探すかのように辺りを彷徨わせると、……突如として、その腕が四方八方に飛び出してきた。それは、まさに黒い槍だった。
「うおっ!?」
「ちっ!」
その槍の攻撃に、最初は回避していたが。やがて逃げる場所がなくなり、我と誠士郎は同時に、その腕を切り落とした。
やはり、手ごたえはない。
切られた影の手も、何事もなかったように近くの影へと吸収されていく。
そして、そうやって防御をとるために剣を振るったことで。
黒い影は、敵を認識したように。こちらへと猛スピードで迫ってきていた。
「やれやれ、どうやら。のんびりとはさせてくれないようですね」
「そのようだな」
我は答えながら。大剣ベルセルクを握りしめる。
近づけば鎌による迎撃。遠くにいれば長い腕による索敵。どこにいても奴からの攻撃からは逃げられない。そして、何より奴には『破壊不可』の特性がある。
「なるほど。これは強敵だ」
小さく呟いて、床を滑るように移動する影に狙いを定める。
そして、地面を強く蹴りだして、鈍色に輝くベルセルクを振り下ろした。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「それにしても、長い階段だな」
ミクが気だるそうに言った。
ゲンジ先輩と誠士郎先輩と別れてから、ボクたちはひたすら真っ直ぐに進んできた。それまでと同じ石造りの細い道。辺りは薄暗く、視界も悪い。こんなときにモンスターにでも襲われたら、ひとたまりもない。
だが、幸いにもモンスターの影はない。
それもこれも、天羽会長やゲンジ先輩、誠士郎先輩のおかげだった。
「……先輩たち、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃない? 何だかんだいって、あの人たち超強いし」
ボクの心配事を、ミクは肩をすくめながら答える。
「それよりも、この階段だよ。いったいどこまで続いているんだ?」
はぁ、とげんなりしたように溜息をつく。
それはボクも同じ気持ちだった。石造りの細い道を抜けた先にあったのは、巨大な螺旋階段だった。あまりの大きさに、向かい側の階段が霞んで見せるほどだ。
「あれから随分と降りてきたけど、まだ一番下に到着しないのかよ」
ミクが額の汗をぬぐいながら、今まで来た道を振り返ってみる。天井があると思われる場所には、ぽっかりと闇が巣食っている。螺旋階段を下り始めて、かなりの距離を進んだはず。実際の距離はわからないけど、もう海底に辿りついてもいいくらいだ。
……あと、どれくらいなのかな?
ボクは独り呟いて、腰のベルトから予備のマガジンを取り出した。そこから銃弾をひとつ引き抜いて、螺旋階段の中心にある暗闇へと投げてみた。放物線を描いて投げられた銃弾は、真っ直ぐに下に落ちていって、やがて見えなくなる。
「コトリ、何か聞こえた?」
ボクは仲間の中で一番、耳の良いコトリに訊いた。
コトリは狐人族特有の狐耳をぴくぴくと動かして、ほんの小さな音を拾おうとする。だが、しばらくして彼女は首を横に振った。
「ん。何にも聞こえない」
「そっか」
「はぁ。……っていうか、コレってさ。ずっと同じところを歩かされてたりしないよね?」
「「っ!?」」
ミクの言葉に、ここにいる仲間全員が驚いたように固まった―




