第29話「そして始まる。最後の攻略戦。…サン・ジョルジョ・マジョーレ教会へ」
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「おいおい、予定と違うじゃないか」
天羽会長が呆れたように口を開いた。
早朝。まだ空に夜の名残が残っている時間。空気は冷たく、肌を切るような風が吹いている。ボクたちはサン・ジョルジョ教会の前に立って、周囲を見渡している。
そして、その光景に唖然としていた。
ギャァァッ!
グワッ、グワッ!
ヴィクトリアのあちこちからモンスターの鳴き声が聞こえてくる。それもそのはずだ。今やこの国は、大量のモンスターによって囲まれていた。
街にはゴブリンやワイルドウルフ、海には半魚人やクラーケン。そして、空には巨大なドラゴンが飛翔している。
「……ねぇ、会長。聞きたいことがあるんだけど?」
「ん? なんだ、ユキ?」
「モンスターの大群がここにくるまで、あと数日の猶予があるんじゃなかったっけ?」
「あぁ、予定ではな。だから私も驚いている」
ぼりぼりと頭をかきながら、教会の陸地に上がってこようとする半魚人を蹴り飛ばす。
「正直、これは想定外だ。こんなにも早くモンスターたちが来るなんてな」
「……で、どうするのさ?」
ミクが問う。
「こいつらを無視して、このサン・ジョルジョ教会に入ってもいいの?」
「いや、それは得策ではない。このままだと、教会内にもモンスターの大群が雪崩れ込んでくるぞ。この数だ。あっという間に押しつぶされてしまうぞ」
「じゃあ、どうするのさ?」
ミクの言葉に、会長は少し考えてから言った。
「やはり、誰かが残って、こいつらの相手をするしかないだろう。……問題は、誰が残るかということだが」
会長は黙って、メンバーを見渡す。
『十人委員会』はひとりひとりが一騎当千の猛者である。ただのモンスターに後れを取るものなどいない。
だが、それぞれに得意分野が違う。
ゲンジ先輩や誠士郎先輩みたいに一対一が得意な人もいれば、ミクやコトリのように大多数との戦闘が得意な人もいる。そのなかでも、これだけの大群を相手に、かつ前線を維持できる圧倒的な火力を持つ人は―
「はぁ。やっぱり、私しかいないよな」
会長は諦めたように溜息をついた。
天羽会長の固有スキル『私物化した軍隊』は、たった一人で、ひとつの軍隊を指揮するようなもの。完全なる対軍スキル。このような魔物の群れを相手にするには、うってつけのスキルだった。
「……すみません、会長」
「なぁに、謝る必要はないさ」
そう言って、体を大きく伸ばした。迷彩柄のジャンバーが、朝日に彩られていく。
「それにな。この先の戦いは室内戦になりそうだし。私の最大火力を披露するタイミングはないだろう。だったら、せめてこいつらで羽目を外させてもらうさ」
会長は腰につけたトランシーバーを手に取って、『私物化した軍隊』を発動。様々な指示を出していく。
そして、命令を言い終わると、くるりとこちらを向いた。
「まぁ、なんだ。しっかり尻を押さえておいてやるから、お前らは真っ直ぐ前だけ見ていればいいさ。ゴブリン一匹たりとも、ここを通したりはしないから」
ガサッ、と肩に背負ったバズーカ砲を構えてみせる。そして、ボクらに向けて、ニカッと笑った。
「なぁ、今。ちょっと格好良くなかったか?」
「ははっ、自分で言いますかー?」
「むー、なんだよ。そのおざなりな答えは」
むすっ、と不機嫌な会長を見て、メンバーたちを一斉に笑った。
雲の上にある青空のような笑い声だった。
「……じゃあ、なんか場も和んだことだし、いつもの号令をお願いしようかな」
「うん」
会長に促されて、ボクはしっかりと答えた。
大規模戦闘の前や、強敵と立ち向かうとき。ボクらはいつもこうやって、号令を掛け合っていた。
でも、それもこれで最後だ。
最後の決戦に赴くために。
「……」
ボクはもう一度、メンバーの顔を見ていった。
天羽会長。
ゲンジ先輩。
誠士郎先輩。
有栖先輩。
碓氷涼太君。
コトリ。
ミク。
そして、ボク。
誰ひとりが欠けても、この先の戦いは厳しいものになる。だからこそ、ボクらは結束しなくてはいけない。
勝つために。
アーニャが作ってくれた夢のような時間を、終わらせるために。
「……」
ボクは口を開くが、うまく言葉にならない。
話す内容が思いつかないんじゃない。何も話す必要がないんじゃないかと、そう思うのだ。だって、ボクたちは最初から。たったひとつの目的のために、ここに立っているんだから。
「……勝とう」
ボクは静かに言った。
「この先に何があるかはわからない。だけど、きっとアーニャは抵抗してくるはずだ。そんな彼女を、……一発、思いっきり殴り飛ばしてやる。現実から逃げているその頭を、力づくにでも覚まさせてやる。……だから」
ボクは拳を作って、皆へと突き出した。
「勝とう」
たった一つだけ出された拳。
だけど、瞬く間にメンバー全員の拳と付き合わされていく。
……言葉はなかった。
……必要なかった。そんなこと彼らの顔を見れば、一目瞭然だった。
「じゃあ、行ってこい」
最初に動いたのは、天羽会長だった。
サンジョルジョ大聖堂の前に立って、バズーカ砲を携えて立ちはだかる。その姿はまさに、守護神と呼ぶに相応しかった。
「……行こう」
「……えぇ」
ひとり。
また、ひとり。
教会の中へと入っていく。
最後にボクが向かおうとすると、会長が背中越しに声を掛けてきた。
「なぁ、ユキ。ひとつお願いをしてもいいか?」
「何ですか?」
「……その背負っている重そうなバック。中に入っているのは、対戦車ライフルの『魔銃・ヘル』だな」
「はい、そうです」
ボクは背中のバックに手を当てながら答える。
「そいつを、貸してはくれないか?」
「え?」
意外な言葉だった。
会長がボクの銃を使うことなんて、今まで一度もなかった。
「……いいですよ。でも、この銃は扱いの難しい問題児ですよ?」
「構わない。むしろ、その一撃が欲しんだ。上空のドラゴンを一発で撃ち抜く、その銃の性能がな」
それ以上は、何も言わなかった。
ボクも何も言わない。黙ってバックを下ろして、『魔銃・ヘル』を手早く組み立てていく。
「予備の銃弾は、バックの中に入っていますよ」
「あぁ、助かる」
「……えーと、それにですね」
どうしようかと、ちょっとだけ悩んだけど、思い切って会長に託すことにした。
「この銃も使ってください。姉さんが使っていたものです」
「優奈が?」
驚いたように、こちらを振り向く。
「はい。ボクは持っていても、使いこなせるわけではありませんから。会長に使ってもらいたいんです」
「そうか」
会長はこっちに歩いてきて『魔銃・ヘル』と、姉さんの使っていた2つの銃を手に取る。セミオート式のスナイパーライフルと地獄の番犬のようなガトリング銃だ。
「……重いな」
目を細めながら口を開く。
対戦車ライフルを抱えて立つ天羽会長の姿は、本当に恰好良かった。
「じゃ、会長。……またあとで」
「あぁ」
返事があったことを確認して、ボクは踵を返す。
そのまま教会の扉に手を当てて、ゆっくりと開けていく。
……背中は、任せました。




