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第28話「終わる世界と、現実世界の2人」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 アドリア海に夕日が沈んでいく。


 この光景を、今まで何度見てきただろう。

 この風景を、あと何回見られるのだろう。

 冬の薄い雲の隙間から、細い光となって西を海を照らしている。とても幻想的で、涙が出るほど美しい。


「外にいると、体が冷えるよ」


 その声に振り返ると、ミクがこちらへ向かって手を上げる。


「どうした? 夕陽なんか見て黄昏ちゃってさ」


「そうだね」


 ボクは曖昧に堪えながら、そっと目を細める。


「……もうすぐ、終わっちゃうんだなって。そんなこと考えてた」


「終わる? この世界のこと?」


「ボクたちの冒険が、だよ」


 くすり、とわずかに笑みを浮かべる。


「……この世界に来てから、本当にいろんなことがあったから。それをひとつひとつ思い出していたら、妙にしんみりしちゃって」


「ふぅん」


「ミクはそんなことない?」


「あたし? うーん、あんまりないかな」


 ミクは頭を掻きながら答える。


「でも、大人になって。10年、20年経って。今日のことを思い出すことはあると思う。本当に夢のように時間を過ごしてきたんだなぁ、ってさ」


「……そうだね」


 ボクはそっと、視線を南のほうへ移す。

 この場所からでも、海に浮かぶ白い教会がちらりと見える。


 サン・ジョルジョ大聖堂。

 白亜の貴婦人、と呼ばれるほどに美しく、その全てが大理石で作られた教会。あの場所に、彼女がいる。


「……アーニャ」


「心配?」


「うん。ちょっとね」


「そうか」


 ミクは複雑そうな顔を見せる。

 だが、すぐにいつもの陽気な態度になった。


「まっ、あいつなら大丈夫でしょう。それよりも、早く中に入ろうよ。やっぱり外は寒いな」


「うん」


 ボクたちは夕陽に背を向けて、大きな倉庫へと入っていく。




「状況はあまり良くないな」


 天羽会長は開口一番に言った。

 倉庫の中にある戦車にあぐらをかいて、面倒そうに肘を立てている。


「前にも言った黒い領域が、すぐそこにまで迫ってきている。そのせいで、多くのモンスターがこの街を目指してるみたいだ」


「……そんな」


「数はどれくらいですか?」


「わからん。とりあえず、数えきれないほどだ」


 仲間たちの質問に、会長は手をひらひらさせながら答える。


 ヴィクトリア本島に西側。

 倉庫群がひしめくこの場所に、天羽会長の住まいがある。まるで格納庫のような巨大な倉庫には、巨大な重戦車や、完全武装した戦闘ヘリが鎮座している。


 そこに『十人委員会』のメンバー全員が住み込むようしていた。この終焉を迎えつつある世界で、どのような異常事態があるかわからないからだ。男子は床にザコ寝。女子は会長の寝室に。ボクはといえば、……ヒミツだ。


「あまり時間は残されていない。もたもたしていたら、この街にモンスターがなだれ込むぞ」


「そっか」


 ボクは少し考えてから、他のメンバーを見渡す。


「誰か、まだ準備ができていない人はいる?」


「大丈夫だろう」


「えぇ、問題ありませんわ」


 ひとりずつ確認していくが、待ってほしいという声はなかった。

 皆、準備は万全だ。


「……ユキは大丈夫なのか?」


「うん。準備はできている」


 そういって、ちらりと倉庫の隅を見る。

 ボクが使う武器や銃弾は、全てそろえてある。対戦車ライフルである『魔銃・ヘル』も、組み立てればすぐに撃つことができるはずだ。


「……決まりだな」


 会長が言う。


「明日、アーニャのいるサン・ジョルジョ大聖堂へ殴り込みにいくぞ。それでいいな、ユキ?」


「もちろんだよ」


 ボクは頷きながら、メンバーを順番に見ていく。

 天羽会長、ゲンジ先輩、有栖、ミク、コトリ、碓氷君、誠士郎先輩。仲間が2人も欠けているけど、これが今の最強パーティだ。


「明日、最後の決戦に向かうとする。皆、残った時間は体を休めて、明日に備えてほしい」


 おう、と静かに、そして力強く答えてくれる。

 きっと明日は、凄まじい戦いになるに違いない。

 ……こんな時に、親友のジンがいれば、すごく頼りになるのだけど。


「そういえば、ジンや快司君はどうしているのだろうか?」


 ボクは元の世界にいる2人のことを考えていた。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



 ところ変わって、現実世界。

 目の前にそびえる灰色のビル群を、陣ノ内暁人こと、ジンは不機嫌そうに見ていた。

 半年間。ゲームの世界に閉じ込められていた間は、現実世界の体は寝たきりの状態だった。そのため、目を覚ましてもすぐに退院することができず、地道なリハビリが続いた。


 そして、ようやく普段の日常生活に戻ることができた。


「っうても、何にもやることがないんだよなぁ」


 ジンは呟きながら、窓から視線を外す。

 そして、病室の中にあるベッドを静かに見下ろした。そこには顔なじみの旧友が静かに寝息を立てている。元々、女みたいな顔だったが、寝たきりで髪が伸びたせいで、余計に女子のように見える。


「なぁ、ユキ。お前は向こうで頑張っているんだろう?」


 返事はない。

 ジンはこうやって、仲間たちの見舞いに行くのが日課になっていた。とくに、親友のユキや、心から愛している女の子のところへは、毎日のように通っている。しかし、まだ目を覚ます気配はない。


「……ちっ。待っているだけってのは、結構しんどいぜ」


 ジンが苛立ちながら舌打ちをする。

 彼が目を覚ましてから、いろんなことがあった。休学扱いになっている学校の先生との話、ゲームの運営している会社のお偉いさんとの面会、地元の新聞社からの取材なんてものもあった。


 だが、その全てにジンは興味を示さなかった。

 彼の願いは、ただひとつ。

 仲間たちが無事に生還できるか、ただそれだけだった。


「くそ。何かできることはないのかよ」


 自分の不甲斐なさに腹が立つ。

 現実世界に戻されて、その全ての真実を説明されたって、ここからでは何もできない。今も仲間たちは戦っている。奴らのことだ。現実世界に戻る方法がわかったからといって、素直に帰ってくることはないだろう。


 それに、アーニャの件もある。

 あの少女を救えないと、最後にはユキが苦しむことになる。後悔や自責の念に駆られる親友の姿を見たくはない。


「……頼むから選択をミスらないでくれよ」


 自分が手を出せないこの状況に苛立っている。

 まさにそんな時だ。

 この病室に、ひとりの男が入ってきた。


「いやー、ジン先輩。ここにいたんですね」


「快司か」


 ジンが岩崎快司の姿を見ながら言う。


「どうッスか、体の調子は?」


「まだ、どこか鈍っているような気がするな」


「ははっ、それはそうッスね。ずっと寝たきりでしたらか。ちなみにオレっちも、体じゅうがバキバキですよ」


 快司はいつものように、にこやかな笑顔を浮かべている。

 そして、その表情を保ったまま。

 唐突に言い放つのだった。


「じゃあ、ジン先輩。行きましょう」


「……は?」


 前置きもなく、説明もない。

 そんな快司の言葉に、ジンは困惑している。


「行くって、どこに行くんだよ」


「ははは、ジン先輩はおもしろい冗談を言いますね。まさか、オレっちが一緒にメシを食いにいこうと言っていると思いますか?」


 にやり、と快司が笑う。

 その笑みは、子供が悪戯をするときのように、純粋なものだった。


「このまま、こっちで燻っているつもりッスか? ユキ先輩や仲間たちを助けに行きたくはないんですか?」


「っ!?」


 ジンは驚いて目を見開く。


「向こうの世界に行けるのか!?」


「えぇ。ですが、こちらからはアプローチはできません。ユキ先輩たちが、向こうから出入口を作ってくれないと」


 快司は静かに説明する。


「あの世界は、陽炎や蜃気楼のようなもの。こちらからは近づくことはできません。……ですが、向こう側から近づいてくるなら話は別です。ユキ先輩たちに出入口を作ってもらって、その瞬間に自分たちが飛び込む」


「そんなことができるのか?」


「普通は無理です。なので、普通ではない方法をとることにします」


 そう言って、快司はジンを病室の外へと促した。


「最初に言っておきますが、何が起きても保証はしないッスよ。二度と目を覚まさなくなっても、オレっちを恨まないでくださいね」


「……お前はどうするんだ?」


「オレっち? もちろん、行くに決まっているじゃないッスか。今回のことはいろいろと責任を感じているし。何より、向こうの世界で話をしなくちゃいけない人もいる。……まったく、企業戦士(サラリーマン)は辛いものですよ」


 快司はおどけたように肩を竦める。

 その最後の言葉を、ジンは無視をした。


「で、ジン先輩はどうするッスか?」


「……行くにきまっているだろう」


 ジンは迷うことなく一歩を踏み出した。

 当たり前だ。

 仲間を助けるチャンスがあるなら、手をこまねいている暇などない。


 待っていろ、ユキ。

 すぐに行くからな。

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