第28話「終わる世界と、現実世界の2人」
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アドリア海に夕日が沈んでいく。
この光景を、今まで何度見てきただろう。
この風景を、あと何回見られるのだろう。
冬の薄い雲の隙間から、細い光となって西を海を照らしている。とても幻想的で、涙が出るほど美しい。
「外にいると、体が冷えるよ」
その声に振り返ると、ミクがこちらへ向かって手を上げる。
「どうした? 夕陽なんか見て黄昏ちゃってさ」
「そうだね」
ボクは曖昧に堪えながら、そっと目を細める。
「……もうすぐ、終わっちゃうんだなって。そんなこと考えてた」
「終わる? この世界のこと?」
「ボクたちの冒険が、だよ」
くすり、とわずかに笑みを浮かべる。
「……この世界に来てから、本当にいろんなことがあったから。それをひとつひとつ思い出していたら、妙にしんみりしちゃって」
「ふぅん」
「ミクはそんなことない?」
「あたし? うーん、あんまりないかな」
ミクは頭を掻きながら答える。
「でも、大人になって。10年、20年経って。今日のことを思い出すことはあると思う。本当に夢のように時間を過ごしてきたんだなぁ、ってさ」
「……そうだね」
ボクはそっと、視線を南のほうへ移す。
この場所からでも、海に浮かぶ白い教会がちらりと見える。
サン・ジョルジョ大聖堂。
白亜の貴婦人、と呼ばれるほどに美しく、その全てが大理石で作られた教会。あの場所に、彼女がいる。
「……アーニャ」
「心配?」
「うん。ちょっとね」
「そうか」
ミクは複雑そうな顔を見せる。
だが、すぐにいつもの陽気な態度になった。
「まっ、あいつなら大丈夫でしょう。それよりも、早く中に入ろうよ。やっぱり外は寒いな」
「うん」
ボクたちは夕陽に背を向けて、大きな倉庫へと入っていく。
「状況はあまり良くないな」
天羽会長は開口一番に言った。
倉庫の中にある戦車にあぐらをかいて、面倒そうに肘を立てている。
「前にも言った黒い領域が、すぐそこにまで迫ってきている。そのせいで、多くのモンスターがこの街を目指してるみたいだ」
「……そんな」
「数はどれくらいですか?」
「わからん。とりあえず、数えきれないほどだ」
仲間たちの質問に、会長は手をひらひらさせながら答える。
ヴィクトリア本島に西側。
倉庫群がひしめくこの場所に、天羽会長の住まいがある。まるで格納庫のような巨大な倉庫には、巨大な重戦車や、完全武装した戦闘ヘリが鎮座している。
そこに『十人委員会』のメンバー全員が住み込むようしていた。この終焉を迎えつつある世界で、どのような異常事態があるかわからないからだ。男子は床にザコ寝。女子は会長の寝室に。ボクはといえば、……ヒミツだ。
「あまり時間は残されていない。もたもたしていたら、この街にモンスターがなだれ込むぞ」
「そっか」
ボクは少し考えてから、他のメンバーを見渡す。
「誰か、まだ準備ができていない人はいる?」
「大丈夫だろう」
「えぇ、問題ありませんわ」
ひとりずつ確認していくが、待ってほしいという声はなかった。
皆、準備は万全だ。
「……ユキは大丈夫なのか?」
「うん。準備はできている」
そういって、ちらりと倉庫の隅を見る。
ボクが使う武器や銃弾は、全てそろえてある。対戦車ライフルである『魔銃・ヘル』も、組み立てればすぐに撃つことができるはずだ。
「……決まりだな」
会長が言う。
「明日、アーニャのいるサン・ジョルジョ大聖堂へ殴り込みにいくぞ。それでいいな、ユキ?」
「もちろんだよ」
ボクは頷きながら、メンバーを順番に見ていく。
天羽会長、ゲンジ先輩、有栖、ミク、コトリ、碓氷君、誠士郎先輩。仲間が2人も欠けているけど、これが今の最強パーティだ。
「明日、最後の決戦に向かうとする。皆、残った時間は体を休めて、明日に備えてほしい」
おう、と静かに、そして力強く答えてくれる。
きっと明日は、凄まじい戦いになるに違いない。
……こんな時に、親友のジンがいれば、すごく頼りになるのだけど。
「そういえば、ジンや快司君はどうしているのだろうか?」
ボクは元の世界にいる2人のことを考えていた。
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ところ変わって、現実世界。
目の前にそびえる灰色のビル群を、陣ノ内暁人こと、ジンは不機嫌そうに見ていた。
半年間。ゲームの世界に閉じ込められていた間は、現実世界の体は寝たきりの状態だった。そのため、目を覚ましてもすぐに退院することができず、地道なリハビリが続いた。
そして、ようやく普段の日常生活に戻ることができた。
「っうても、何にもやることがないんだよなぁ」
ジンは呟きながら、窓から視線を外す。
そして、病室の中にあるベッドを静かに見下ろした。そこには顔なじみの旧友が静かに寝息を立てている。元々、女みたいな顔だったが、寝たきりで髪が伸びたせいで、余計に女子のように見える。
「なぁ、ユキ。お前は向こうで頑張っているんだろう?」
返事はない。
ジンはこうやって、仲間たちの見舞いに行くのが日課になっていた。とくに、親友のユキや、心から愛している女の子のところへは、毎日のように通っている。しかし、まだ目を覚ます気配はない。
「……ちっ。待っているだけってのは、結構しんどいぜ」
ジンが苛立ちながら舌打ちをする。
彼が目を覚ましてから、いろんなことがあった。休学扱いになっている学校の先生との話、ゲームの運営している会社のお偉いさんとの面会、地元の新聞社からの取材なんてものもあった。
だが、その全てにジンは興味を示さなかった。
彼の願いは、ただひとつ。
仲間たちが無事に生還できるか、ただそれだけだった。
「くそ。何かできることはないのかよ」
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
現実世界に戻されて、その全ての真実を説明されたって、ここからでは何もできない。今も仲間たちは戦っている。奴らのことだ。現実世界に戻る方法がわかったからといって、素直に帰ってくることはないだろう。
それに、アーニャの件もある。
あの少女を救えないと、最後にはユキが苦しむことになる。後悔や自責の念に駆られる親友の姿を見たくはない。
「……頼むから選択をミスらないでくれよ」
自分が手を出せないこの状況に苛立っている。
まさにそんな時だ。
この病室に、ひとりの男が入ってきた。
「いやー、ジン先輩。ここにいたんですね」
「快司か」
ジンが岩崎快司の姿を見ながら言う。
「どうッスか、体の調子は?」
「まだ、どこか鈍っているような気がするな」
「ははっ、それはそうッスね。ずっと寝たきりでしたらか。ちなみにオレっちも、体じゅうがバキバキですよ」
快司はいつものように、にこやかな笑顔を浮かべている。
そして、その表情を保ったまま。
唐突に言い放つのだった。
「じゃあ、ジン先輩。行きましょう」
「……は?」
前置きもなく、説明もない。
そんな快司の言葉に、ジンは困惑している。
「行くって、どこに行くんだよ」
「ははは、ジン先輩はおもしろい冗談を言いますね。まさか、オレっちが一緒にメシを食いにいこうと言っていると思いますか?」
にやり、と快司が笑う。
その笑みは、子供が悪戯をするときのように、純粋なものだった。
「このまま、こっちで燻っているつもりッスか? ユキ先輩や仲間たちを助けに行きたくはないんですか?」
「っ!?」
ジンは驚いて目を見開く。
「向こうの世界に行けるのか!?」
「えぇ。ですが、こちらからはアプローチはできません。ユキ先輩たちが、向こうから出入口を作ってくれないと」
快司は静かに説明する。
「あの世界は、陽炎や蜃気楼のようなもの。こちらからは近づくことはできません。……ですが、向こう側から近づいてくるなら話は別です。ユキ先輩たちに出入口を作ってもらって、その瞬間に自分たちが飛び込む」
「そんなことができるのか?」
「普通は無理です。なので、普通ではない方法をとることにします」
そう言って、快司はジンを病室の外へと促した。
「最初に言っておきますが、何が起きても保証はしないッスよ。二度と目を覚まさなくなっても、オレっちを恨まないでくださいね」
「……お前はどうするんだ?」
「オレっち? もちろん、行くに決まっているじゃないッスか。今回のことはいろいろと責任を感じているし。何より、向こうの世界で話をしなくちゃいけない人もいる。……まったく、企業戦士は辛いものですよ」
快司はおどけたように肩を竦める。
その最後の言葉を、ジンは無視をした。
「で、ジン先輩はどうするッスか?」
「……行くにきまっているだろう」
ジンは迷うことなく一歩を踏み出した。
当たり前だ。
仲間を助けるチャンスがあるなら、手をこまねいている暇などない。
待っていろ、ユキ。
すぐに行くからな。




