第25話「コトリと肉じゃが⑤」
「あー、この肉じゃが、豚肉を使っているのか。私は牛肉派なんだよなぁ」
伸ばしかけていた手を止めて、申し訳なさそうに箸を置いたのだ。
「悪いな。私はいいから、誰か食べてやってくれ」
にこり、と笑いがながら会長は肉じゃがをミクへと返す。
それと同時に、ゲンジ先輩と誠士郎先輩が悔しそうに舌打ちをした。
「……ちっ!」
「……もうちょっとだったのに!」
その目は、絶望に打ちひしがれながらも、まだ諦めていない執念が垣間見える。
……どうすれば。……どうすれば会長に、あの肉じゃがを食わせることができるのか?
彼らの視線はそう語っていた。
「あ、あの、会長!」
今まで黙っていた有栖が慌てたように口を開く。
「私も先ほど頂きましたが、その肉じゃがは本当に美味しいのです。まるで、天にも昇る味でした。是非とも、会長にも食べていただきたいのです」
有栖は小さな体をぴょんぴょんと跳ねながら、体全体で美味しさを表現しようとしている。
……ナイスだ!
これで会長も無下には断れないだろう。
ボクたちの目にも勝機が見えた。
だが―
「あー、本当に悪い。豚肉はどうも苦手なんだ」
「ど、どうしてですか!?」
「実は、小さい頃に豚肉でじんましんができてさ。普通に食べるなら問題ないんだが、あまり口にしたくなくてな」
ぼりぼりと会長が頭をかく。
「本当なら無理をしてでも食べたいんだがな。こればっかりはどうしようもない。悪いな」
ははは、と笑う会長を、ボクたちは血走った目で見つめる。
……くそっ! いいから食えよ。
……ちっ! 絶対に食べてもらいますから。
ぼそりぼそりと呟いては、次の手を考え続ける。
そして、そんな次の手を放ったのは。意外なことに、滅多に喋らない碓氷君だった。
「……会長。あなたはそれを食べるべきだ」
「おぉ、碓氷か。随分と久しぶりにお前の声を聞いたな」
「……会長。あなたの仲間を想う気持ちはそんなものですか。自分たちは会長に命すら預けることができます。それなのに、あなたは仲間の作った肉じゃがが食べられないと?」
ギンッ、と瞳孔が開いているような目で見つめる。
もはや脅迫のような言い方だが、手段を選んでいる状況ではない。ボクたちは固唾をのんで行く末を見守る。
「あ、あぁ。……そうだな。碓氷の言う通りだ」
碓氷君の言葉を受けて、会長はしゅんと肩を落とす。
「お前たちは私を信じてくれている。それなのに、私がお前たちを信じられなくてどうするか!?」
……そうですよ!
……ボクたちは会長が肉じゃがを食べることを信じています!
「小鳥遊が作ってくれた、この肉じゃがだ! ありがたくいただくとしよう!」
そして、とうとう。
会長の箸が肉じゃがへと到達した。
「いただきます」
……ふふっ、勝ったな。
にやり、とボクたちはこぞって含み笑いを浮かべる。会長が苦しむ姿が早く見たくて仕方ない。
「……おや?」
だが、運命の女神は。
天羽会長へと微笑むのだった。
「おい、小鳥遊。この肉じゃが、髪の毛が入っているぞ」
「っ!」
「なん、だと!」
ボクたちは一斉に肉じゃがのほうを見る。
確かに、水色の長い髪の毛が、皿の中に入っている。
「あー、えーと」
会長が迷ったような表情を浮かべた。
まずい!
このままだと、会長が肉じゃがを食べるのを止めてしまうかもしれない。ボクは焦りながら、どうしたら会長がこのまま箸を進めるのか考える。だが、何も思いつかない。
くそ、これまでか。
……だが、そこに。一筋の光明が差し込んだ。
「ぐすん」
誰かが泣く声がした。
「ご、ごめんなさい。わたしが作ったから、その髪の毛は、……ひっく。わ、わたしのなの!」
コトリが両手で顔を覆いながら泣き出してしまった。
いや、違う!
これは絶対に嘘泣きだ!
絶対冷血少女たるコトリが、こんなことで泣くわけがない。だってこの娘は、自分の作った料理が原因で食中毒を起こしても、まったく自分が悪いとは思わないんだから!
「でもね! がんばって作ったの! まだまだ下手だけど、それでもがんばったんだよ!」
呆れるほどの演技力。
ボクたちはその嘘泣きに顔を引きつかせているが、会長はそうではない。
元々が良い人である天羽会長は、仲間が泣いている状況など耐えられるはずがないのだ。
「だ、大丈夫! 髪の毛くらい、全然気にしないから!」
「……ほんと?」
「あぁ、本当だ!」
きらり、と輝く笑みを浮かべながら親指を立てる。
「ははっ、おいしそうな肉じゃがじゃないか。是非とも、いただくことにしよう!」
「……食べて、くれるの?」
「あぁ!」
「全部、食べてくれる?」
「もちろんだ!」
会長は優しく笑いながら、コトリの頭を撫でる。当の本人であるコトリは、その両手の下で密かに笑っているのを、ボクたちは見ていた。
「うむ、実に美味そうだ! それでは、いただきますっ!」
ががっ、と会長は肉じゃがを一気にかき込んだ。もしゃもしゃと咀嚼しながら、幸せそうな表情を浮かべている。
……ありがとう、天羽会長。
……そして、さようなら。




