第20話「銃職人。コルト=ガバメント」
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人通りのない石畳を、東に向かって進む。
ヴィクトリア本島の東側。
造船所などがあり、多くの職人が集まる職人街がある。そのメインの通りから少し外れた場所に、寂れた銃職人のアトリエがある。
「こんにちは、マエストロ」
古いカウンター越しに、頭髪の白い老人へ声をかけた。
すると、その老人はゆっくりとした動作でこちらを振り向いた。
……が、挨拶はない。それどころか殺意すら籠っているような目つきだった。
彼の名前は、マエストロ・コルト=ガバメント。
本名は知らない。
ボクが勝手につけた名前である。
ちなみに、その目つきが悪いのは生まれつきらしく、本人の性格はそれに輪をかけて頑固なものだった。挨拶はしないし、礼も言わない。むしろ、こちらの銃の扱いが悪ければ、二度と仕事をしてもらえないほどの頑固一徹。
だが、そんな彼にも一つの美点がある。
……腕が良いのだ。
ボクは最初に依頼したときから、彼の技術に驚かされていた。それ以降、大きな戦いがある前は、必ずマエストロに銃の整備を頼んでいた。
「……よかった。まだ、いたんだね」
彼の不機嫌そうな顔を見て、ほっと胸をなでおろす。
崩壊を続けるこの世界では、街の住人がどんどん消えている。いつかマエストロともお別れをしなくてはいけないのだろうけど、その前にちゃんと挨拶がしたかった。
「ねぇ、マエストロ。お話があるんだけどー」
ボクはカウンターから身を乗り出して、いつもより大きな声を出す。
すると、マエストロは面倒そうに立ち上がると、なぜか奥の部屋へと行ってしまった。
「あれ?」
どうしたのか、と戸惑っていると、奥の扉からマエストロの右手だけが、ひょっこうりと姿を見せる。そして、こっちに来い、というように指で手招きをした。その動作ひとつひとつに気だるそうな態度が見えるから、ちょっとだけ笑いそうになってしまう。
「そっちに行けばいいんですね」
ボクは店のカウンターを横切ると、マエストロの行ったほうへ向かう。そこは彼のアトリエであり、誰も立ち入ることを許さなかった場所だ。
そして、そのアトリエの中にあるものを見て。
ボクは思わず、言葉を失った。
「……っ! これって!?」
天窓からわずかに光が零れる、その部屋の真ん中に。
ひとつの巨大な銃が鎮座されていた。
全長は2.5メートル。重さは50キロを越えている。人が持ち歩いて運用することができず、設置した場所から対象を狙い撃つために作られた、対戦車用ライフル。その中でも最強の威力を誇るその銃の名前は、……魔銃・ヘル。
かつて、激戦の果てにバラバラに壊れてしまった、ボクの愛銃であった。信じられない気持ちで、マエストロのほうへ振り返る。
この魔銃・ヘルは、この世界では神々によって作られた銃と言われていて、人の手では扱えないとされていた。事実、この国で最高の銃職人であるマエストロに依頼しても、いっこうに調節が進まなかったのだ。まるで神様が悪戯をしているように、本来の性能を引き出すことができなかった。
だが、それをこの職人は。
たった一人の力で、整備してしまったというのか。
「間に合って、よかった」
マエストロが嗄れ声で言った。
「こんな銃の整備なんて、二度とごめんだ。悪魔に魂を売りたくなったね」
ギラッ、とマエストロの丸眼鏡が光った。
上段に聞こえないから、なおさら怖い。
「あ、ありがとうございます」
慌ててお礼を口にする。
だが、マエストロは口をへの字に曲げたまま何も言わない。
「あの、もしかして、……『魔弾』も撃てるようになっているのですか?」
恐る恐る問いかける。
『魔弾』とは、魔銃の持つ本来の性能のことで、人知を超えた強力な銃弾を撃つことができる。その一撃は、海の王者リバイアサンすら屠るほど。
「……」
マエストロは黙ったまま目を細める。
試してみろ、と言っているようだった。
ボクはそのまま魔銃・ヘルの前に立って、床にうつ伏せになる。アトリエの壁の一部には、扉を外したような空洞になっていて、その先には試射のための的が置いてある。
ボクは早る気持ちを抑えながら、ゆっくりと魔銃・ヘルのグリップを握った。吸いつくような滑らかさだった。
不思議と神経が集中してきた。
心が落ち着てきて、周りの音が全く聞こえなくなる。
「……『魔弾・輝く閃光の曳弾』」
そっと、魔銃ヘルの『魔弾』を口にする。
その瞬間、ヘルの銃口の先に、巨大な魔法陣が展開された。黄色に輝く、円形の幾何学模様。……間違いない。これは魔銃・ヘルだ。
「っ!」
スコープ越しの的に向かって引鉄を引く。
その直後、ズドンッととてつもない銃声がアトリエに響いた。あまりの反動に、銃弾を撃ったボク自身が吹き飛ばされそうなほどだ。
だが、それと当時に、遥か遠くにある的が微塵に砕けた。
……完璧だった。
……完璧な『魔弾』だ。
ずらり、とカウンターに様々な銃が並ぶ。
最後の戦いのために、マエストロに整備を頼んでいたものだ。これまでの激戦を共に戦い抜いた、大事な戦友たち。彼らがいなかったら、ここまで戦ってこれなかっただろう。
「それじゃ、お前さんの最後の銃を整備するとするかのぉ」
「はい。お願いします」
そう言って、腰に手を回して愛銃のヨルムンガンドを手に取る。
ヨルムンガンドは『魔銃』である。
ヘルと同じく神々によって作られ、伝説の怪物の名前を冠した銃。45口径という大口径の銃で、『魔弾・緋色の銃弾』を撃つことができる。また、銃全身が銀色に輝いているから、ひとめ見ただけでは凶悪なナイフと見間違えてしまう。
ボクはそんな銃をマエストロに手渡した。
「また、曰くつきのモンか?」
「……ははは、すみません」
魔銃の整備には高度な技術と、繊細な神経が必要なのだと、先ほど言われたばかりだ。
「……待っとけ」
マエストロは、じろっと鋭い目つきでこちらを見ると、再びアトリエへと向かった。
ボクはそんな彼を見送ると、再びカウンターの銃を見つめる。
そして、ひとつひとつ。
手にとっては、その状態を確認していく。
次が最後の戦いだ。仲間ばっかりに頼ってはいられない。……ボクが、この手で終止符を打つんだ。
「……フェンリル」
最初に触れたのは、『魔銃・フェンリル』。
その外見は、錆びついた骨董品の銃。38口径のリボルバー式で、銃弾をこめるシリンダーを回すと、ギシギシとわずかに軋む。試しに、遠くの的に向かって撃ってみるが、全然違う方向へ弾が飛んでいく。
だが、それはフェンリルの本来の性能ではない。
ボクはもう一度、弾を込めて銃を構える。そして、フェンリルの本当の力を『魔弾』として開放した。
「……『魔弾・喰らいつく跳弾』」
その瞬間、銃口の先に錆色の魔方陣が展開した。
円形の幾何学模様が、ゆっくりと回転しながら、銃弾が放たれるのを待っている。
そして、ボクは引鉄を引いた。
パンッ、と甲高い音が響き、フェンリルの銃口から弾丸は発射した。その弾は真っ直ぐ飛んでいき、狙った的へと向かっていく、……が、その途中で銃弾が姿を消した。。
だが次の瞬間。
狙っていた的が、真横に吹き飛んでいた。
真っ直ぐ狙って撃ったのに、銃弾は空中を跳ね返り、最後は必ず目標を撃ち抜く。これがフェンリルの魔銃としても能力、喰らいつく跳弾だ。
「んー、まずますだね」
ボクはそういって、それまで着ていた赤いコートを脱いだ。
コートの下は、真っ白なワイシャツだ。だが、脇と腰には、銃を納めるためのホルスターをつけている。
ボクは魔銃・フェンリルを左脇のホルスターに入れた。
「……ヨルムンガンド、フェンリル、ヘル。最後の戦いでも、やっぱり魔銃が切り札になるのかな」
ぽつり、と呟く。
魔銃は世界に9つあると言われている。その内、ボクが持っているのは4つ。その中でも普段から使っているものと、どうしても扱いきれないものがあった。その扱いきれないというものが、魔銃・ケルベロス。ボクの姉である御影優奈が使っていた銃だ。
「はぁ。結局、ボクには手に負えなかったなぁ」
溜息を漏らしながらも、気を取り直して別の銃を手に取る。
今度は右手と左手で、同時に2つ掴んだ。
「……『炸裂銃・青龍』。『暗器銃・白虎』」
炸裂銃の青龍は、小型の榴弾を撃つことができる。暗器銃の白虎は、22口径という小さな銃弾を扱う、手のひらサイズの銃だ。この2つは姉妹銃であり、更に『朱雀』というスナイパーライフルもある。
「白虎は小さいからポケットに入るかな」
ボクは小型の銃である白虎をズボンのポケットに入れて、青龍を右のホルスターにしまった。
あとは、銃弾の補充だ。
扱う銃によって、銃弾の種類が変わってしまう。ボクは戦闘に必要なぶんだけ手に取って、ベルトにつけたポーチにしまっていく。予備の銃弾は、カウンターの上に置かれている紙袋に入れて持って帰ろう。
「よっと。……変じゃないかな?」
その上から、再び赤いコートを身に纏う。
見た目からではわからないけど、体中に銃と銃弾が仕込まれている。これがボクの完全武装だ。
「後は、ヨルムンガンドの整備を待つだけだね」
窓ガラスを鏡代わりにして、自分の姿を見つめなおす。
見た目は相変わらず女の子だったけど、少なくとも戦う気構えはできているつもりだ。
「……うーん。でも、なんか可愛くないなぁ」
ぽつりと呟く。
黒のズボンに、白のワイシャツ。その上に女物の赤いコートを着ているのだ。この姿だと、可愛いというより、カッコいいになってしまうなぁ。
なんてことを考えていると、アトリエの向こうからマエストロが姿を見せた。その手には、先ほど渡したヨルムンガンドが握られている。
「……終わったぞ」
「え? もう!?」
驚きながらマエストロへと近づく。
いくらこの国で一番の銃職人と言っても、これは早すぎじゃないかな。
「……なんとか、……間に合ったなぁ」
「え?」
ボクはぴかぴかに磨かれた愛銃を受け取りながら、マエストロの声を聞き返していた。
「……なんだかなぁ、最近は変なんだ」
「変、ですか?」
ざわり、とボクの胸に不安が生まれる。
「おうよ。元々、客なんざぁ少なかったが、ここまで来ない日が続くなんてな。俺もお終いかなぁ」
「そ、そんなことないですよ! マエストロの腕は一流ですって!」
ボクは慌てて言った。
すると、彼はいつものようにギロリと睨んでくる。
「当たり前だ。俺はこの国で一番の銃職人だぁ。他の奴に負けてなんかたまるかぁ!」
「……え。それじゃ、おしまいって」
「あぁ。俺ぇも歳だしな。そろそろ店を閉めるかって話だぁ」
そっと、視線を窓へと向ける。
「……銃と火薬にまみれた人生だったが、それほど悪くはなかったなぁ。こうやって、糞面倒な仕事も終わらすこともできたしなぁ」
「マエストロ?」
「もう、こんな仕事が来ないうちに、看板を下ろさせてもらうぜ。……俺に生き甲斐をくれて、ありがとうよぉ」
ぐっ、と胸が熱くなる。
皺だらけのマエストロの顔が、やけに年老いて見えた。
「最後の客が、お前さんで良かった」
そう言って、彼は足を引きずるように歩き出す。いつものアトリエで、いつもと同じように作業台へと向かい合う。
そして、いつものように。気だるそうに手を振った。
「あばよ」
「ま、マエストロ―」
待って、と叫びたかった。
だが、次の瞬間には、彼の姿は消えていた。
誰もいなくなった作業台に、わずかに埃が待っている。
「っ!」
ボクは思わず自分の唇を噛んだ。
そうしないと泣いてしまいそうだった。
彼がゲームの世界の住人ということは知っていた。いつか、お別れが来ることも覚悟していた。
だが、それでも。
感情の波は激しく揺れていた。
「……ありがとうございます」
ボクは誰もいなくなったアトリエに、そっと頭を下げる。
そして、修理の終わった魔銃・ヘルを抱いて、マエストロの店から出ていった。
その手にした銃は、いつもより重く感じたー




