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第20話「銃職人。コルト=ガバメント」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 人通りのない石畳を、東に向かって進む。

 ヴィクトリア本島の東側。

 造船所などがあり、多くの職人が集まる職人街がある。そのメインの通りから少し外れた場所に、寂れた銃職人のアトリエがある。


「こんにちは、マエストロ」


 古いカウンター越しに、頭髪の白い老人へ声をかけた。

 すると、その老人はゆっくりとした動作でこちらを振り向いた。

 ……が、挨拶はない。それどころか殺意すら籠っているような目つきだった。


 彼の名前は、マエストロ・コルト=ガバメント。


 本名は知らない。

 ボクが勝手につけた名前である。


 ちなみに、その目つきが悪いのは生まれつきらしく、本人の性格はそれに輪をかけて頑固なものだった。挨拶はしないし、礼も言わない。むしろ、こちらの銃の扱いが悪ければ、二度と仕事をしてもらえないほどの頑固一徹。


 だが、そんな彼にも一つの美点がある。

 ……腕が良いのだ。

 ボクは最初に依頼したときから、彼の技術に驚かされていた。それ以降、大きな戦いがある前は、必ずマエストロに銃の整備を頼んでいた。


「……よかった。まだ、いたんだね」

 彼の不機嫌そうな顔を見て、ほっと胸をなでおろす。

 崩壊を続けるこの世界では、街の住人がどんどん消えている。いつかマエストロともお別れをしなくてはいけないのだろうけど、その前にちゃんと挨拶がしたかった。


「ねぇ、マエストロ。お話があるんだけどー」


 ボクはカウンターから身を乗り出して、いつもより大きな声を出す。

 すると、マエストロは面倒そうに立ち上がると、なぜか奥の部屋へと行ってしまった。


「あれ?」


 どうしたのか、と戸惑っていると、奥の扉からマエストロの右手だけが、ひょっこうりと姿を見せる。そして、こっちに来い、というように指で手招きをした。その動作ひとつひとつに気だるそうな態度が見えるから、ちょっとだけ笑いそうになってしまう。


「そっちに行けばいいんですね」


 ボクは店のカウンターを横切ると、マエストロの行ったほうへ向かう。そこは彼のアトリエであり、誰も立ち入ることを許さなかった場所だ。

 そして、そのアトリエの中にあるものを見て。

 ボクは思わず、言葉を失った。


「……っ! これって!?」


 天窓からわずかに光が零れる、その部屋の真ん中に。

 ひとつの巨大な銃が鎮座されていた。

 全長は2.5メートル。重さは50キロを越えている。人が持ち歩いて運用することができず、設置した場所から対象を狙い撃つために作られた、対戦車用アンチマテリアルライフル。その中でも最強の威力を誇るその銃の名前は、……魔銃・ヘル。


 かつて、激戦の果てにバラバラに壊れてしまった、ボクの愛銃であった。信じられない気持ちで、マエストロのほうへ振り返る。

 この魔銃・ヘルは、この世界では神々によって作られた銃と言われていて、人の手では扱えないとされていた。事実、この国で最高の銃職人であるマエストロに依頼しても、いっこうに調節が進まなかったのだ。まるで神様が悪戯をしているように、本来の性能を引き出すことができなかった。


 だが、それをこの職人は。

 たった一人の力で、整備してしまったというのか。


「間に合って、よかった」


 マエストロが嗄れ声で言った。


「こんな銃の整備なんて、二度とごめんだ。悪魔に魂を売りたくなったね」


 ギラッ、とマエストロの丸眼鏡が光った。

 上段に聞こえないから、なおさら怖い。


「あ、ありがとうございます」


 慌ててお礼を口にする。

 だが、マエストロは口をへの字に曲げたまま何も言わない。


「あの、もしかして、……『魔弾』も撃てるようになっているのですか?」


 恐る恐る問いかける。

『魔弾』とは、魔銃の持つ本来の性能のことで、人知を超えた強力な銃弾を撃つことができる。その一撃は、海の王者リバイアサンすら屠るほど。


「……」


 マエストロは黙ったまま目を細める。

 試してみろ、と言っているようだった。

 ボクはそのまま魔銃・ヘルの前に立って、床にうつ伏せになる。アトリエの壁の一部には、扉を外したような空洞になっていて、その先には試射のための的が置いてある。


 ボクは早る気持ちを抑えながら、ゆっくりと魔銃・ヘルのグリップを握った。吸いつくような滑らかさだった。

 不思議と神経が集中してきた。

 心が落ち着てきて、周りの音が全く聞こえなくなる。


「……『魔弾・輝く閃光の曳弾ヴァン・ヘルシング』」


 そっと、魔銃ヘルの『魔弾』を口にする。

 その瞬間、ヘルの銃口の先に、巨大な魔法陣が展開された。黄色に輝く、円形の幾何学模様。……間違いない。これは魔銃・ヘルだ。


「っ!」


 スコープ越しの的に向かって引鉄を引く。

 その直後、ズドンッととてつもない銃声がアトリエに響いた。あまりの反動に、銃弾を撃ったボク自身が吹き飛ばされそうなほどだ。

 だが、それと当時に、遥か遠くにある的が微塵に砕けた。

 ……完璧だった。

 ……完璧な『魔弾』だ。


 ずらり、とカウンターに様々な銃が並ぶ。

 最後の戦いのために、マエストロに整備を頼んでいたものだ。これまでの激戦を共に戦い抜いた、大事な戦友たち。彼らがいなかったら、ここまで戦ってこれなかっただろう。


「それじゃ、お前さんの最後の銃を整備するとするかのぉ」


「はい。お願いします」


 そう言って、腰に手を回して愛銃のヨルムンガンドを手に取る。

 ヨルムンガンドは『魔銃』である。

 ヘルと同じく神々によって作られ、伝説の怪物の名前を冠した銃。45口径という大口径の銃で、『魔弾・緋色の銃弾スカーレット・ノヴァ』を撃つことができる。また、銃全身が銀色に輝いているから、ひとめ見ただけでは凶悪なナイフと見間違えてしまう。

 ボクはそんな銃をマエストロに手渡した。


「また、曰くつきのモンか?」


「……ははは、すみません」


 魔銃の整備には高度な技術と、繊細な神経が必要なのだと、先ほど言われたばかりだ。


「……待っとけ」


 マエストロは、じろっと鋭い目つきでこちらを見ると、再びアトリエへと向かった。

 ボクはそんな彼を見送ると、再びカウンターの銃を見つめる。

 そして、ひとつひとつ。

 手にとっては、その状態を確認していく。

 次が最後の戦いだ。仲間ばっかりに頼ってはいられない。……ボクが、この手で終止符を打つんだ。


「……フェンリル」


 最初に触れたのは、『魔銃・フェンリル』。

 その外見は、錆びついた骨董品の銃。38口径のリボルバー式で、銃弾をこめるシリンダーを回すと、ギシギシとわずかに軋む。試しに、遠くの的に向かって撃ってみるが、全然違う方向へ弾が飛んでいく。

 だが、それはフェンリルの本来の性能ではない。

 ボクはもう一度、弾を込めて銃を構える。そして、フェンリルの本当の力を『魔弾』として開放した。


「……『魔弾・喰らいつく跳弾インビジブル・ロアー』」


 その瞬間、銃口の先に錆色の魔方陣が展開した。

 円形の幾何学模様が、ゆっくりと回転しながら、銃弾が放たれるのを待っている。

 そして、ボクは引鉄を引いた。

 パンッ、と甲高い音が響き、フェンリルの銃口から弾丸は発射した。その弾は真っ直ぐ飛んでいき、狙った的へと向かっていく、……が、その途中で銃弾が姿を消した。。


 だが次の瞬間。

 狙っていた的が、真横に吹き飛んでいた。

 真っ直ぐ狙って撃ったのに、銃弾は空中を跳ね返り、最後は必ず目標を撃ち抜く。これがフェンリルの魔銃としても能力、喰らいつく跳弾だ。


「んー、まずますだね」


 ボクはそういって、それまで着ていた赤いコートを脱いだ。

 コートの下は、真っ白なワイシャツだ。だが、脇と腰には、銃を納めるためのホルスターをつけている。

 ボクは魔銃・フェンリルを左脇のホルスターに入れた。


「……ヨルムンガンド、フェンリル、ヘル。最後の戦いでも、やっぱり魔銃が切り札になるのかな」


 ぽつり、と呟く。

 魔銃は世界に9つあると言われている。その内、ボクが持っているのは4つ。その中でも普段から使っているものと、どうしても扱いきれないものがあった。その扱いきれないというものが、魔銃・ケルベロス。ボクの姉である御影優奈が使っていた銃だ。


「はぁ。結局、ボクには手に負えなかったなぁ」


 溜息を漏らしながらも、気を取り直して別の銃を手に取る。

 今度は右手と左手で、同時に2つ掴んだ。


「……『炸裂銃・青龍』。『暗器銃・白虎』」


 炸裂銃の青龍は、小型の榴弾を撃つことができる。暗器銃の白虎は、22口径という小さな銃弾を扱う、手のひらサイズの銃だ。この2つは姉妹銃であり、更に『朱雀』というスナイパーライフルもある。


「白虎は小さいからポケットに入るかな」


 ボクは小型の銃である白虎をズボンのポケットに入れて、青龍を右のホルスターにしまった。

 あとは、銃弾の補充だ。

 扱う銃によって、銃弾の種類が変わってしまう。ボクは戦闘に必要なぶんだけ手に取って、ベルトにつけたポーチにしまっていく。予備の銃弾は、カウンターの上に置かれている紙袋に入れて持って帰ろう。


「よっと。……変じゃないかな?」


 その上から、再び赤いコートを身に纏う。

 見た目からではわからないけど、体中に銃と銃弾が仕込まれている。これがボクの完全武装だ。

「後は、ヨルムンガンドの整備を待つだけだね」

 窓ガラスを鏡代わりにして、自分の姿を見つめなおす。

 見た目は相変わらず女の子だったけど、少なくとも戦う気構えはできているつもりだ。


「……うーん。でも、なんか可愛くないなぁ」


 ぽつりと呟く。

 黒のズボンに、白のワイシャツ。その上に女物の赤いコートを着ているのだ。この姿だと、可愛いというより、カッコいいになってしまうなぁ。

 なんてことを考えていると、アトリエの向こうからマエストロが姿を見せた。その手には、先ほど渡したヨルムンガンドが握られている。


「……終わったぞ」


「え? もう!?」


 驚きながらマエストロへと近づく。

 いくらこの国で一番の銃職人と言っても、これは早すぎじゃないかな。


「……なんとか、……間に合ったなぁ」


「え?」


 ボクはぴかぴかに磨かれた愛銃を受け取りながら、マエストロの声を聞き返していた。


「……なんだかなぁ、最近は変なんだ」


「変、ですか?」


 ざわり、とボクの胸に不安が生まれる。


「おうよ。元々、客なんざぁ少なかったが、ここまで来ない日が続くなんてな。俺もお終いかなぁ」


「そ、そんなことないですよ! マエストロの腕は一流ですって!」


 ボクは慌てて言った。

 すると、彼はいつものようにギロリと睨んでくる。


「当たり前だ。俺はこの国で一番の銃職人だぁ。他の奴に負けてなんかたまるかぁ!」


「……え。それじゃ、おしまいって」


「あぁ。俺ぇも歳だしな。そろそろ店を閉めるかって話だぁ」


 そっと、視線を窓へと向ける。


「……銃と火薬にまみれた人生だったが、それほど悪くはなかったなぁ。こうやって、糞面倒な仕事も終わらすこともできたしなぁ」


「マエストロ?」


「もう、こんな仕事が来ないうちに、看板を下ろさせてもらうぜ。……俺に生き甲斐をくれて、ありがとうよぉ」


 ぐっ、と胸が熱くなる。

 皺だらけのマエストロの顔が、やけに年老いて見えた。


「最後の客が、お前さんで良かった」


 そう言って、彼は足を引きずるように歩き出す。いつものアトリエで、いつもと同じように作業台へと向かい合う。

 そして、いつものように。気だるそうに手を振った。


「あばよ」


「ま、マエストロ―」


 待って、と叫びたかった。

 だが、次の瞬間には、彼の姿は消えていた。

 誰もいなくなった作業台に、わずかに埃が待っている。


「っ!」


 ボクは思わず自分の唇を噛んだ。

 そうしないと泣いてしまいそうだった。

 彼がゲームの世界の住人ということは知っていた。いつか、お別れが来ることも覚悟していた。

 だが、それでも。

 感情の波は激しく揺れていた。


「……ありがとうございます」


 ボクは誰もいなくなったアトリエに、そっと頭を下げる。

 そして、修理の終わった魔銃・ヘルを抱いて、マエストロの店から出ていった。


 その手にした銃は、いつもより重く感じたー

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― 新着の感想 ―
[一言] マエストロ、最後の仕事を終え、消える。
[一言] 最高の職人の最後の仕事か
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