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第19話「本気になったボクたちは、どんでもなく諦めが悪いんだよ」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 人のいないサンマルコ広場が、こんなにも静かだとは思わなかった。

 時刻は、お昼過ぎ。

 時計塔の鐘を聴きながら、目の前に広がる風景に茫然としていた。このサンマルコ広場は、この国の人たちにとって憩いの場である。広場を囲うようにたくさんのカフェがあって、店の外にまでイスやテーブルが設置されている。平日であっても、休日であっても、お喋りを楽しむために多くの人がこの場所へと足を運ぶ。


「……それが、こんなにも寂れちゃって」


 はぁ、とため息をつく。

 崩壊が進むこの世界では、役割の少ない人から順番に消えているようだった。


 最初に通行人や立ち話をしている人が消えて、次にお店やカフェの従業員が消えた。宮殿の兵士や警備隊の人間もどんどんいなくなっている。まだ残っているのは、この世界において重要な人物であったり、ボクたちと関わり合いがある人たちだけだ。


 昨日、いつも通っていたパン屋のおばちゃんが消えた。

 一昨日は、アーニャと行ったカフェの店員がいなくなり、その前はいろんな問題を起こしてきた元老院の年寄りたちが消えた。


 どんどん思い出のある人たちが消えていく。

 そう思うと、ぎゅっと胸が締めつけられる。彼らはゲームの住人であり、NPCである。そう割り切れれば、こんな思いをしなくても済むのかもしれない。だけど、ボクはそこまで器用な人間ではなかった。そして、そこまで器用に生きたくなかった。


 嫌なこと、辛いこと。

 それらを全部背負いながら、自分の足で一歩ずつ進んでいきたい。これが、この世界でボクがたどり着いた『生きる』という言葉の意味だ。


「はぁ、それにしても。……寂しいなぁ」


 店員のいないカフェのイスに座っては、メニュー表をぼぅと眺める。

 コーヒー:銅貨1枚。

 カフェラテ:銅貨1枚

 季節のケーキセット:銅貨3枚。

 赤ワイン(ハーフボトル):銀貨1枚。

 今はもう意味のないものなのに、なぜか見ていて飽きない。いったいどれくらいの人達が、このメニューを見ながら、楽しい時間を過ごしてきたんだろう。


「あー、そういえば。ここのケーキセットを食べ損ねちゃったなぁ」


 ふと、これまでのことを思いだす。

 毎日が忙しくて、充実していた。

 それでも、ここのカフェに足を運んで、ケーキセットを楽しむ時間くらいあった。でも、まぁ時間があるときでいいか、とどんどん先延ばしにしていたのだ。

 その時は、もう二度と食べられなくなるなんて考えもしなかった。


「……ふぅ」


 諦めの吐息をつきながら、イスの背もたれに寄りかかる。


 ……人生は、このケーキセットみたいなものかもしれない。

 いつでも近くにあるような気がして、全然特別なものじゃなくて、それなのに気がついたら自分の手の届かないところにいっている。後悔しても遅い。いや、後悔なんてするべきじゃない。だって、このケーキセットを食べにいかないと選んだのは、他でもない。自分なのだから。


 それに、おいしいものはケーキばかりじゃないしね。

 いろんな『おいしい』が目の前にやってきては、回転寿司のように過ぎていく。そのなかで何を食べるのか自分で決めればいい。お腹がいっぱいになるまで食べるのも良し、大切なものだけ手を伸ばすのも良し。

 それをちゃんと自分で決められればいい。


「……だから、ボクはを助けにいくんだよ」


 よっ、と勢いよくイスから立ち上がって、広場の海側へと歩いていく。そこは先日、アーニャと最後に別れた場所だった。


「アドリア海に浮かぶ、白亜の貴婦人」


 ボクの視線の先には真っ白な教会があった。それは海に浮かんでいる、という表現がぴったりだった。小さな離島にその教会だけが建っていて、幻想的な雰囲気を放っている。重厚な大理石でできていて、奥には細長い鐘楼があった。このヴィクトリアで最も美しいと言われていて、白亜の貴婦人と呼ばれるほどだった。


 その名前は、『サン・ジョルジョ大聖堂』。

 アーニャが消えたあとに、光の粒子が飛んでいった場所である。


「あそこに、……アーニャがいる」


 それは確信に近かった。

 あのサン・ジョルジョ大聖堂は、ゲームのころから様々な噂がされていた。この街のほとんどが移動可能な場所なのに、あの大聖堂がある場所だけは上陸ができなかったのだ。噂では、このゲームの管理を統括している場所だとか、あの島の地下には最後のダンジョンが眠っているとか。


 ……彼女が最後を迎えるための場所を探しているとしたら、あの大聖堂ほど適した場所はない。


「あとは、準備を待つだけだね」


 ボクはサン・ジョルジョ大聖堂を見ながらポツリと呟く。

 きっとこれが最後の戦いになる。相手は、あの世界の支配者ゲームマスターであるアーニャだ。万全の態勢で臨みたい。


 ボクも愛用の武器である銃を、馴染みの銃職人にメンテナンスを依頼している。彼がこの世界にいられる時間はわからないが、これまで通りに依頼をした。他のメンバーたちも、それぞれに準備をしていることだろう。

 ボクは風が冷たくなってきたのを感じて、コートのボタンを閉じていく。


 ひゅるる、と冬の風が吹いていく。

 ……その時だった。


 グルルッ。どこからか獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。

 慌てて声のするほうを見ると、そこには1匹の獣がいた。真っ黒な野犬のようなモンスター、ワイルドウルフだ。


「やれやれ。このボクを襲うつもりかい?」


 この世界が不安定になって、街の中は安全地帯ではなくなっていた。こうやってモンスターが徘徊するようになり、ボクたちを襲うようになったのだ。このワイルドウルフも、その典型例だ。


「まぁ、いいか。ちょうど体が鈍っていたところだし」


 ボクは軽く肩を回しながら、ワイルドウルフの群れを向かい合う。

 このモンスターは単独行動をしない。きっと周囲の建物に、何匹も隠れているのだろう。ビリビリと突き刺さる視線を感じながら、腰に隠した銃へ手を伸ばす。


『魔銃・ヨルムンガンド』。

 これまで、いくつもの死線を共に越えてきた愛銃を構えながら、目の前のワイルドウルフの群れ言い放つ。


「……来いよ」

 瞬間。

 飛びかかってくるワイルドウルフを確実に屠っていく。

 強烈な蹴りに全身を砕かれたもの。左手の突きで頭がおかしな方へ曲がったもの。銀色の銃を叩きつけられて、体をくの字にさせて絶命してもの。わずか数分足らずで、ワイルドウルフの死骸の山を作っていく。


 まさに、それは嵐のようだった。

 ボクを中心にして、夥しい数のウルフの死体がまき散らかっていくのだから。


「ギャウッッ!」


 そして、最後の一匹を倒した。

 右足の下で泡を吹くウルフ。そこから足を上げては、もの足りなさそうに肩を回す。


「……準備運動にもならないなぁ」


 四散する死骸を避けながら、ゆっくりとその場から歩き出した。

 それまで向けられていた鋭い視線は、急になくなっていた。圧倒的な強者を前に、モンスターとて無謀な戦いを挑みはしない。

 勝てる見込みがないのに戦いにいくなんて、それはバカのすることだ。


 だから、引き際を知っているモンスターのほうが賢いと言える。

 ……この世界のバカは、ボク達だけで十分だ。


世界の支配者ゲームマスターか」


 もう一度、海の浮かぶサン・ジョルジョ大聖堂を見つめる。

 そもそも世界の支配者に戦いを挑むなんて無謀すぎる。勝てるわけがない。なんといっても、あのジンや快司君さえ勝てなかったのだから。


「……やれるのか?」


 足を止めて、先ほどまでいた場所を振り返る。

 無残に転がっているウルフ達。もしかしたら、あの姿が未来の自分たちかもしれない。絶対的な強者を前にして、歯が立たずに打ち負かされていく。そんな未来も当然としてあるのだ。


 ……でも。

 ……どうしてだろう。


「ふふっ、おかしいなぁ」


 ボクはわずかに笑みを零す。


「どうしてかな? 何でかわからないけどね、ボクはちっとも負ける気がしないんだよ」


 ぎゅっ、と手を握る。

 その自信は理屈じゃない。何か特別な根拠があるわけでもない。

 ただ、ただ。

 ボクたちが負けるところが想像できないんだ。


「……待っていてね、アーニャ。もうちょっとしたら、ボクたちが喧嘩を売りにいくから」


 本気になったボクたちは。

 どんでもなく諦めが悪いんだよ。


 そのことを、しっかりと教えてやる。


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