第17話「これが『十人委員会』の最後の仕事だ」
「っ!」
思わず言葉を失った。
「私はアーニャ・ヴィクトリア。この国の王女様よ。国や民を放置できるものですか」
「な、なにを言っているの!?」
私は叫んでいた。
どこか楽しんでいるようなアーニャに詰め寄って、彼女の肩を掴んだ。
「アーニャ、あなたはこのままこの世界に残る気なの!? この消滅が約束された世界で、最後まで独りぼっちでいるつもりなの!?」
ぎゅっと、肩に置いた手に力を入れる。
アーニャは少しだけ痛そうな素振りをみせたけど、そんなこと気にならないくらい頭に血が上っていた。
「ねぇ、アーニャ! あなた言っていたじゃない! 独りは嫌だって。友達が欲しかったって! だから私たちを現実世界から呼んだ。それなのに、私たちだけ帰れって言うの!」
「……っ」
辛そうな表情だった。
アーニャは何かと葛藤しているのか、なかなか答えてくれなかった。
そして、ようやく口を開いたと思ったら、私が一番聞きたくないことを言った。
「……そうだよ」
アーニャは呟く。
「私は最後までこの世界に残る。元の世界になんか絶対に戻らない」
「なんで! なんでだよ!?」
私の声ばっかり大きくなっていく。
それに比べて、アーニャの口調は落ち着いていた。
「だって、元の世界に戻っても何もないんだもの」
「……え」
「ユキたちは問題ないでしょ? 元の世界に戻っても、家族がいる。友達がいる。また高校に通えばいい。……でもね」
アーニャが続ける。
「私には、何もない。心配してくれる家族も、迎えてくれる友達も、自分の居場所だってない。それなのに元の現実世界に戻れっていうの? 戻って、また辛い毎日を送れっているの」
「っ!」
ふっ、と手の力が抜けた。
私には仲間がいる。メンバーにも家族がいる。帰ってきてもいい場所があって、笑顔で迎えてくれる人がいる。それが当たり前だと思っていた。
……でも、彼女には。
……帰る場所すらないんだ。
「ねぇ、ユキ。私はユキに出会えて幸せだったよ。人生の最後に心から好きな人ができた。こんなに嬉しいことはないよ」
「……アーニャ」
「ありがとう、ユキ。……大好きだよ」
そっと、アーニャが身を寄せてきた。
私は避けることなく、彼女のことを受け止める。
その瞬間。
彼女の唇と私の唇が、一瞬だけ重なった。
「え」
驚いたまま固まってしまう。
そんな私を見て、彼女は嬉しそうに笑った。
「えへへ。ファーストなキスでした」
アーニャが笑っている。
でも、どうしてだろう。
私には、彼女が泣いているよう。そんなふうに見えたんだ。
「さようなら、ユキ。たくさんの思い出をありがとう」
「っ! アーニャ!」
私は慌てて彼女の名前を呼んだ。
だが、次の瞬間には。
アーニャの姿が忽然と消えていたのだ。
「えっ! どこに!?」
急いで辺りを見渡す。
しかし、アーニャの姿は見えない。
その代わりに、彼女がいた場所に白い鳩が群れを作っていた。それは夜風に吹かれるままに、海の上にある白い教会へと飛んでいった。
その日から。
彼女は姿を消した。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「ふむ。そんなことがあったのか」
ダリオ宮の一室で、ゲンジ先輩が呟いた。
今、この部屋にはメンバー全員が集まっている。皆を集めて臨時の会議を開くことにしたのだ。アーニャと最後のデートをした翌日のことである。
「つまり、あと3週間ほどで、この世界が消滅してしまうというのか?」
「うん。アーニャはそう言っていた」
ボクは部屋のテーブルに座って溜息をついた。
服装は、いつものダッフルコートと黒いズボン。自分のなかでは、女の子モードを終了させている。
あれから彼女の姿は見ていない。宮殿の部屋を全部探してみたけど、どこにもいなかった。兵士たちにも聞いてみたけど、アーニャがいなくなったことにすら気がついていないようだった。
「この国から猫が消えた。海鳥も見なくなった。街の人もどんどん少なくなっているような気がする」
「……そうだな」
ゲンジ先輩が頷く。
他のメンバーも何人かは知っていたようで、リアクションがほとんどなかった。特に、天羽会長は腕を組んだまま、顔色ひとつ変えない。その様子から、ひとつの確信を得る。
「やっぱり、先輩たちは知っていたんですか? この世界が終わりに近づいていることを」
「む、むぅ」
珍しくゲンジ先輩が言葉を濁らせる。
先輩は重たい空気の中、ちらりと会長のほうを見た。すると、会長がはっきりとした口調で言った
「ユキ、そのことは私から話そう」
天羽会長は迷彩柄のジャケットの襟を直しながら口を開く。
「この世界の消滅のことだがな。私は最初から知っていたんだ」
「え?」
「お前たちと合流する以前からな。私が単独行動をとっていた時期があったよな。元の世界に戻るための手がかりがないかと、私は国外を回っていたんだ。固有スキルの軍用ヘリを使ってな」
ふぅ、と軽く息をついた。
「その時だ。この世界を覆いつくそうとしていた黒い領域を見たのは」
「黒い領域?」
「あぁ。あれが何なのかはわからない。だけど、1日で数ミリ程度だが、確実のその領域を広めていた。その進行速度から計算した結果、この国が影に飲み込まれて消滅するまで、あと数か月しか残されていないことがわかったのだ」
ボクは思わず息をのんだ。
天羽会長はこの世界に来て、すぐに異変に気がついていたんだ。
「……この世界が少しずつ崩壊していることを、他のメンバーは知っていたんですか?」
「いんや、誰にも伝えていなかったよ。……ジン以外にはね」
「ジン!?」
ボクの脳裏に、銀色の狼男である親友の顔が思い浮かぶ。
「あぁ。あいつにはこの国のことをいろいろと調べてもらっていたからな。他のメンバーに話したのだって、つい最近のことさ」
会長の言葉を聞いて、確認するように皆のことを見る。
すると、ミクやコトリが静かに頷いた。
「……それでも、なんで教えてくれなかったんですか?」
まるで、天羽会長を非難するような感じになってしまったが、会長は嫌な顔をせずに素直に頭を下げる。
「すまないな。あの時は、まだ話せる時期じゃなかったんだ。メンバーの内輪揉めもあったし、そもそもお前にそこまでの余裕はなかっただろう?」
「それは、そうですけど」
何だか釈然としない。
そんなモヤモヤとした感じが伝わったのか、会長は朗らかに笑いながら言った。
「まぁ、そんなに不貞腐れるなよ。それに今のユキなら大丈夫だろう。お前は強くなった。自分では気がついていないかもしれないが、仲間を助けて、仲間に頼られるうちに、少しずつ成長してきた」
「……会長」
「だから、気にするな。この世界に終わりが迫ってこようと、私たちのやることは変わらないだろう?」
にやり、天羽会長が笑う。
なんだが上手くはぐらかされた気がするけど、会長の言っていることも本当のことだ。
どれだけ時間が迫っていようとも。
どれだけこの世界が崩壊しようとも。
……ボクたちがやることは変わらない。
「さぁ、ギルドマスター。これから私たちは何をするんだ?」
天羽会長がにやにやと笑っている。
他のメンバーたちも、面白がるような顔でこちらを見てくる。
……まったく。
……わかっているくせに。
「そうだね。じゃあ、ギルドマスターとして最初の号令でも出そうかな」
そう言って、ボクはポケットからひとつの封筒を取り出す。
昨日、アーニャから渡された宛名のない封筒。中には、この世界から脱出するためのアイテム『リラの帰還切符』が入っている。
「……ふんっ」
それを皆の前でビリッと引き裂いた。
何度も何度も破いて、小さな紙の破片にされていく。
その光景を、仲間たちは静かに見つめていた。最後にぐしゃぐしゃにまとめると、窓の外に向かって放り投げた。破り擦れられた切符は、粉雪のようにひらひらと落ちていった。
「アーニャを助けにいこう!」
ボクは言った。
「最後になっちゃったけど、ボクは彼女を助けたいんだ。この世界に残るようなことを言っていたけど、そんなこと知ったことじゃない。力づくにでもアーニャをこの世界から救い出す」
その一方的な宣言に、仲間たちは反論しなかった。
むしろ、待ってましたかといわんばかりの顔をしている。
「それに許せないんだ。アーニャは最後になんて言ったと思う? 元の世界に帰っても何もない。友達すらいない、って言ったんだ。……ボクたちがいるっていうのに」
ふんっ、と口を曲げる。
「これはお仕置きが必要だよ。ボクたちはずっと前から、アーニャのことを友達であり、仲間だと思っていた。でも、彼女は自分からその絆を切ろうとしている。これが許せることかい?」
「そうだな」
「我らも安く見られたものだ」
「えぇ。僕たちがどのような人間なのか、アーニャさんは全然わかっていないようですね」
「まったく。アーニャのくせに」
「えぇ、生意気なことですわ」
「ちゃんと、ジンに謝らせてやる」
「……」
「どうやら満場一致のようだな」
ふふ、ふふふっ、と不気味な笑い声が部屋を満ちていく。弱者を蹂躙するときの悪魔たちの笑い声だ。
これまでだって、そうだった。
ゲンジ先輩の時も、ミクの時も、有栖の時も、コトリの時も。仲間が間違った道へ踏み出すものなら、力づくにでも引き留めてやる。
それがボクたち、『十人委員会』のやり方だ。
……アーニャ、君は。
……ボクたちのことを侮っていないかい? そんな簡単に人の言うことを聞くほど、僕たちは素直じゃないんだよ。
「さぁ、これが『十人委員会』の最後の仕事だ。アーニャを助けよう。何が何でも!」
「「おうっ!!」」
部屋の中心で、メンバー全員の拳が無骨に重なり合った。




