第9話「最後の戦いの前に⑥(天羽凛)」
「あーはっはっは! お前たち、飲んでいるか!」
「「おおーっ!」」
「あ? 声が小さいぞ! 飲んでいるのかっ!?」
「「おおっっーぉ!!」」
「あはは。いいぞ、野郎ども! ほら、ユキも飲め飲め!」
太陽が西の海に沈み、この街に夜が訪れた。
どこまでも飲み込んでいく暗い闇に、ぽつりぽつりと街灯の明かりが灯っている。
その中でも、この酒場や軽食屋が並ぶ通りでは、眩しいくらいの光に包まれていた。店内には収まりきらなかった客が、店の外のイスに座って、酒を飲みながら大声で笑っている。
『十人委員会』の『No.1』。
破壊神の異名を持つ、ギルドマスターの天羽凛もその集団の中にいた。お酒の匂いが充満していて、ここにいるだけで酔ってしまいそうだ。
「ははっ、この街の酒はいいぞ! ワインの味だけは、元の世界より美味いな!」
「……会長。そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「あ? 何を言っているか聞こえないぞ!」
叫び声や大声が行きかっている夜の酒場では、自分も大声を出さないと隣に座っている人と会話することもできない。それに加えて、会長はこの騒ぎの中心にいるのだ。酔っ払い騒いでいる男たちをまとめて、店から店へと渡り歩いているのだ。
「おい、ユキ。グラスが空になってないぞ」
「いやいや。ボクは未成年ですから」
「あ? 私が注いだ酒が飲めないっていうのか!?」
「そうやって、酒を強要するのは良くないと思います。会長も自重してください」
ボクは騒がしい酒場では聞こえるように、ちゅっと強めに注意する。すると、天羽会長は不貞腐れるように唇を尖らした。
「むぅ、ちょっと言ってみただけじゃないか。そこまで本気で怒らなくたって」
そう言って、ボクの前に出されていたワイングラスを自分のほうに持っていく。
十人委員会の仲間たちと話していくのも、これで最後だ。今日だけでいろんなことを知ることができた。ゲンジ先輩やコトリみたいに元の世界に帰ってからのことを考えている人もいれば、ミクや有栖のようにそれほど深く考えていない人だっている。それでも、皆がひとつになって元の世界に戻りたい、ということは確認できた。
あとは、天羽会長が何を考えているか、だけだ。
「酒が飲めないなら、オレンジジュースでも注文してやるか」
天羽会長はカウンターのほうに手を伸ばすと、オレンジジュースと何か食べるものを注文した。
「で、ユキ。こんなところまでどうしたんだ?」
「ちょっと会長に聞きたいことがありまして」
「なんだなんだ? お前の姉代わりである、この天羽凛に言ってみるがいい」
人をからかっているような言い方だったが、その表情は少しだけ真面目なものになる。
ボクは、今日no
ことを会長に話した。
これからのこと。
皆のこと。
注文したオレンジジュースで唇を湿らせながら、要領良く話をまとめていく。会長もワイングラスを傾けながら、じっとボクの話を聞いてくれた。
「……なるほど、な」
ぽつり、と凛が言った。
そしてなぜが、パチパチと軽く手を叩きだしたのだ。
「やるじゃないか、ユキ。恐れ入ったよ」
「え? どうしたんですか、急に」
会長の言っていることが分からなくて戸惑ってしまう。
「いや、ギルドマスターの資質、みたいなものを見させてもらった気分だよ。……そうだな。皆とちゃんと話すことは大切だな。自分が元の世界に戻りたいとと言っても、他のメンバーが戻りたいと考えているとは限らない。うん、素晴らしい配慮だ」
「会長?」
ボクは首を傾げる。
「ギルドマスターの資質って、……十人委員会のギルドマスターは天羽会長じゃないですか?」
「あー、それな。実を言うと、私の中ではずっと十人委員会のギルドマスターは、……ユキ。お前だったんだよ」
会長の言うことに驚いて、言葉が出ない。
「元々は、私のほうが代役だったんだ。ユキが成長して、メンバーをまとめられるようになったら、正式にギルドマスターを継承しようと思っていたんだ」
「な、何を言っているんですか!? ボクなんかにギルドマスターが務まるなんか―」
ボクが言い終わる前に、会長が手をかざす。
「……ユキ、お前も感じているだろう? この十人委員会で最も必要とされている人間が誰なのかを。メンバーから信頼されていて、これからのことを素直に話すことができる人間を」
何も言えない。
「そして、メンバーの期待にずっと応えてきた。ひとり、ひとり。ちゃんと向かい合って、話し合って、どんな人間なのか理解しようとしてきた。それこそがリーダーに必要とされる資質なんだ」
「で、でも! ボク一人じゃあ、何もできませんよ!」
慌てて首を横に振る。
ボクは一人では何もできない人間だ。ゲンジ先輩や誠士郎先輩みたいに強くはないし、ミクやコトリのように献身的になれるわけでもない。ましてや、天羽会長のようにメンバーをまとめていく力なんて―
「ユキ、自信を持ってくれ」
困惑しているなか、がしっと肩を掴まれる。
「お前ならできる。ユキ、……いや、御影優紀。お前はずっとそうやって生きてきたんだ。好き勝手やる奴らをまとめて、一緒に立ち向かっていく。お前がやってきたことは、ギルドマスターそのものだ」
「……天羽、会長?」
ボクが辛うじて答えると、会長がにやっと笑みを浮かべる。
「なぁに。新しく何かを始める必要はないさ。今まで通り、メンバー全員と接していればいい。お前にできないことは、奴らが勝手にしてくれるさ」
会長はそう言って、ボクの肩から手を放す。
そして、ゆっくりとした所作で握手を求めてきた。
「この十人委員会を頼んだよ。……ギルドマスター」
「……っ」
ボクは戸惑い、恐れた。
それと同時に胸の奥が熱くなっていくのを感じた。
自分にできるわけがない、と思うなかで、メンバーの顔がひとりひとり思い浮かんでくるのだ。その誰もが、ボクのことを必要としてくれた。信頼してくれた。そんな彼らに、何かしたかった。
「……はい」
ボクは会長の手を握った。
強く強く、握った。
そんなボクを見て、会長がふわりと優しい笑顔になる。
「……強く、なったな」
「え?」
「なんでもない。よし、新しいギルドマスターの誕生祝いだ!」
会長はワインの瓶を掴むを、酒場にいる男たちへと掲げた。よくよく気がつくと、あれだけ騒がしかった酒場が、しんと静まり返っていた。男たちは酒瓶を片手にしんがらも、小さな声で話し合っている。ボクと会長の話を邪魔しないように、配慮されていたのだ。
「おい、テメェら! 今日は私の驕りだ! 好きなだけ飲んでくれ!」
「「うおぉぉぉっ!!」」
だが、それも会長の一声で、万雷の拍手へと変わる。
思わず耳を塞ぎたくなるなかで、天羽会長は高らかに宣言した。
「今ここに、新しいギルドマスターが誕生した! テメェら、盛大に祝ってやってくれ!」
男たちの視線が一気に注がれる。
それと同時に、男たちは持っていた酒瓶を力強く差し出した。
「「おめでとうござんす!」」
ボクの前に、次々と酒瓶が集まっていく。あっというまにテーブルを覆いつくして、目の前にはワインの瓶が整然と並べられている。
「か、会長!? これって!?」
「これが、こいつらの祝い方なんだよ。皆、海の男だからな。乱暴な祝い方だが、まぁ大目に見てやってくれ」
はは、と笑いながら、ボクに差し出されたワイン瓶に手を取っていく。うぅ~ん、お酒の匂いで頭がくらくらしてきた。
「ユキは飲まなくてもいいからな。というか、これだけ飲んでしまったら、足腰が立たなくなるぞ」
「……そう、……なんですか?」
頭がぼぅとしてくるのを感じながら、体が奥のほうから熱くなっていく。
あれ?
なんだか、気持ちがふわふわしてきた。
「まぁ、乾杯はしてやろうか。ユキ、自分のオレンジジュースを持て」
「……はい」
あ~、なんだか熱くなってきちゃった。
「どうした、ユキ。なんだか顔が赤いぞ?」
「れぇ? そんなこと―」
ボクはオレンジジュースに手を伸ばす。だけど、その手は何もつかめず空を握る。
「おいおい、大丈夫か?」
「ら、らぃじょうぶ~、です~」
「……お前、まさか酔っぱらってー」
「よ、酔ってなか、らぃですって。……でも」
「……でも」
頭がくらくらして。気分が開放的になっていく。
あ~、なんだか。
すっごく脱ぎたい気分。
「ふふっ、ちょっと熱いので、服を脱いじゃいますね~」
コートを脱いで、セーターも脱ぐ。
その下に肌着も脱ぎながら、酒場のカウンターの上に足をかける。
それからのことは、よく覚えていない。
男たちの歓喜に包まれた声と、会長の静止させようとする声。酒瓶や皿が割れる音がして、男たちの声が怒鳴り声に変わる。
イスが壊され、テーブルが砕けた。
店のマスターも泣き出した。
男たちは拳で語り合い、なぜか会長もその中に混じっていく。
まるで何も身に着けていない開放感の中、『私』はカウンターの上で踊り続ける。




