表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
279/358

第40話「コトリ②」

 夜空に、星が輝いていた。

 まるで星の海のようだった。


 パンッ、と遠くで音がする。

 狐人族の聴覚が敏感に反応するが、何の音なのか考える余裕なんてなかった。左肩に凄まじい衝撃を受けて、そのまま後ろに飛ばされていた。


「がぁ!」


 ラグナロクの背中に崩れ落ちる。ろくに受け身もとれなかったので、顔中に鱗の擦り傷ができてしまった。だが、そんのことなど気にする時間もなく、わたしは大声で叫んでいた。


「あ、あああああっっっ!!」


 痛い!

 痛い! 痛い! 痛いっ!?

 どくどくと真っ赤な血が、脈を打つたびに溢れ出てきた。

 ……このままだと死んでしまう。

 とっさに、そう思った。


「い、いやだ!」


 左肩を押さえながら、わたしは叫ぶ。


「死にたくない! 死にたくないよっ! お願い、ジン! たすけ―」


 その声を遮るように、再びパンッという破裂音がした。

 そして、次の瞬間には。

 右足に弾痕が刻まれていた。


「あうっ!」


 がくっ、と姿勢が崩れた。

 歯を食い締まりながら、右足の痛みに耐えようとする。冷や汗が噴き出して、心臓が喧しいほど脈を打つ。


「……痛い、痛いよ。……ジン、たすけて―」


 今はもういない人に助けを求め続ける。

 だけど、それすら許してくれないのか、2発、3発と、立て続けに甲高い銃声が響いた。


「あっ! あうっ!」


 銃弾が貫通するたびに、わたしの体は人形のように踊った。

 膝をつくこともできず、無様に倒れこむ。

 前のめりに崩れた先には、先ほどまで何度も踏みつけていた靴の痕が残っていた。


「……あ、ああ」


 もはや、叫ぶ気力すらなかった。

 撃たれた場所から、どんどん血が零れていく。

 体の温度が下がっていくのがわかる。


「……いやだよ、死にたくないよ」


 大声を出し続けてしまったせいか、掠れた声しかでない。

 ぜぇぜぇと浅い呼吸を繰り返しながら、こみ上げてくる感情を言葉にする。


「……あいたいよ、ジン。……もう一度でいいから、あなたに会いたい」


 声に出してしまって、その想いで心の中がいっぱいになる。


 寂寥に、胸を詰まらせる。

 彼に会いたい。それだけだったのに。

 どうして、こんなことになってしまったのか。

 さっきまで暴れまわっていた黒い感情は、嘘のように消えていた。その代わりに、何かが足りないという喪失感に支配されていく。


 ……寂しい。

 ……ひとりは、寂しいよぉ。ジン。


「やぁ、後輩ちゃん。気分はどうだい?」


 ふいに、頭上から少女の声が聞こえた。

 黒髪の少女が、狙撃銃を片手に笑っている。その姿に、彼の親友ユキかと思ったが、まったくの別人であると理解した。

 なぜなら、彼の親友だったら、こんなふうに笑いながら銃口を突き付けることなんてないだろう。


「初めましてだね。ウチの名前は、御影優奈。キミも知っている、優紀の姉だよ」


 彼の親友の姉といわれても、状況など飲み込めるわけもない。だが、黒髪の少女は。そんなことお構いなしと言葉を続けた。


「さて、さっそくで悪いんだけど、降参してくれないかな」


「……降参?」


「そうだよ。今すぐラグナロクを引っ込めて、大人しくしてくれないかな。それとも、この状況でも戦い続ける?」


 カツッ、と狙撃銃がわたしの脳天に突き付けられる。


「……」


 わたしは、すぐには答えられなかった。

 戦う力なんて残っていないし、自分で立ち上がることもできない。体中に何発もの銃弾で撃ち抜かれて、それでも戦えるほど頑丈ではない。わたしは少し悩んでから、答えた。


「じゃあ、殺して」


「え?」


「殺して、ほしい。ジンのいない世界で生きていても仕方ない。たった一人で生きていく気合も根性もない。だから、殺して」


「……キミは」


 黒髪の少女は驚きながら、指先を引鉄から離した。

 夜の風が吹いて、雲の隙間から月明かりが零れる。わたしの全てを諦めた笑顔に、美しい月光が照らしている。


「ごめん、キミが何を言っているのか、ウチにはさっぱりわからないよ」


 優奈は首を傾げながら、横たわる少女を見下ろす。

 よくよくみれば、本当に可愛らしい女の子だった。小柄な体に、ほっそりとした手足。整った顔立ちに、綺麗な空色の瞳。狐人族の獣耳と尻尾が、彼女をさらに愛くるしいものに見せている。


 そんな子が、どうして自分から死を望むのだろう。

 優奈には、どうしても理解できなかった。


「事故で死んじゃったウチが言うのもなんだけど、生きることって、とても大切なことだと思うんだよね。生きているから、楽しいこと、嬉しいことがある。そりゃ辛いこともあるだろうけど、そんな事は人生の楽しさに比べたら、ちっぽけなことじゃないかい?」


「……そう。お前にはわからないんだ」


 コトリは小さな声で答えた。


「それじゃ、何を言っても理解できない。生きることが素晴らしいことだって? 人生の楽しさに比べたら、辛いことなんてちっぽけなことだって?」


 そう言って、皮肉な笑みを作る。


「……ははっ、そんなのクソ食らえだ」


「後輩ちゃん?」


「だって、そうでしょう? お前が言っていることは大人の理屈だ。楽しいことも辛いことも知っているから、そんなことが言えるんだ」


 けほけほ、と乾いた咳が混じる。


「じゃあ、辛いことしか知らない人間は、どうやって希望を持てばいいの? 楽しいことも、嬉しいことも。何も持っていない人間はどうすればいい?」


「何も持っていない? そんなことはないでしょ。キミにだって、家族や友達がいるじゃない。それはとても幸せなことだと思うよ」


 優奈が真顔で返す。

 すると、コトリが温度のない視線を向けてきた。


「それが大人の理屈だと言っている」


 その言葉には、強い意志が込められていた。


「お前たちはいつもそうだ。楽しいこともきっとある、とか薄っぺらい言葉を使いやがって。1日1日が死ぬほど辛くて、苦しくて、でも逃げられなくて。息をすることにも自己嫌悪するような人間の、……弱い人間の気持ちがわかるっていうのか?」


「……弱い人間の気持ち」


 優奈がポツリと呟いた。

 その時に脳裏をよぎったのは、心の中で眠るユキのことだった。『誰もが姉さんのように強い人間じゃない。心のどこかに、拠り所を求めてしまう人間だっているんだよ』


「……優紀。キミが言っていたのは、こういうことだったのか」


 優奈は寂しそうに呟きながら、手にした銃を下ろした。


「後輩ちゃん。キミの言いたいことはわかった。確かにウチでは、キミのことを完全に理解してあげるのは難しい。……だけどね」


 膝を折って、彼女と同じ目線にする。

 まるで温度を感じない空色の瞳。その目を真っ直ぐに見つめながら、力強く言った。


「キミに手を差し出している人がいる。キミのことを助けたいと思っている人もいる。それだけは忘れないでおくれ」


「……そんな人、いない」


「いるよ。さっきも言っただろう。キミには友達がいるじゃないか?」


 優奈の問いに、コトリは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……友達なんて、いない」


「嘘だね。本当はキミだって気がついているんだ。ただ、それを認めたくないだけさ。自分のことを知っているのは1人でいい。そんな浅はかな思い込みが、キミを自分から孤立させようとしている」


 そういって、優奈はコトリの頭に手をのせる。

 優しい手つきだった。


「強くなりなさい。自分の思っていることを、ちゃんと言葉にできる強さを。だって、キミが何を考えているかなんて、キミにしか分からないんだからさ」


 彼女の髪を撫でる。

 さらさらで、柔らかい髪だった。

 コトリはまだ何か言いたそうだったが、結局、それ以上は何も言わなかった。優奈はその場で簡単な止血をすると、彼女のことを背中に背負った。急所を外しているとはいえ、出血は少なくない。しばらく休養が必要だろう。


 小柄な少女を背にして、優奈が空を見上げる。

 雲の隙間から見える星々に目を細めながら、小さな声で歌を口ずさむ。


「きーらきーら、ひーかーる。よーぞーらの、ほーしーよ」


 少しずつ白んでくる東の空に向かって、ゆっくりと歩いていく。


 ……長い戦いが終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 戦い決着か
[一言] 小鳥の反乱、終結。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ