第36話「こわいよ、ジン…」
「っ!」
再び、コトリの顔が驚きに染まる。
金色の龍が予期せぬ一撃により、完全に戦闘態勢を崩していた。当然、『終焉の焔』のために溜めていた魔力も霧散していく。
「誰!?」
コトリは金色の龍に旋回するように指示を出しながら、氷の剣が飛来してきた場所を見た。
半壊したヴィクトリア宮殿。
その会議室が、わずかに青白く輝いていた。
光り輝く、氷魔法の魔法陣。何重にも展開された円形の紋様に、1人の少年魔導士が立っている。
……碓氷涼太だ。
彼は、手に持った魔導杖に氷華を咲かせながら、次の魔法のために詠唱準備に入っていた。
「あいつ!」
コトリが苛立たしそうに唇を噛む。
「なんで邪魔するの! 悪いのは、全部あの女じゃない! それなのに、なんでわたしばっかり邪魔されなくちゃいけないんだ!?」
自分の髪を乱暴にかき乱す。
唇を噛み過ぎて、血がわずかに滴る。
その痛みさえ、コトリの感情を逆なでにした。
「ジンはね、お前たちのために頑張ってきたんだよ! 少しでも皆の力になりたいって、影からお前たちを支えてきたんだ! それなのに、お前たちはジンがいなくなっても、何事もなかったような態度をしやがって!」
金色の龍の背中で、コトリが叫び続ける。
「わたしは見てきた! この世界の真実を聞かされて、不安で、孤独であっても。それでも、たった1人で向き合ってきた姿を! 毎日、毎日。身も心もボロボロになりながら、元の世界に戻るために戦っていた!」
爪を立てて、頭を搔きむしる。
柔らかい髪はぐしゃぐしゃになり、頭からもわずかに血が滲みだす。
「お前たちが嫌いだ! 大嫌いだ! あれだけ頑張ってきたジンを見捨てようとしている。そんなの絶対に許せない!」
喉が枯れ、声も出なくなりそうだった。
胸に溜まっていた想いが溢れて、自分でも抑えられなくなっていく。
……もう、終わらそう。
彼のいない世界で生きていたって仕方ない。
誰もがわたしのことを異常だと決めつけて、腫物を扱うように接してきて。わたしを認めてくれない世界なんて、壊れてしまえばいい。
彼が傍にいない日常なんて、生きている価値もない。
それほどに、わたしは。
……彼のことを愛してしまっていた。
「消えて! わたしの目の前から消えて! 彼のことを見捨てた奴らなんか、私が殺して―」
コトリが感情をむき出しに叫び続ける。
その瞬間のことだ。
無慈悲な弾丸が、頬を鮮烈に撫でていった。
「っ!」
ジュッ、と焦げた匂いが鼻につく。
まるで焼けたナイフで切られたように、左の頬がずきずきと痛む。そっと手を当てると、真っ赤な血が掌についていた。
「ひっ!」
小さな悲鳴を上がった。
そして、自分の頬を抑えながら、体を縮こませる。心にぽっかりと開いた穴から、何かが這い出てくるような感覚。
彼がいなくなってから、毎日のように襲ってくる、この感情に。
わたしは、心当たりがあった。
「……こわい」
気がついた時には、それは言葉になって零れ落ちていた。
「こわいよ、ジン。……あなたがいないと、わたしは。わたしは―」




