第31話「『黄昏の龍(ラグナロク)』討伐戦が、始まる」
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夜風が頬を撫でる。
目を閉じれば、穏やかな波音が耳を打つ。
冬の海もいいものだね、と優奈は思った。
「ちょっと寒いけど、風が気持ちいいね。ねぇ、凛ちゃん?」
「…」
宮殿のバルコニーには、優奈と凛の姿があった。
「こんな世界なら、ずっといたくなる気持ちもわかる気がするよ。優紀だけじゃない。きっと、他のメンバーたちもこの世界が大好きなんだ。だから、これまで頑張ってこられた」
「…」
優奈の声に、凛は何も答えない。
ふてくされたように唇を尖らせて、遠くの海を見つめている。
「どうしたの、凛ちゃん。そんに不機嫌な顔をしちゃってさ」
「……不機嫌にもなるよ」
凛はバルコニーの柵に寄りかかりながら、上目遣いで優奈を見る。
「皆の前で、あんなことを言うんだから。心臓が止まっちゃうかと思ったよ」
「ごめんって。謝るから許してよ」
「嫌。絶対に許してあげないんだから」
ぷいっ、と凛がそっぽを向く。
その子供じみた仕草は、他のメンバーがいるときには見られないものだった。
「あはは。怒られちゃった」
「むぅ、笑いごとじゃないよ。優奈だから、あの人のことを話したんだよ。本当のことがバレたら、きっと大変なことになるもん」
「そうだろうね。少なくても、凛ちゃんと同じ学校には通えなくなるかな」
優奈がにこやかに笑いながら、再び視線を海へと移す。
夜のアドリア海が静かに凪いでいる。
ざぁ、ざぁ。
その波の音に耳を傾けているだけで、不思議と心が落ち着いてくる。
隣でふてくされていた凛も、いつの間にか優奈と同じように遠くを見つめていた。
「……本当に、優奈なんだね」
「うん」
「優奈にさ、言おうと思っていたことがいっぱいあるんだよ。生徒会長の代役や『十人委員会』のギルドマスターのこととか。突然、私の前からいなくなったから、どうしたらいいのか分からないことばっかりで」
「うん」
「学校に行くときだってさ。いつもの場所で待っていたりさ。いつになって優奈が来ないから、どうしたんだろうって思っていると、ようやく気がつくんだ。……優奈は、もう死んじゃった、って」
「うん、うん」
凛の言葉に、優奈はひとつひとつ頷いていく。
「学校で1人でいるとさ、ふいに優奈といた時のことを思い出すの。誰もいなくなった教室とか、自動販売機のそばのベンチとか。いつも下らないことばっかり話していたなぁ。こんなことなら、もっといろんなことを話しておけばよかったなぁ。……そんなことばっかり」
はぁ、と凛が溜息をつく。
「毎日が辛くて、大変だった。……大変だったんだよ」
「うん」
優奈は優しい笑みで答えると、そっと凛のことを見つめる。
そして、囁くような声で言った。
「本当に、よく頑張ったね」
「っ!」
凛の目が見開かれる。
驚きと戸惑い。そして、喜びで満ちていく。
本当に言ってもらいたい言葉を、その本人が言ってくれたという幸福感。
……そうだ、私は。
……頑張ってきたんだ。
誰にも褒められることもなく、誰かに求められるわけでもない。優奈を失ったという、心に開いた大きな穴。そんな喪失感と向き合って、泣くことも逃げることもせず、ただ頑張ってきた。
「や、やめてよ、優奈。そんなこと言われると、泣きそうになるじゃない」
「そうだね。ごめんね」
優奈は謝ると、凛の肩に手を置いた。
「湿っぽいのはナシにしようかな。そんなことよりも、目の前のことに集中だ」
「あぁ、そうしよう」
優奈に背中を向けて涙をふくと、きりっとした表情で遠くの海を見つめる。
夜の暗い海にそびえる、巨大な岩石の塊。『古代の巨人兵』。そして、その手の中にいる召喚士の少女のことを見た。
「ラグナロクの再召喚時間まで、あと5時間くらい。源次郎と誠士郎が動けないなら、残っているメンバーでなんとかしないと」
「前衛が全然足りないけどね。『狂戦士』と『守護騎士』の負傷。そして『銀狼族』と『トリックスター』の脱落。残っているのは、魔法使い職ばっかりさぁ」
優奈がどこか楽しそうに言う。
「……『人形使い』、『高位魔導士』、『幻術師』。とても超大型モンスターと戦えるメンバーじゃないよ?」
「問題ない。私たちがいる」
凛が即答した。
「たかが、ラグナロク程度。何を恐れることがあるか。今、ここに。私たちがいるんだぞ。破壊神と恐れられた私と、かつて銃舞姫と呼ばれた優奈が」
「あはは、懐かしいね。昔は2人で暴れたもんだよね」
「あぁ。全盛期に私たちの戦いを、聞き分けのない後輩に見せてやろうじゃないか」
凛は表情を険しくさせて、拳を強く握る。
「そだね。今の『十人委員会』がどんなにナマッちょろいものか、教えてやるさぁ」
優奈も楽しそうな声を上げて、ちょこんと拳を突き上げた。
……『黄昏の龍』討伐戦が、始まりを告げる。




